*14*
まるで死刑の宣告を待つ被告人だ。
座る彼らの前に立つルダを見ながら、優はそう思った。
しかしこいつは顔が無いくせに、なんでまたこんなに表情豊かなんだ。
翔がイライラとそんな彼を見上げている。我慢出来ているのは大したものだ。自分ですらもう限界だというのに。
彼らが痺れを切らす直前に、ルダはようやく言葉を発した。
「私のオリジナルが、この世界を終了させた」
ルダの言葉に、優は何故かあまり衝撃を受けなかった。当たり前だが、他の二人は事態が飲み込めないようだ。
「・・・終了ォ?どういうこった」
日は既に昇り、オーロラは空に溶け込んでしまっている。のどかな青い空を背負いながら、ルダは翔の詰問に対して答えはじめた。その声は明らかに弱々しい。
「この世界を走らせているリソースが、終了に向けて暫時削減されている」
「てめぇの話は毎度まどろっこしいんだよ!つまりどーなんだ!!」
優が代わりに答える。
「この世界が消えるってさ」
「それっくらいは分かるわ!ふざけんな、ククナは、ここに居る奴らはどーなるんだよ!!」
ルダはそれに答えられない。うなだれるだけだ。翔はそんな彼に今にも殴りかからんばかりだ。
優は翔の肩に手を置くと、意識して平然とした声を出した。
「ルダ、一応きくけどさ、それを止める方法ってあるのか?脱出方法でもいいけど」
「どちらもあるが、今の私にはその権限がない」
まぁ、そうだよな。
「じゃあ、あとどれくらい時間が残されてるのか教えてくれ」
「・・・消失は一点から始まり、リソースの減少が限界に達するまで野火のように世界に広がっていく。そういった位置関係を無視して考えた場合、この世界が完全に消滅するのに必要な期間は四、五十日程度だろう。あとは開始点の位置次第だ」
優は顔をしかめた。長いのか短いのか計りかねる。
「この塔の攻略には、あとどれくらい掛かる」
「敵は私の想定を超えた独自の進化を始めている。参考にならないと思うが・・・前回の難易度で推測した場合、上手く行って三ヶ月程度と見積もれる。以前二十九階に到達した際は、武器開発や情報収集などを平行して進めていたため十五年の歳月が必要だった。ある程度装備と情報が揃った今ならば、三ヶ月という期間に収められる可能性はあると思う」
「・・・十階まで一日で来れたんだけど、それでもか?」
「以前のままであれば、敵の強度は階が上がるごとに二次関数的に上昇していく。二十階以降の難易度は、これまでとは比較にならないだろう」
苛立ちを募らせていた翔が口を挟む。
「優、おまえアホか?!世界が消えちまうってのに、ここのてっぺんに旗立てても意味ねーだろ!!」
そうまくし立てる彼を大きな手で押し留めながら、気遣わしげな表情でアゴが問いかける。
「・・・優ちゃん、落ち着いてるけど何か策があるの?」
そんなもん有るわけない。
今だって落ち着いてるように見えるだけだ。本当なら、わめきながら自分の首を切り飛ばしたいほどなのだ。だがここで諦めたら本当に全てが終わる。この塔を脱出しなければ何も始まらない。登るしか道はないのだ。
優は心の中で大量に出血しつつ、ありったけの気力を振り絞って自信に満ちた態度を取り繕った。
「ある。信じてくれ。とにかく、ここをさっさと片付けてしまおう」
背中に手を掛けてきた絶望を振り払う。
歯を食い縛りながら、優は立ち上がった。
*
文字通りの強行軍だ。
優は斥候と盾の役目を務めていたルダさえも差し置いて、常に先頭で剣を振るい続けた。討ち漏らした敵による背後からの挟撃だけは避けねばならない。強行突破を用いた時間短縮は望めず、敵を地道に殲滅しながら進まざるを得なかった。しかしまぁ、順調なのだからまだマシだったと言える。着こんだプロテクターのお陰で負傷も軽くて済んでいた。
そんなサービス期間はもう終わりのようだ。優の表情は険しい。予言どおり、二十階に近づくにつれて敵の抵抗が急激に頑強になっていく。
