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>コマンド?  作者: オムライス
第八話
80/120

*11*




ゲームマスターの手に掴まれている荷物入れを目にするや否や、優はそれを反射的にひったくっていた。たとえ不気味な光が内部から放たれていようとも。その中に絶対に触らせたくない物が納められていたからだ。


あの日、黒い石を差し出しながらルダは言った。


「これに、翔の全てが記録されている」


優は嫌々ながら受け取った石を、無造作に、けれども絶対に無くさないと誓いながら荷物入れに放り込んでいた。


本当は分かっていたんだ。翔ちゃんは死んだのだと。

だから、あの石は何よりも大事な形見だ。この袋に同じく納められているはずの、5年をかけて部品を集めた魔道具よりも。誰かが触れるなど、絶対に許せなかった。


優は石の無事を確かめる、ただそれだけを考えて無造作に腕を突っ込んだ。その手が、袋の中の赤い光源に触れた瞬間。


優の体は、手から流れ込む光で音も無く沸騰しはじめた。

熱い鉄に触れたかのように慌てて腕を抜くが、異変は止まらない。


彼は否応なしに理解する。

体の分子一つ一つが、腕から順に泡立っていく。

それどころか周囲の空気までも急激に煮え立ち、輝き始めている。自分と自分を囲む空間の最小単位が膨張し、はじけ、沸点を超えて別の何かへと構造を変えていく。


そんな宇宙の開闢かいびゃくに似た変質を、優はスローモーションで余すところなく認識させられている。


眩しい光を放つ腕の向こうに、涼しい笑みを浮かべるゲームマスターの顔が見える。

それを映す優の目に、怒りも、恐怖も、驚きも、後悔も、何もなかった。変容が精神にまで及んでいるからだ。思考を生み出す構造を沸騰させながら、爆発的に拡大していく認識力が底無しの高まりと共に視界を白く染めていく。


優は、新たな相へと転移しようとしていた。

魂が光へと変わる。その寸前だった。


叩きつけられる拳の感触を頬に感じた。


この、何もかもが融解している炉心のただ中で。

この、時空をも蒸発させる極限の頂きで。



「また無茶しやがって」



聞き慣れた声と共に、音が一斉によみがえる。

炸裂する閃光と轟音の向こう、あらゆるものを焦がす光の中。呆然と顔を上げた優は、痛み無しに思い出す事ができない、けれども絶対に忘れたくない顔を見た。それはひねくれた笑みを浮かべつつ光に消えていく。


「じゃあな、優」


意識をも焼こうとする光に抗いながら、優は彼に向かって腕を伸ばした。その開いた掌から、黒い破片が細かな光となって散らばる。


どこまでも続く荒野を共に歩き、

凍てつく夜に同じ火を囲み、

時にいがみ合い、

時になぐさめられ、

最期に命を救ってくれ、


そして今もまた、助けてくれた。


依然として、周囲の空間は激しく泡立っている。だが、先程までの暴力的な高まりは消えた。優の体は、音もなく燃える炎となって安定している。

余りに場違いな拳が、優をこの次元に繋ぎ止めたのだった。


「翔ちゃん」


優は、かすれた声でそう呟いた。

答える声がもう無い事を知りながら。


無数の小さな光が、呆然と開かれた目の前に漂っている。それは凍える少女が灯したマッチ棒のように、一瞬の幸福を見せて燃え尽きた黒い石の破片だった。

優はそれを両手でかき集めると、祈りを捧げるかのように握りしめた。


「瀬戸際につま先立っているようじゃないか」


ゲームマスターの声が明瞭に響き渡る。

優はきつく目を閉じたまま動かない。


「巨大な力を内包しつつ、この次元に辛うじてとどまっている。或いはと思ってはいたが、いざ実現するとやはり驚きだ」


聞き流しながら、声の主へと意識を向ける。

優の見ているものは、情報の海だった。

人間の認識力では、それは光としてしか捉えることができない。


優は、かつての自分とは違う生物になっていた。まるで今までが狭い穴の中に埋められていたかのように感じる。あらゆる制限が取り払われ、膨大な情報が呼吸のように流れ込んでくる。これまでの大切な記憶など、砂粒一つ程度のつまらない情報量でしかない。


だが、優はそのちっぽけな思い出を忘れることができなかった。彼は翔の残滓を握りしめた固い拳を下ろし、その瞳を開いた。


「お前の望み通りにしてやる。さっさと始めろ」

「・・・君はこの宇宙の上限を超えた力を得て、なおかつ踏み留まってみせた。この後お互いを害しあうとしても、せめて奇跡を起こした感想くらい聞かせてくれてよいのではないかな」


ゲームマスターから伝わる感情がオーケストラの放つ和音だとすると、人間の感情など正弦波くらいの単純さしかない。優は伝播してくるその重厚な落胆のシグナルをすべて無視した。巨大な認識力を得ながらも、彼のシンプルな本質には変わりがなかった。


「話すことなんて無い」

「・・・君はあまりにつまらない」

「僕もだ。さっさと始めて、そして終わらせよう」


ゲームマスターの感情が、明るい和音となって響き渡る。それと同時に、彼の周囲で時空が歪むほどの力が充満しはじめる。


「そうだな。気を取り直して、そちらに期待するとしよう」

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