66 悪夢の理由
手も足も、自分では少しも動かせなかった。自分の体なのに、まるで自分の体じゃないみたいに自由が利かなかくて。
迫り来る何かに捕まってはいけないと本能が察知したのか、逃げなきゃってことだけが頭に強く浮かぶ。
けれども、私に迫る何か、は容赦なく私に向かって来て、どんどん私を追い詰める。
何かに囚われそうになり、沸き上がってくる恐怖に怯え、思わず叫んだ。
「こないで、ヤダ、や、やめて、いや」
「カテリーナ様っ」
何が起きたのか、分からなかった。ただ、体は怖くて震えていて。
冷や汗が額を伝った。
「リーさん」
見開いた目に写ったのは、怖いものなんかじゃなくて。心配そうな顔をしたリーさんだった。
「私、魘されてたよね」
「はい、何度か声は掛けたのですが」
悪夢の原因は、分かってる。この前聞いた話に決まってるから。
聞かされた内容は、酷いものだった。
今まで召喚された聖女は正確な数字は残っていないが、100人は下らないってこと。
ただし、公に残る聖女召喚は今回を含めて5回しか記録がないこと。
他の召喚は秘密裏に行われて、召喚された人の扱いは酷かったこと。
その詳細は、教会の施設である医療研究所の研究結果として、人の目に触れないよう保管されていること。
研究内容としては、聖なる魔力の解明の為の、人体解剖、他、妊娠、中絶等を含む、完全に人体実験だったこと。
実際に見せられた資料の一部は、思い出すことも、口にすることも、したくない様な内容だった。
記憶を消せるなら、すぐにでも消したい位だ。
秘密裏に召喚された人達は、誰一人として人として扱われては居なかった。
そして。
その研究所では現在に至るまで、聖なる魔力を効率良く使用するための薬の開発をしていること、を説明された。
「大陸を覆う結界なんて、どんな規模か分かる?」
チャラい男の人は私の目を見つめて言ったんだ。
「そんな簡単に、掛けられると思う?どっかの異世界から来た女の子が、ちょっと頑張ったら世界を救えるなんて、本当にあったら笑っちゃうよね」
って。
口元を歪ませて笑っていたけれど、目は全然笑っていなかった。
「君の大事な聖女様も、効率良く魔力を使わせるために、暴走させられて死んじゃうかもね?」
いや、いや、いや、いや。
落ち着け、そう、落ち着け私。今ここで、魔力を暴走させて無駄死にするわけにいかないんだってば。
どうにかしないと、この先、沙羅様が危ないんだって。でもこの人達は聖女様の為に、って言ったんだから、何らかの方法があるはずなんだから。ちゃんと聞かないと。
なのにお腹の奥の方は、グルグルし始めちゃって。手をギュッて握り締めることで、気持ちを落ち着かせ、たい。
マジで。
落ち着け、私。頑張れ、私。
「カテリーナ様、顔色が」
リーさんが、心配そうに私の手を握ってくれた。私より少し体温が低いのか、ひんやりした手で。
まるで、私の暴走しそうな心を落ち着かせようとしてくれてるみたいで、嬉しくて、なぜか泣きそうになる。
「今日はもう、休みなよ。勝手に連れてきて、こんなヘビーな話してごめんね?」
チャラい男の人にまで心配されてしまったけれど。
眠る前にベッドの中で、この前聞いた話を思い出して、色々考えたからなぁ。
そりゃ、あんな夢も見るよね。
さて、これからどうするかな。
自分が出来ること、すべきことを考えて。絶対に沙羅様を死なせたりしないって、決意を固めたんだった。