二日後、ついに優たちは十八階で完全な足止めを食らった。
敵はこれまでの散発的な攻撃ではなく、バリケードを構築して組織的に大火力をぶつけてきている。
こちらはかき集めたバリケードの残骸に隠れて応射するのが精一杯だ。ルダはというと、心細くなった物資を補給すべく十階の拠点に向かったまま戻らない。
長時間ここで釘付けにされることが苛立たしいが、こうなっては剣の出番などない。アゴと翔が大振りな火器で豪快に撃ちまくる隣で、優は遮蔽物を背にしてうつむいていた。
爆音と激しい震動の中で、優は場違いにも川原で翳とキャッチボールをした事を思い出していた。平凡な日々がどれほど得難いものなのか、あの時知っていたら。
秦野の街の明かりと、寄せた翳の頬の冷たさ。
ツバキの顔から落ちてくる涙の滴。
ナギの消え入りそうな笑顔、肉を頬張って笑うナミ。
指を鳴らしながら鬼の形相でこちらに迫ってくる廻。
思い出が次々によぎり、その度に胸の痛みは耐え難くなっていく。
突然、優は喉が破れんばかりの叫び声を上げつつ立ち上がった。銃撃音すら凌駕する絶叫に、アゴと翔が思わず手を止める。
優は血走った目で通路の向こうを見つめたまま、翔の前に手を伸ばした。
「・・・手榴弾ちょうだい」
翔は唖然とこちらを見上げていたが、もう一度促されると手榴弾を手渡してきた。優はそれを外套のポケットに仕舞い込むと、銃弾が通りすぎる中で悠々と剣を抜いた。百メートルは有ろうかという長い通路。その先に陣取る敵の陣地を睨む。
「ウラアアアアあああああああああ!!」
何故ロシア式なのか不明だが、優は血を吐くような鬨の声と共に遮蔽物を飛び越え突進を開始した。
光の雨が猛然と降り注ぐ。灼熱した杭がいくつも体に叩き込まれるが、彼は止まらない。
敵のバリケードの細部がわずかに見えてくる。腹立たしいほど遠い。左腕に激しい衝撃が突き刺さり、もんどり打った優は痛みのあまり一瞬気が遠くなった。だが、こんなもので気絶していては話にならない。
先程の衝撃のせいか、左腕が動いてくれない。優は床に伏せて剣を置くと右手で手榴弾を取り出し、スイッチを入れる。投げるつもりはない。どうせ撃ち落とされるからだ。かわりに優はそれを十メートルほど先に転がした。そして頭を守りつつ顔を伏せる。
この手榴弾の威力は折り紙つきだ。それを破壊不能な通路で炸裂させたらどうなるかは簡単に予想できる。優はその瞬間を待って全身を強ばらせた。
きつく閉じている目が、太陽を直視したかのような閃光に貫かれた。難なく瞼を通過した白熱光が脳を焼く。その次に来たのは、膨大な量の赤熱した針だ。優はそれを頭から全身にくまなく浴びた。
優は止めていた息を吐いた。
・・・気絶しなかった。
生まれて初めて、自分を誇らしく思った。彼は真っ黒な爆炎の中で震えながら立ち上がると、敵のバリケードにぶつかるまでヨタヨタと走った。頭の中でジェットエンジンが回るような、轟音めいた耳鳴りがしている。うまく体のバランスが取れない。
無茶をした甲斐はあった。
バリケードの向こうはヨダレが垂れるほどの絶好の狩場だった。敵は爆炎を避けるべく体を伏せている。優は彼らのただ中に飛び降りると、草を刈るがごとく手当たり次第に剣を振り回しはじめた。
ルダは、ゲームのキャラクターにも命があると言った。ならばこの二対の腕と一対の足を持つ昆虫のようなロボットなど、紛れもない生命ではないか。
自分は生命を殺めているのか?
どっちにしろ、もう悩んでも無駄だ。
煙が晴れたとき、そこに動くものは優以外にいなかった。
バリケードの内側にはロボットだったものが散らばっている。そのただ中で震えながら荒い息をついている優の顔が、急激に青くなり、苦痛で歪んでいく。
なんとまぁ。何故気づかなかったのか。
彼は自分の左ひじから先に何も無い事に、今さら気がついた。
駆け寄ってくるアゴと翔の叫びを聞きながら、優の意識は遠退いていった。




