04 歴史
ホリー・コリンソンという名前は、結局系譜にしか書かれていなかった。
「分からないのは、死因だけか」
通常、死因も系譜に書かれている事が多い。例えば前世のお姉様は病と書いてあった。他は戦や老とか書いてある。老は所謂老衰の事だ。
しかしホリー・コリンソンの所には空欄。こういう場合は大抵外聞が良くない形で命を落としている事が多いのだ。
「とりあえず、前世の恋人だったって人を調べてみよう。……ブレンドン・ジェンクス侯爵。初代国王の側近の一人。王から一番信頼されていた人物だった様だね。……この人、生涯独身を貫いてる」
お母様はすかさず、違和感を指摘した。
「……おかしいわね」
「うん。王の側近なら、王から紹介される事はままあるからなぁ」
「独身……」
「どうして」という言葉が頭に浮かんだ。
「だから養子を取ったんだね。ジェネヴィーヴって人の息子を」
「つまり……ジェンクス侯爵家には、テナージャとシランキオの王族の血が入っているからジェンクス家が中立派の中核を担っているとも言える」
「今も……ですか?」
「そうだ。中立派をまとめているのは今の世もジェンクス家だ。正確にはテナーキオ派の家だが、これ以上ないまとめ役だろう。もしブレンドンの血筋だったら、シランキオ派は今よりもっとひどい扱いを受けていてもおかしくはない。シランキオの王族の血が入っているのは大きい」
確かに……ご子息がジェネ様の性格に似ているとしたら、うまくまとめ上がられそう。
「でも……ブレンドン関係もこれ以上の事は書いてないね」
「歴史書の方は?」
「こっちは……二代目国王にも信頼された一人とも書いてある。……私生活については全く……」
「これは……意図的に隠蔽された可能性があるな」
真剣な表情を浮かべるお父様に私は質問した。
「お父様、どうして断言できるの?」
「この人がシランキオに潜入していたのだろう? そしてホリーという女性の恋人となり裏切った。なら、舞台の演目にあっても良いはずだ」
「あ……」
当時はまだ紙がなかった。なので今の様に新聞もない。その代わりに事件や興味深い出来事を、劇団が舞台で上演し皆に伝える事も少なくなかった。
哀れな女の悲恋物語を好む奥方も多いだろう。同情的な目で観る人もいるかもしれない。そんな演目があったら、今も続く話になっている可能性が高いのに、ないという事は隠蔽したという事なのだろう。
「そうね……シランキオ人から見れば、騙されてしまった可哀想な女ですもの」
お母様が何気なく放った言葉が、私の心に深く刺さる。
「可哀想な女……」
「あぁ! シェリルの事を言ったのではないのよ!」
「でも……前世の私ですし……」
「悪いのはブレンドンだ! そこを間違えるな、シェリル!」
両親が必死になだめてくれたので、涙が出そうなのを私は必死にこらえた。するとお兄様が口を開いた。
「シェリル。ホリーさんはどうやって殺されたの?」
「えっと……確か、戦争が終わった直後に王城勤務の人には待機命令が出たので……寄宿舎に戻って、荷物をまとめようとした時に、黒装束の男にナイフで……。『お前は用済みだ』って言われて……」
「ドサッ」と音を立てて、お兄様は持っていた本を落としてしまった。よく見ると家族全員の顔が真っ青になっていた。
「……ごめん、シェリル。俺、結婚したいからってお父様の意見に乗っかってた。父上!! 母上!! さすがにこんな経験をしているシェリルに貴族と結婚は酷です!!」
「そうね……元恋人にそこまでされてしまうなんて……」
「まぁ……そうなのだが……」
しかしお父様はさらに酷な事を私に突きつけた。
「でもなシェリル。シェリルは一応貴族の娘だ。もし、アストリー家に危機が迫った時に嫁を差し出せと言われたら、私は差し出すよ」
「父上!!」
「それがアストリー領に住む者のためになるなら、致し方あるまい。領民を守るのが貴族だからだ。……分かるね?」
それは分かる。……分かるけど、理不尽だとも思う。
「……その時は……仕方がありません。でも条件があります!!」
「何かな?」
「もし離縁した時は、修道女になる事をお許しください。婚約相手が決まらずに結婚適齢期が過ぎてもです」
「……分かった。その時は許可しよう。メレディスも覚えておくように」
「……はい」
不満そうにお兄様がうなずくと、お父様はさらに続ける。
「それと……ホリー・コリンソンについては意図的に隠したのが王族の可能性が高い。なので今後、ホリー・コリンソンについて調べる事を禁じる」
「え!?」
「なぜですか?」
「騙された令嬢という事で注目されてもいい人物のはずなのに、舞台の演目にはない。シェリルの言っている事を信じるのであれば、王族が働きかけたとしか思えない。もし、ホリー・コリンソンを調べていると知られると、王からうちに罰が下るかもしれない」
その言葉に皆、戸惑いを隠せなかった。




