68 ある日のカテリーナと殿下
「職業、ですか?」
「えぇ」
執務室の隣にある私室で、少しばかり仮眠を取り、仕事に戻ろうと思った時に聞こえてきたのは俺の側近であるガイと、カテリーナの会話だった。
「なぜそう思ったかお聞きしても?」
「生まれた時から、環境も人材も全て整えられ、王子になるべく教育を受けるからですかね。私の元居た世界だと、英才教育と言って、その道のプロを育てる為に行われます」
そう言ってから、カテリーナは、
「バルトール殿下はプロの王子様ですから、大変な職業だな、と思ったんです」
とも言った。
王子が職業?なんと言うか斬新な意見だな。
「なるほど。大変な、とは?」
「え、だって職業としての王族って大変じゃないですか。休みはないし、イメージがすごく大事だし。しかも、全てにおいて責任が付きまといますよね」
「ですが権力も財力もありますよ?」
「それだって好きに使えるわけじゃ、ないじゃないですか。しがらみが多過ぎて逆に大変そうですよ」
確かに。
世間から、どのように見られているかは分からないが、王族だからといって、何でも思い通りになるわけではない。
いや、思い通りになどならないことの方が、多い気がする。
だが、それをカテリーナが言うのか。この国に来たばかりの、貴族になったばかりのカテリーナが。
「では、もしカテリーナ嬢が王族と言う職業でしたら、大変なことをどう変えますか?」
「変える事が前提なんですか?」
「えぇ。何事にも改善が大事と言ってましたので」
あぁ、そう言えばそんな事を言ってたな。
考えもせずに行っていた、日々の公務の処理の仕方に意を唱えたのはカテリーナだった。
書類を出す側、受理する側、双方にやり易い方法を考え、無駄を省いた。
これにはガイも驚き、そして関わる者が皆喜んでいた。
他にも、朝食をしっかりとることが大事だと、面倒で何も口にせずに、働き始める俺達の軽食を用意させたりと、カテリーナの考え方は独特だが、理に叶っていた。
後から、あれは自分の栄養の為ですと打ち明けられたけれども。
「そうですね。私がもし職業として王族だったら、特権を使いまくりますね」
「おや、意外です。そういったものに興味が無いかと」
俺も意外に感じた。そんな物に執着するタイプには見えなかったが?
「あ、別に弱いものに対して権力を振りかざすとかじゃないです。ただ、せっかくの特権なので、しっかり使いたいです」
「ほう、具体的には?」
「もし、私が旅行が好きなら、特権を使って留学とか外遊とかします。交流にもなるし他国との繋がり大事でしょう?」
「なるほど。他には?」
「もしお洒落が好きなら、他の国の可愛い物や、綺麗なものを探して手に入れます。商売が好きなら、輸出入を考えます。きっと気温や環境で味も変わるでしょうから、各国のお酒造りを見て回るのも、喜ぶ人が多そうです」
カテリーナの想像はまだまだ続いた。
「貴族でも、勝手には国を行き来出来ないと聞きました。ならば出来るのは王族のみですし。あ、美味しい食べ物を見つけて、周りの人に紹介するのも楽しそうですね」
何故だろうか。カテリーナの軽い物言いのせいか、気分が軽くなった気がした。
「もちろん、殿下は国の事を一番に考えますから、そうそう楽しめる職業ではないでしょうね。でも」
「でも?」
「だからこそ。全てが自由にならない王族だからこそ、出来ることも沢山有ります。なので、王族の皆さんには、出来るだけ楽しく公務を行ってほしいですよね」
一旦言葉を切ってから、
「あれだけ大変な公務をこなしてるんですから。王子って言う激務を」
多分、俺がこの部屋で仮眠を取っていたことを知っているんだろう。声がこちらを向いた気がした。
「殿下が楽しめる公務、ですか」
「楽しい事だけってあり得ないですけど、たまにご褒美ないと頑張れなくないですか?」
「ふふ、そうですね。有難うございます、カテリーナ嬢」
「王子で居ることを、あのように言ってもらえるとは思っても見なかったな」
執務室に戻り、呟くと、
「ふふ、ご褒美いかがでしたか?」
笑うガイの肩を小突いて、赤くなった気がする顔を片手で隠した。




