*5*
ようやく足を踏み入れた三十階は、期待に違わずラスボス部屋そのものだった。
今まで優が遊んできたゲームのそれと、大きく違わない。
やはりお約束は踏襲しないといけないのだろう。
この塔は、もともとごく普通のビルか何かだったようだ。
それが魔改造された結果、ゲームにありがちな試練の塔に成り果てていた。
この階は、他の階よりも更に激しく手が加えられている。まず、大聖堂のように高いアーチ状の天井が目につく。無数に開いた天窓からは緑色の光が差し込み、暗い部屋の床に大理石の模様をまだら状に浮かび上がらせている。
他の階のように間仕切りの壁は一切なく、差し渡し100メートルはあろうかという大きな部屋を支えているのは四本の太い柱と外周の壁のみだ。
そして、中央に鎮座する巨像。
大きさは鎌倉にある大仏くらいか。人間の胴体とクモの体を融合させたような悪趣味な形状だ。四本の腕に武器をそれぞれ持ち、八本の足には見るだけで痛みを感じるような鋭い刃が無数に生えている。
オレンジ色の悪夢だった。
「・・・こりゃ最悪だ」
見上げながら、優は思わず呟いていた。
「ちょっと、ひどくない?」
気分を害したのだろう、こちらを見下ろしながら、ラスボスが夕陽の声で抗議してきた。
我に返った優は、失言に慌てふためき始めた。
「あ、いや・・・でもカッコいいよね」
元の夕陽に戻ってほしいというのが本音だ。声は聞こえども、あの可憐な姿は見えない。彼女曰く、この巨体をコントロールするのに手一杯らしい。
そのラスボスの周囲には、一糸乱れず立つ四本腕のロボットが20体並んでいる。その中に、さっきまで夕陽が使っていたボディも含まれている。
「こんなの、どうやっても勝てなかったな」
金属製になった右腕をさすりながら、そうつぶやく。
「夕陽のおかげで、戦わないで済んだ・・・ありがとう」
笑みを浮かべながら見上げる優を、夕陽は何も言わずに見下ろしている。
その沈黙が、あまりに長い。
「・・・夕陽?」
怪訝に思った優の呼びかけに、ようやく夕陽の巨体が身じろぎした。
「・・・父さん、あたしを破壊しないと、このクソゲーは終わらないの」
「・・・は?」
「そりゃそうよ。ラスボス倒さないとゲームは終わらない。でしょ?」
夕陽は視線をルダに向けた。
振り返った優の目に映ったルダは、魂が抜けて無機物に戻ったかのようだ。
「ルダ、そうなのか?」
「・・・」
ルダは答えない。優は彼の前にツカツカと詰め寄ると、その両肩をつかんで前後に揺さぶり始めた。
「おいルダ、ふざけるなよ・・・他に方法あるだろ」
「・・・無い。最後の一体まで、全ての敵を破壊する必要がある」
優はルダの肩をつかんだまま呆然と虚空を見つめていたが、ふと閃いた希望に跳びついた。
「そうだ、破壊しても、脳だけ残しておけばいい!お前なら、その状態から何とかできるだろ」
「無理だ。君たちの脳と同じく、夕陽たちの脳は単独で保存できない。長く活動していなければ構造を消失するし、生身よりも強靭な組織とはいえ、長期保存で腐敗もする」
「じゃあ、お前が前言ってた、例の情報を保存する方法!!あれをやってくれ!!」
「それも無理だ。彼女はそもそも肉体を持たない。どうやってアーカイブするのか私には見当もつかない」
「お前の話は、本当に毎度わからねーんだよ!!結局どうなんだ!!」
「父さん」
ルダを激しく揺さぶり続ける優が、夕陽の呼びかけで固まった。
彼が振り向くと、そこには邪悪なシルエットの化け物が、心底案じている様子でこちらを伺っていた。
「父さん、どっちにしろ無理よ。クリアしたら、このゲームに使われている物は全て消滅して、改変された存在も元に戻るの。この塔は昔の姿を取り戻すし、ロボットは全部消える」
優は唖然として、しばらくの間何も言えなかった。
外ではますます緑色の光が暴れ狂い、風も強まってきたのか、階下では暴風が吹き荒れる音が響いている。
沈黙を破ったのは夕陽だった。
「だから、終わった後は気をつけてよ。父さんの手と両足も無くなっちゃうから。でもたぶん大丈夫。ぜんぶ、きっと大したことじゃなくなるよ」
それを聞いた優は唖然としたあと、彼女に向かって内臓を吐き出すような叫び声を上げた。
「何が大したことないだ!!娘が出来てたった数時間後に、それが殺されるのを見てろって!?そんな、そんな事があってたまるか!ふざけんな!!!」
「父さん」
優の勢いなど気にしないかのように、夕陽はそれに答える。
「父さんは、あたしの事を本当に娘だと思ってる。あたしはそれがうれしい。だから、こんなお願いができる。終わらそう、父さん。大丈夫、絶対にまた会える」
優は溢れ始めた涙をぬぐおうともせず、それを全身で拒絶した。
「いやだ!!絶対にそんなことしないぞ、クリアなんてしなくていい!!ルダ、お前だって困るだろ!?お前だって消える!それでいいのかよ!!」
ルダは迷うこと無くうなずいた。
「かまわない、元々そのつもりだった。私の願いはルカリとの約束を果たす事・・・この塔に束縛された人生からの解放、ただそれだけだからだ」
その答えを聞いた優は、しばし絶句したあと胸元をかきむしり始めた。
「・・・おまえら・・・おまえらほんと、いい加減にしろ!!!お前らの事どれだけ、どれだけ大切に思ってるか・・・少しは考えろ!!クソッタレども!!!」
絶叫が、部屋の中にこだました。
優はぜえぜえと息をしながら、焦燥に満ちた視線を二人の上に走らせる。
すぐに分かる。自分の叫びは、彼らの中に満ちる決意を変えることは出来なかった。
「翔さんの気持ち、少しは分かったでしょ」
笑い交じりの声と共に、少女姿の夕陽が目の前に現れた。
彼女はゆっくりと優の前まで歩くと、彼の体にしっかりと両腕を巻きつけた。
「・・・父さん、短い時間しか一緒に過ごしていない私を、本当の娘のように扱ってくれてありがとう。愛してる」
直後、優の体がきつく締め付けられた。彼は自分の身に何が起きたのか理解できず、狼狽しつつ視線を左右に送った。
ロボットがご丁寧にも二体、優の体を完全に絡め取っていた。合計八本の腕による拘束は完璧で、彼は身じろぎひとつできない。二体は、これから起きる事を見せぬようにするためか、優の体を翻らせた。
「始めよう」
背後でルダの声が聞こえ、優の心臓が氷の手で握り締められる。
優の叫びは、鳴り響き始めた発砲音によって掻き消された。




