ギフト発動
テーブルの上には肉、肉、野菜、肉、肉、魚、肉、肉、果物、肉、肉、肉etcetc...と、大量の食材がデデーンと乗せられていた。
どう見ても肉が多い。そして掛け値なしに食材の量が多すぎる。
アレ?これからパーティーでも開くんだったっけ?ってくらいのふざけた量だ。
どう頑張ってみても三人で消費できるような量じゃないよコレ……。
さて何から手をつけたらいいのか……。
予想を遥かに超える食材の量にしばし圧倒されていると
「涼太、肉からだぞ!肉からだからな!」
「あ、調理前にどの食材を使うか教えてくださいね!チェックしますから!」
相変わらず1ミリもブレないお二人から強烈な催促が入った。
「わ、わかってるよ。お肉からでしょ。頑張ってみるからちょっと静かにしててよ」
キラキラと目を期待に潤ませる二人に向けてそう告げると、思わぬところから返事が来た。
「ホ、ホントにデレてる……」
「ん?」
「い、いや何でもないッス!独り言ッス!」
何故か怯えたような目で必死に言い訳されてしまった。
何ぞこの反応。もしかして従兄弟のボディブローが時間差で効いてきた影響とかじゃないだろうな。
「えっと……具合が悪いんだったら遠慮せずに言ってね?」
差し障りのないようにそう告げると、俊平くんは勢いよく首を左右に振って否定した。
「すこぶる健康ッス!だから早くウマいモンが食いたいッス!!」
「まずは俺と涼太からだからなッ!」
すかさず従兄弟が釘を刺してくる。流石だ。
「も、もちろんッス!先に食べようなんて考えてないッスよ!」
険しい表情の従兄弟に迫らせて、俊平君が半泣き状態で言い訳している。
一瞬助けてあげようかと思ったけど……。うん。見た感じ元気そうだしその必要もなさそうだ。
べ、別に、関わるのが面倒だったからじゃないよ?
諸事情があって神様に誓ったり、針千本飲んだりはできないけど嘘じゃないからね!
「じゃあご期待に添えるかわかんないけど、とりあえずやってみるね」
剣呑なやり取りをする二人を半ば無視するように、僕はそう告げるとテーブルの上の食材に視線を戻した。
テーブル脇の椅子には情報ジャンキーさんが目を輝かせて着席していらっしゃる。
俗に言うスタンバイOKってヤツだ。
既に頭の中は【料理】ギフトの事でいっぱいなのか、じゃれあう二人の事なんて眼中には入ってらっしゃらないようだ。
「さて、どうしようかなぁ……」
呟いて改めて食材を見回す。
じっくり見ても肉の比率が異常に多い。次いで野菜。魚と果物はホントに少しだけみたいだ。
そしてテーブルのド真ん中には使い捨ての紙皿の束と『食塩』と書かれたガラスの小瓶が置かれている。
「調味料は塩だけなのかな?」
手にとった小瓶を小さく振りながら、何気なく呟くと
「あぁ、他の調味料は売ってませんからね」
僕の隣に座る情報ジャンキーさんが即座に答えてくれた。
「えっと……。油や胡椒、砂糖くらいは売ってますよね?」
そうであって欲しいという願いを込めて尋ねてみたが、これまた即座に否定された。
「いえ、正真正銘売ってる調味料は塩だけなんですよこの世界。
砂糖や胡椒程度でどうこう出来る味じゃないですから、恐らく必要なかったんだと思いますよ」
いや、思いますよって……。え?じゃあ、ホントにないの?
ってことは塩だけで味付けしないといけないって事?
あ、でも逆に考えると悩まずに済むのかな。
塩オンリーで味付けできる料理なんて、塩焼きか塩ゆでかオニギリくらいしか思いつかないもんな。
うん。ここはポジティブに考えよう。
塩しかないんだから、肉と魚は塩焼き、野菜は塩ゆでで調理しちゃおう。
僕はアッサリと決断すると、食塩の小瓶をテーブルに置き、代わりに手近にある肉を手にとった。
パラフィン紙に包まれたブロック肉でかなりの重量がある。ぶっちゃけこれ一つで四人くらいならお腹いっぱいになると思うんだよなぁ……。
僕は右手のひらに乗せた肉をペシペシと叩きながら少女に告げた。
「じゃあまずこれをステーキにしたいと思います」
「ちょっと失礼しますね……。あぁドンバルゴのお肉ですね。分かりました。それじゃあ張り切ってお願いします!」
どうやらパラフィン紙に付けれたタグを確認したらしい。
スグに始めてもよかったんだけど、念のため従兄弟にも報告しておこう。
勝手に始めても騒がないとは思うけど、少しでも可能性があるんだったら潰しておくに限るからね。
僕は従兄弟の方へ振り向くと、少し大きめの声で言った。
「最初はステーキ作ることになったからー」
と、それまで俊平君といがみあってた従兄弟の顔がギュンとこちらに向けられる。ワーォッ!超反応ッ!
