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24 執務室へ





「俺、本当は以前やっていた影として働きたいです」

「影?」

「クリフ!!」


 慌てた様子で言うセリーナにクリフは「はっ」と気づいて青い顔になった。


「影……なるほど。言われてみれば、新聞記者のジェレミーってそんな感じよね。見た事なかったから、確証がなかったけど」

「シェリル様……驚かないのですね」

「実家は知らないけど、貴族だもの。居てもおかしくないわよ。クリフは影から執事に抜擢されたのね」

「は……はい。俺、人の顔を覚えるのが得意なので……」

「そうなの? 羨ましい……」


 ヘインズ家に嫁いで来て辛いと思ったのはまず人の顔と名前を一致させる事だった。そんな能力、喉から手が出るほど欲しい。


「あんまり羨ましいものではありませんよ? その力をつけたのだって、生きるためですから……」


 その言葉でクリフがどこで生きて来たか察する事が出来た。


「クリフ。もし良ければフィランダーがクリフを雇ったきっかけを教えてくれないかしら?」


 気まずそうにしながらも、クリフは話してくれた。







 クリフは元々ヘインズ領の領都にあるスラムに居たらしい。そこで闇魔法を使い掏摸(すり)をして生活していた。

 観察してお金を持っていそうな人に狙いを定め、隙をついて狙いを定めた人の影から自分の身体を潜めて掏摸(すり)を繰り返す日々。

 しかし何回も同じ人を標的にしては捕まると思ったクリフは、標的の顔を覚えて一度掏摸(すり)をした人間には二度としない様に気をつけた。そのうち貴族や騎士、ならず者などの変装も見破れる様になり、更に用心して行動していた。


 そんなある日、彼はあろうことかフィランダーを標的にしてしまった。やってしまったのは運の尽き。素早く盗ったはずが、フィランダーに手首を掴まれてしまった。


「君だったのか。この辺で掏摸(すり)をしていたのは」


 掏摸(すり)場所を変えなかったのが、クリフの敗因だったのだろうか。

 大人しく捕まり、フィランダーに事情を聞かれ、是非欲しいと侯爵邸に招かれたという。







「俺は闇魔法を持っていたので主に影の仕事をする様になりました」

「影になる人って闇魔法を使える人が多いの?」

「はい。影があるところならどこでも行き来が可能です。人の影から出る場合は知っている人ではないといけませんが……」

「ヘェ~。こちらが一方的に知っている相手であっても?」

「可能です」

「……すごい魔法……」

「でも若に捕まえられちゃうくらいですから、まだまだです」


 それは……フィランダーが凄すぎるのでは?


「と……とにかく。影の仕事は出来るけど執事の仕事はイマイチなのね」


 あくまでクリフ曰く、影の仕事は主に情報を探る事や主人を影から守る護衛の仕事がほとんど。

 一方執事は突然の来客対応や主人の書類仕事のサポートなど、突発的な接客を含めた仕事にも対応しなければならない。


「俺にはまだ知識も足りないし、突発的な仕事が戦闘だった良いんですが……正解の分からない対応になると、どうして良いのか分からなくなります」

「そうよね。執事は常に臨機応変が求められるもの。侍女も同じだけど、一人で何役もやらなければならないから、人によっては大変な仕事よね。……わかった」


 私が立ち上がるとセリーナが慌てて私の補助に回る。


「セリーナ。ありがたいけど、これは歩く訓練だから一人で立つわ。これから訓練がてらフィランダーの執務室へ行こうと思うの。突然行っても大丈夫かしら?」

「……正直分かりませんが、本日は来客がなかったと思います」

「では散歩がてら執務室へ寄りましょうか。クリフ、貴方も来て。私から貴方の要望をお願いするから」

「え……えぇ!? 本気だったのですか!?」

「だって、私が貴方に出来る事ってこれくらいだもの。そこにあるお菓子を差し入れと称して持って行きましょう」


 周りがおろおろする中、私は執務室のある方角に歩いて行った。







 執務室があるのはこの邸だが、寝室からはだいぶ離れている。領館側に一番近いところにそれはあった。いつもならそこに着くのに十分はかかる。しかし今回は病み上がりだからか二十分もかかってしまった。


「皆、遅くてごめんね」


 ちょっと肩で息をしていると、皆が青ざめた顔をしている。


「大丈夫ですか?」

「平気。……ちょっと疲れただけ。さぁノックしましょう」


 私が執務室の扉にノックすると、中から声が聞こえて来た。


「はい?」

「シェリルです。差し入れを持って来ました」


 すると中からガタガタっと何かが倒れる音がする。


「大丈夫かな?」

「……大丈夫でしょう」


 ネルが淡々というと、中から扉が開かれた。


「……本当にシェリル様でしたか」


 扉から覗いた顔はユーインだった。


「どうぞ。お入りください……は? なんでお前が……」


 ユーインがクリフを見つけて鬼の形相になると、クリフは困り眉をさらに困らせガタガタと震えだした。


「その事でお願いしに来たの。フィランダーに」


 私の言葉に押されたのか、ユーインは渋々クリフを含めた私達を中へ入れてくれた。








「シェ、リ、ルゥ~! 差し入れを持って来てくれたんだって?」


 フィランダーが駆け寄ってくると、私はわざとらしくお菓子を持ってアピールする。


「えぇ、フィランダー。今日のお菓子は美味しそうだから一緒に食べようと思って……お邪魔だったかしら?」

「全、然! それより、ここまで来るの大変だったでしょう?」

「二十分もかかっちゃったのよね。完全に運動不足だし、これくらいで息が上がるなんて……」

「だ……大丈夫!? すぐにソファーに座って!」


 すぐにフィランダーはエスコートして私をソファーへと座らせた。


「それで? クリフが居るという事は何かお願いでも出来た?」

「……やっぱり察しがいいのね、フィランダーって。そう。彼を元の役職に戻して欲しいのよ。影だったかしら?」


 それを聞いた途端フィランダーの空気が変わった。


「クリフ……」

「すみません!」

「彼を責めないで。私が言わせたようなものだもの。上位貴族だし、影くらいいるのは当然だと思うわ」

「……シェリルには知って欲しくなかった」

「フィランダーが私を人形の様に思うならそれでも良かったかもしれないけど、あいにく人形なんかになりたくないのよね」


 私がちょっと非難する目で見ると、フィランダーは固まる。


「私の提案。聞いてもらえる?」

 

 今度はわざと微笑んでお願いすると、フィランダーは複雑なのか嬉しいのか、困った顔になってしまった。





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