*14*
まるで戦うように、優は野菜炒めと白米を喉に送り込んだ。
美味いとかマズいとか、そんな尺度で評価できる物ではない。
何か不測の事態でこれらが消え去る前に、野菜の端切れから米粒一つに至るまで全力で腹に納める必要があった。
部屋の隅では、トラが優に負けじと残飯をかっ込んでいる。どちらも獲物に食いつく獣だ。
急いで作ったから簡単なもんですまねぇな、とツバキは言うが、これを超える食事は、多分一生味わえないだろう。口に入れる度に快感が全身を走り、喉を通るごとに無上の喜びを感じる。大げさな料理アニメの味覚表現も、あながち嘘ではないと考え直すほどだった。
驚異的な速度で食べ終わった優は、空のお椀をちゃぶ台に叩きつけて長い息をついた。
正直、湯気を上げる料理を前にした時は罪悪感で喉を通る気がしなかった。自分一人だけこれにありつくのは間違いだとしか思えなかったからだ。
だがこうして満腹になってみると、厚かましくも気持ちが前向きになっている事に気づく。あいつらにもこれをたらふく食わせてやらないと。
「ごちそうさま」
頬杖をついているツバキを前にして、感謝と共に両手を合わせる。
彼女は目を細め、幸せそうな顔をしていた。
「お粗末様」
そう言いながら食器を重ねて手に取ると、彼女は軽やかに立ち上がって歩き去る。
すると空になったちゃぶ台の向こう側には、言い知れぬ気配を放つ翳の背中が現れた。
優は、満腹で緩んでいた胃が急激に締めつけられるのを感じた。
さすがにわかる、彼女は猛烈に怒っている。
驚いたり焦ったりするばかりで、自分を探し出してくれた二人に何も言っていない。優は口元を引き結んで立ち上がると、まずは翳の前へと歩き、腰を下ろして正座した。
優が口を開く前に、頬を膨らませてうつむいている翳がボソリと言う。
「言っておきますけど、私は料理がダメなのではなく、ちゃんと練習できていないってだけですので」
怒っているのはそこなのか。
「・・・ええと、それは後で話そうよ。とにかく、これだけ先に伝えたいんだ。翳ちゃん、ここまで来てくれてありがとう」
深く頭を下げたので表情は見えないが、頭上から伝わる空気が緩んだような気がする。
「おい、茶を淹れたぞ」
背後からツバキの声が響き、優は顔を上げて翳の手を取った。赤子のそれのように細く、小さい。野球のせいだろうか?やわらかい指には固いマメがたくさんできている。愛おしさのあまり、優はしっかりとそれを握り締めた。彼女と再会した事への喜びをようやく実感しはじめる。
「いこう」
言いながら彼女を盗み見た優は、その顔が赤く上気し、口元が緩んでいることに気づく。
それでも怒りの表情を頑張って維持しているのがおかしかった。
*
一通りこれまでの出来事を話した優は、まだ手を付けていなかった湯呑を持ち上げた。長い話だったので喉が枯れている。
「あのアゴが、オレたちを助けてくれたってことか。・・・お前の口から聞かなきゃ絶対信じねぇ話だな」
ツバキは複雑な表情をしている。無理もない。自分だって、あいつが大事な人になるなんて想像もつかなかった。
「・・・あの塔には、まだ何か危険がありそうなんですね」
優が二人のこれまでを聞こうとする前に、深刻な表情の翳があっさりと話を切った。
「多分。ゲームマスターがどうなったのか思い出せないんだ」
「んじゃあ、できるだけ備えておくしかないだろ」
「念のため、アゴさんを探す道具も必要です」
翳は立ち上がって何かを取りに行った。帰ってきた彼女が抱えていたものは、果たして例の風見鶏がついたヘルメット、「悲恋の兜」だった。あまりの懐かしさに絶句する。かなりの年季があるそれは、もはやゴミ一歩手前を超えてゴミになっている。
「またそれ使うのかよ。オレはそいつをあんまり信用できねーな。作った奴がそこにいんだからよ、もっと便利で新しいのを作ってもらおうぜ」
ツバキの言葉に一瞬キョトンとしてから、ああそうだ僕が作ったんだ、と納得する。
優は久しぶりにウィンドウから作成コマンドを実行する。
優は目を大きく開いた。
バグったのかと思った。
ウィンドウには、無数のアイテム名がギッシリと並んでいた。
ただし、そのほぼ全てがグレーアウトしている。作成できない状態なのだ。
今現在作成可能なアイテムは、あまたあるアイテムの中でたった一つ。
「とくせいカクテル」
・・・なんだこりゃ。
レシピを見てみる。
ワイン、焼酎、ウォッカ、ウィスキー・・・。
酒の名前がいくつか並んでいる。
「おい、どした」
怪訝な顔で動かない優に、じれたツバキが言う。
「なんか、いろんな酒が必要みたいなんだけど・・・」
「酒ぇ?!なんだそりゃ」
酒の名前を聞いたツバキは立ち上がると、部屋の隅にある小汚い木箱の前に屈みこんでゴソゴソと始める。その後ろ姿を見ながら、翳が悲しげに言う。
「あの中にたいていの食べ物が入ってるの。おおっぴらに言うと、あの箱を通じていろんな所から泥棒してるんだけど・・・」
ドンという音とともに、いくつかのビンがテーブルに置かれる。
「借りてんだよ。機会があれば返しゃいい」
「最低な言い分ね・・・あたしも同罪だけど」
そう言いながらも、ツバキの作業を手伝う。
*
ツバキは、グラスの中をかき回していた箸を引き抜いた。大窓からの星の光を受けて細かな輝きに飾られているそれは、ひどく不吉な色をしている。
噂に聞く、新人が飲まされるタチの悪いちゃんぽん、そのものだ。
何も特別なことはしていない。分量だって指定がなかったから適当だ。赤ワインを注ぎ、ウィスキーをつぎ足し、ウォッカやら焼酎やら、ともかく入れるだけ入れた。
「優、おめぇ酒飲めるのか?」
「一度も飲んだことないよ。父親いなかったし」
優は明らかに迷っていたが、レシピには飲めとしか書かれていなかった。やがて覚悟を決めたらしく、彼はグラスを口に運んだ。
ゆっくりと飲むにつれ、面白いほどその顔が赤く変わっていく。
毒を食らうっていうのはこういう感じなのだろう。そばにいる翳は、時折むせ返る優の背中をさすりながら取り乱している。
「大丈夫だ翳、いざとなったら解毒すっから」
ツバキの言葉に多少は安心したのか、口を引き結んで優の様子を注視している。
やがて飲み終えてグラスを置いた優の目は虚ろになり、上半身は骨を抜かれたように脱力しはじめた。今は翳に支えられて、なんとか座っている。
「・・・ホント、こいつの作るもんってロクなもんがねぇな」
冷や汗を浮かべるツバキがそう言った直後、優の口が開かれた。
「まったくだ。僕もそう思う」
あまりにしっかりとした、しかも普段の優からは想像できない冷たい声だった。
ツバキは眉間をひそめ、優の顔を見つめる。翳も様子がおかしい事を感じたようだ。優の額に手を置いて、その顔を覗き込む。
二人の視線が集まる中、優は言葉をつぐ。
「事態を分かりやすくするため、最初に伝えておく。僕は二つの個体に分かれている。今この体を借りて話しているのは、もう一人の僕だ」