そして視線が合ったかと思うと、ヤツは大股にコチラに近寄ってきた。
「気合入れて頼むぞ涼太!」
さっきまで俊平君をしかめっ面で警戒してたのに、うってかわって素晴らしい笑顔でハッパをかけられた。
従兄弟はウキウキした様子で素早く2枚の紙皿を取り上げると、右手と左手に1枚ずつ乗せた。
恐らく僕の分と自分の分のお皿なんだろう。『まずは自分と僕だけ!』って言ってたもんね。
ホントにブレないなお前は……。
「そ、それじゃ始めるね」
両手で肉――ドンバルゴとやらの肉を掴むと僕は目を瞑った。
確か料理を思い浮かべて料理名を唱えるんだよね?
で、美味しいイメージが味に大きな影響を与えるんだったよね?
"えーっと、ステーキ作ります。材料はコレです"
そう念じながら手の中の肉をモニュモニュと揉み込む。
こんな手続き作業みたいな真似ホントはいらないのかもしれないけど念の為にやっておく。
なんたって初のギフト使用だからね。丁寧に出来る所は出来る限り丁寧にいこうと思うんだ。
"後で塩かけて食べるから味付けとかはしません。
その代わりチョー美味しく焼きあがってくだ――
そこまで念じたところでいったん思考を止める。
あ、違うか。ここはもっとちゃんとしたイメージをしなきゃいけないところだよね。
イメージが味に大きな影響を与えるんだ。
"チョー美味しく~"なんて言葉だけじゃ不十分だよね。
僕はさらに固く目を瞑った。
ここからはイメージとの勝負だ。
そう。【マニュアル】の説明が正しければ、どれだけ具体的なイメージ出来るかが味の決め手になるはずなんだ。
おいしそうに焼けたステーキをイメージしさえすれば必ず我が前に道は開かれるはずだ。
その為には無駄な雑念を捨てて【料理】ギフトに集中しなくてはならない。
集中しろ僕。今は【料理】だけに全ての情熱を傾けるんだ。
イメージよ高まれ!今だけは料理以外の全てを捨て去るんだ!
我が脳内に浮かべ!松阪的なブランドお肉のイメージよ!実際食べたことはないけどねーッ!!
その刹那。
真っ黒い僕の視界の先で、おいしそうに調理される高級肉の姿が確かに浮かんだ。
洒落た照明。大きな鉄板。
天井に届きそうな程高いコック帽をかぶったダンディなシェフの手元では、綺麗にサシの入った高級肉が脂を跳ねさせながらジュウジュウ耳障りの良い音を立てている。
薄紫色の煙と共に漂う甘い脂の匂いが鼻腔をくすぐり、ミディアムレアに仕上げられた僕の為のお肉が優しい間接照明に照らされてキラキラと光り輝いている。
……見える。今の僕になら見える。
食べたこともない松坂的な高級肉の姿が見えるぞ!
知らず口の端からヨダレが垂れる。
そして何かに促されるように僕はまぶたの裏で繰り広げられる素晴らしい料理の名を高らかに唱えた。
【ステーキ】
キラッ。
料理名を叫んだ瞬間。
それまでまぶたの裏で繰り広げられた高級ステーキハウスの映像を揺るがすような光を感じた。
目を開いた訳ではない。依然として僕の両目は固く閉じられたままだ。
では先ほどの光の正体はなんなのか?そう――【料理】ギフトの詳細に書かれていた通りドンバルゴの肉がキラリと輝いた光だったのだ。
そしその強烈な光に揺らいだイメージが僕の脳内から少しずつ消え去ってゆく。
ああ、おいしい光景が消えていく……。と少し残念に思った僕の鼻をいい匂いがくすぐった。
この香りはまるで……。
まるでさっきまで脳内に甘く満ち満ちていた松坂的な香りではなかろうか?
思わず目を開け手の中のドンバルゴの肉へと視線を落とす。
と――そこには松坂的な香りを放つステーキがおいしそうな湯気を立てて鎮座していた。
その光景に生理的な涙がにじむ。
僕はほぼ反射的に大声で叫んでいた。
「熱チィィィィィィィィィィィィィィィッッッッ!!!!」
あっつあつに焼けた大きな肉を素手で持つというのが土台無理な話だったのだ。
思わずブン投げてしまったステーキが宙に舞う光景を眺めながら僕は思った。
ああそう言えば調理後のステーキをどこに置くか指定していなかったな。と。
正直いらないと思ってた手続き処理が一番重要だったじゃねぇか!と。
我ながら締まらないデビュー戦だったなぁ……。
あっつあつにやられて感覚のなくなった両手にフーフー息を吹きかけながら、僕は心中で溜め息を吐いた。
あ、宙に舞うことになった素晴らしいステーキは
チートレベルの反射神経で超反応した我が従兄弟殿が、これまたチートレベルの身体能力を発揮して優雅に空中キャッチしてくださいました。大変ありがたい話でございます。すみませんねぇ。ご迷惑お掛けしますよホント。……ハハッ。
2枚の紙皿の上を山盛りに占拠するステーキが美味しそうなのがせめてもの救いだろう。
あー……。ヒドイ目にあった……。