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「絶対に嫌よ」
窓から注ぐ淡い夕日を浴びながら横たわるアゴは、そう言って顔を二人の反対側に向けた。
優は困り顔でその後頭部を見つめつつ、明らかに望み薄な説得を続けた。
「・・・頼むよアゴ、下で待っててくれ」
成り行きを見守っていたルダも、アゴの腕に手を置いて静かに話し始めた。
「君が眠っている間に二度襲撃があり、私の分身はすべて破壊されてしまった。酷な事を言うが、負傷している君を守る為の戦力がもう私達にはない。下で待っていてくれれば、私達も安心して戦えるんだが」
アゴはルダの手を振り払うと、上半身を起こした。その表情は一度丸めたアルミホイルのようになっている。
「いやよ!!じゃ、アタシは何のためにここに呼ばれたの?足を引っ張るためだけに!?確かにアタシはここで完璧にお荷物だったわ。だけど優ちゃん、アタシは助けとして呼ばれたの。他の誰でもないあたしが!!」
そこまで一気にまくし立ててから、アゴは震えながら体を傾け始めた。優とルダが慌てて支え、ゆっくりと横たえる。
「胸に穴が開いてんのにそんなに怒鳴るからだ!ほんとバカだな」
「・・・アタシがここにいるのは絶対に意味がある。お守りなんか要らないわ、死んだって文句言わない。だから、ここに置いといて」
*
時刻は夜だが、闇を楽しむ事はできない。
あたりは窓から注ぐ不気味な緑色の光に照らされていた。
横たわるアゴを前に、優とルダは壁を背に並んで座っていた。それに挟まれるようにトラが丸まっている。
二人とも無言で虚空を眺め続けている。辺りは静まり返り、アゴの規則的な呼吸音が聞こえるだけだ。
やがて優が沈黙を破り、ため息混じりに呟いた。
「・・・傷が痛むくせに、まったく強情な奴だよな。死んだって文句言わないったって、そりゃ死んだら何も言えんし」
ルダは呆れたような声を上げた。
「それを言うか?君はもっと厄介だぞ」
優は顔をしかめた。
ルダは何も無い顔でひとしきり笑いを楽しんだあと、再び口を開いた。
「・・・君たちは本当に不思議だ。自分が生き残ることを至上の目的としていない」
そう言いながら、トラの背中を三本指の手で撫でる。
「君たちの世界では、それが普通なのか?」
優は再びため息を吐きながら、大きくかぶりを振った。
「人間のことはよく分からん。僕の周りは控えめに言って頭がおかしい奴ばかりだ。参考にならないよ」
そう言ってから、優は立ち上がってルダの方に向き直る。
「ルダ、改めて言う。このゲームはバグってる。どんなに戦力を高めても、絶対にクリア不可能だろう。お前の分身は全部壊されたし、残るは二人だけ。ドンづまりだな」
ルダはうつむくと、何も答えなかった。
その様子を見下ろしながら、優は言葉を継いだ。
「だから決心したよ。僕はインチキをする」
ルダは驚いたように顔を上げ、優を仰いだ。
「・・・どう言うことだ?」
「ゲームのシステムやデータを書きかえるんだよ。バグってるゲームなんて、真面目にやる必要ないからな」
明らかに失望しながら、ルダは再び視線を前に戻した。
「・・・それができるのなら、私がとうの昔にやっている。そんな方法などないはずだ」
「あるさ」
優はルダの前を横切り、部屋の端に置かれたガラクタの山の前に立った。彼はそこから何かを拾い上げると、ルダの前に戻ってきた。
彼の右脇には、焼け焦げた敵ロボットの頭部が一つ抱えられていた。
「こいつを使う」
少しの間ののち、ルダは優の意図を読み取ったようだ。
だが、それをいいアイデアだと思っていない事が明らかに伝わってくる。
「私の推測が間違っていることを願うが・・・何をするつもりなのか聞いておこう」
「お前の分身を見て考えたんだよ。ロボット同士は何かの仕組みでお互いに繋がってる。違うか?」
「・・・その通りだ。私と同じく、敵はすべての個体がネットワークに参加し、記憶や経験を全て共有、均質化して一つの生命のように振る舞う」
「そこに僕が加わったら?何らかの突破口になると思わないか」
やはり、という様子でルダが肩を落とす。
「・・・君は本当に自分を愛していないんだな」
優は口をへの字に曲げてから、それに答えた。
「食事や睡眠には、一応気を遣ってるつもりだ」
*
「こんなもんで?」
ルダの手に収まっている道具を見て、優は顔に恐怖をありありと浮かべつつ声を上げた。
かなり大きめではあるものの、それは紛れも無く銃の形をしていた。こいつで頭に射ち込むなんて、ネタにしてもあまりに面白くない。
「射ち込んだりはしない。差し込むと言った方が近い。私が自分の脳の置き換えを始めた時は、何度も死の淵を覗いた。そんな失敗を重ねてここまでシンプルかつ安全になったのだから、感謝してほしい」
つまらん軽口だ。誰のお陰でこんな苦労をしてると思ってるんだ。優はルダを張り倒したくなるのを何とかこらえ、眉間に深い溝を刻みつつ彼に背を向けた。
「もういいよ、さっさとやってくれ」
「これを見れば引くかと思ったが・・やめてくれ、優。私の場合は敵の脳組織を培養し、自分の神経接続と同期させてから移植したのだ。そのまま移植など狂気の沙汰だし、仮に上手く行っても何かが見つかるとは思えない」
優は振り返ってルダを見た。
「僕の世界には「接続者」って呼ばれてる変な能力の持ち主がけっこう居るんだけどさ、そういう特別な能力って、お前達が設定してるんだろ」
意外な質問にしばし固まってから、ルダはかぶりを振った。
「・・・いや。私達は個別に何らかの干渉を加える事はほとんどない。あってもごく僅かだ。恐らくシステムが必要に応じてランダムに特別な能力を付与しているのだろう」
「なんだよ・・・選ばれし者とか、そんなのを想像してたのに。とにかくさ、その力は今まで結構な助けになってくれたんだよ。それがこうしろって言ってるんだ。今回もそれに賭けてみるさ」
ルダは優の背中を見つめながら、最後の念押しを始めた。
「自分の脳に敵の脳を差し込む。一度融合してしまったら、もう元には戻せない。狂気の沙汰だ。死よりも辛いことになる可能性は十分過ぎるほどあるぞ」
「あーもう!!うるさいな!!「はい」ボタンを押すのもいい加減疲れたよ。さっさと始めてくれ」
「・・・だめだ。君にそんなことはさせない」
ルダは顔を覆う仮面を上げると、むき出しになった自分の頭に銃を押し付けた。
「私がやれば良い話だ」
優の動きは自分自身が驚くほど速かった。
彼は流れるように体を翻すと、ルダの腕に金属製の手刀を叩き込んだ。
弾かれた銃が床を滑っていく。素早く拾い上げた優は、それを迷うことなく自らの頭に当てた。
衝撃を感じる直前、優の瞳に映ったものは、四本もの腕を突き出しながらこちらに飛び掛っているルダの姿だった。




