*16*
紫と青の巨大な光がぶつかり合い、引き裂かれた空がプラズマへと変わっていく。
その下の荒野では雪と草が瞬時に消え去り、土は沸騰して黒い塊へと泡立ち始める。
どちらが作り出したのかわからないが、優は力場によって守られていた。もしそれによって強力に軽減されていなければ、音圧だけで死んでしまったはずだ。体を動かせない彼は、草の上に倒れて強く目を閉じていることしかできなかった。閉じていても視界は真っ白なのだ。音と光で気絶してしまうまで、さほど時間はかからなかった。
優が意識を失っても、戦いは何事も無かったかのように続く。
紫の閃光の源に、ツバキ。
青の閃光の源に、翳。
両者の力は今のところ拮抗していたが、それぞれの表情は全く違っていた。
ツバキは驚愕の表情を浮かべていた。
彼女はバルルクタイルの力をそっくり受け継いでいる。それは極小といえど一つの宇宙を運営できるほどのものであり、他の宇宙から処理能力を盗むことで、今もその容量は増し続けている。
彼女は上位次元の生物に匹敵しうる存在と言えた。
当然、全力を出せば翳は瞬時に消滅してしまう。だから最初に適当な一撃を加えて終わらせようとしていたのだが、彼女にとって信じられないことに、翳はそれを真正面から受け止めたばかりか、遥かに上回る威力の反撃を寄越してきた。それは別の意味での不安と恐怖をツバキに抱かせている。
一方の青い光の中心では、翳が身を焦がす激痛に耐えながら前を睨んでいた。
彼女は百年のうちに得た能力をすべて動員し、文字通り全身全霊を雷に変えてツバキにぶつけていた。
目、耳、鼻、口、あらゆる部分から血を流し、痛みで千切れ飛びそうな精神をかろうじてつなぎとめている。それでも、このままではあと僅かで均衡が破れる時が来るだろう。
絶望的な状況のなか、彼女を支えているのはツバキへの思いだけだ。
命を救ってくれたこと。
温かい両腕で包み込んでくれたこと。
時々、寝てる間に頭を撫でていてくれたこと。
私がどんな時も、必ずごはんを一緒に食べてくれたこと。
何かにつけて子供扱いして頭に手を乗せてくる事が、ほんとうは凄く嬉しかったこと。
心の中で泣いている自分のそばに、百年もの間、何も言わず居続けてくれたこと。
ツバキがいたから、命よりも大切に思っている人に再会できた。
こんな遠くまで来れた。
だから、私の命は彼女の物だ。
圧力に負けて、翳の奥歯が砕ける。
長年着た切りだったパジャマはとうの昔に蒸発し、露わになった白い肌のあちこちには大きな火脹れができ、そして淡い色の髪は、炎を帯びて輝きながら散っていく。
バカバカしいやり方だと分かってる。
でも、今はこれしか彼女を引き留める方法が思いつかない。
ツバキに自殺なんてさせない。
絶対に。
細り始めた光への薪とすべく、翳は自分の体そのものを燃やし始めた。
手足を先端から灰にしていく炎が、いずれ翳の全身を元素にまで焼き尽くし、彼女の存在を完全に消滅させるはずだ。命という代償を得て、青い雷光は勢いを取り戻した。
ひときわ巨大な光が、ツバキめがけて蛇行した瞬間。
紫色の輝きが、突如として消えた。
全ての青い雷が空白になった領域に光の速さで殺到し、ツバキを貫く。
空を砕くが如き破裂音が雲を一つ残らず消し飛ばし、ルダの街にあるガラス窓を余さず粉砕し、そして、燃え尽きる直前の翳をも打ち倒した。
*
遠雷が響き、煮えたぎる大地からは黒煙がもうもうと立ち昇る。
月は隠され、すべては闇の中に沈んでいた。
不意に、一つの赤い光がまたたき始めた。
急に降り出した雨と共に強い風が吹き、煙を一瞬で追い散らす。
そこには、動かない翳を抱えるツバキの姿があった。
彼女自身も浴衣のほとんどを焼かれ、絹糸のようだった髪は焼けて縮れている。
円形に残った草の上で気絶している優を見つけると、ツバキはすぐその隣に翳を横たえた。
翳の手足は炭化して原型を失い、あちこちから黄色い骨が覗いている。血が涙となって流れていた顔には、悲しげな表情が浮かんでいた。
その惨状を見下ろしながら、ツバキは心の中で彼女を責め立てる。
おまえ、バカか?
おまえを殺したオレを、優が受け入れるはずないだろ。
おまえを殺したオレが、生きていけるわけないだろ。
オレじゃお前の代わりにはなれないんだ。
そんなことも分からないのかよ。
百年かけてこれじゃ、いつ大人になれるんだ?
なあ、翳。
ツバキは静かに落涙しながら、翳の体を赤い輝きで癒していく。
「こんなんじゃ、心配であっちに行けないだろうが」
再び生えそろった柔らかい髪を撫でながら、彼女は慈しむように翳の顔を見つめる。
「・・・さて」
燃え残った自分の浴衣で翳の体を覆うと、ツバキは提げていた二つのペンダントのうち、一つを首から外した。どちらも赤い紅玉が嵌め込まれている。
一つは自分の物。もう一つは、塔の最上階で優が握り締めていた袋に入っていた物。
二つは双子のように似ているが、優のペンダントにはツバキのそれとは桁違いの力が貯蔵されていた。しかしあまりにも扱いが難しく、こういう物に慣れていない者が触れれば、精神も肉体もあっさり蒸発してしまうような代物だった。優に持たせても危険でしかない。
一方でツバキのペンダントには、バルルクタイルによって無数のプログラムが組み込まれていた。彼女の宇宙を維持する仕組みもそれに含まれる。今後もあの宇宙を使うのだから、これを誰かに継がせておく必要があった。
ツバキは優に視線を据えると、昏倒している彼の掌に自らのペンダントを置き、しっかりと握らせた。そのまま、重ねた手の温もりを記憶に刻む。
やがて決心したように指を放した彼女は、並んで横たわる二人を優しい眼差しで眺めた。そして晴れ晴れとした表情で立ち上がる。
「じゃーな、二人とも。・・・ずっと見守ってるからな」
いざやるとなると、激しい震えが襲ってくる。
辿り着けるかもわからない未知の領域へと旅立つことが、怖くて仕方がない。
だけど、行かないと。
ツバキの首から提げられたペンダントの紅玉が、強烈な閃光を放ち始めた。それは束の間の夕景を作りながら空間を歪めると同時に、彼女の体を覆い、溶かしていく。
光が消え、乾いた音を立ててペンダントが枯草の上に落ちた。
雨が止み、雲間から朝日が顔をのぞかせる。
その光は、飾るべき石を失ったペンダントを静かに照らし出した。
第八話 おわり




