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>コマンド?  作者: オムライス
第五話
38/120

*6*



二人は眠るナギに短く別れを告げると、廻に彼の看病を頼む旨の伝言をしたためて、あたふたと家を出た。


そしてナミは、土くれの山を前にして唖然とすることになった。


「・・・なぜに壊した。お前の愚かさは際限が無いな」

「いやだって、お面が必要だったんだよ」


土の山は、ナミが作った土人形の成れの果てだった。 あれだけ苦労したのだからナミが怒るのも致し方ない。 新しく出現したレシピにこのプラスチックのお面が必要だった事を説明すると、ナミは何とか怒りをおさめた。


「で?傀儡に運ばせずして、いかように山奥まで行くつもりか」

「電車とかバスとか。あとは歩き」


ナミの怒りが静かに爆発した。


「この阿呆。着いたときには真夜中を越えてしまうわ。屋敷は罠だらけで、私が当主に目通りする際しか事を成す機会はない。真夜中では、さすがにそれが叶わん」

「旅館で一晩過ごして、翌日早くに出るつもり」

「そんな悠長な・・・」

「どっちみち、今日はもう無理だろ。それに野宿なんてしたら翌日戦えないよ」


母親が万一のためにと置いていたクレジットカードを使って、既に優はネットで旅館を予約していた。ナミは焦りのあまり泊まる事には抵抗を感じていたようだったが、結局は優の説得に応じた。

二人は取るものとりあえず、最低限の荷物を抱えて家を出た。





夜の秩父駅に降り立った二人はバスに乗り換え、そこからさらに徒歩。ようやく、今日の目的地である旅館にたどり着いた。


「お前の妹という扱いには納得いかぬ」


部屋に入るなり、ナミは口を尖らせて言った。

彼女は廻のお下がりのコートを脱ぎ、白いセーターとデニムのパンツという姿になっていた。


「でもナミが姉じゃおかしいだろ」


ここに来るまで、ナミはもうずっと怒っていた。二人の死への期日が迫っている以上焦るのは仕方がないが、こうも張りつめていては身が持たない。


そういえば。


ここは激安の宿だったが、少しの追加料金で焼肉の食べ放題が付いてくるのだ。優は明日に備えてそれを頼んであった。肉で腹を膨らませれば、ナミも少しは元気が出るだろう。



一時間後、小汚ない食堂のテーブルに座った優は、その肉を前にゲッソリしていた。

まだ解凍もろくにできていない肉が山積みで、焼くとそれはタイヤのゴムよりも固くなる。噛みきれずに飲み込むしかない事が多々あった。


だがナミの食いつきは凄かった。

美味い美味いと言いながら、涙を流さんばかりに食っている。優はここ数日を一緒にすごして何となく分かっていたのだが、ナミもナギも、消化可能な物であれば贅を極めた料理のように食うのだ。当然この肉も、彼女にとってはご馳走なのだろう。


「ナギにも食わせてやりたかった」


ふと箸を止めて、ナミがつぶやいた。

優は微笑む。


「じゃあ、今度は四人で食べに行こう、焼肉」


ナミの目に灯りが点る。

彼女は頷くと、再び固い肉を頬張りはじめた。


それを微笑みながら見届けた優は、再び箸を動かしながら思い直す。

この怒りのぶつけ先には、これくらいの固さが丁度いいのかもしれない。

胸の中で渦巻く黒い炎をどうにか抑え込みながら、優は顎を動かし続けた。





まだ日も上らぬうちに、二人は宿を出た。ここからは徒歩だ。

三時間ばかり歩くと、周囲は真っ白な雪景色に変わる。やがて二人は、暗い山の中へと続く階段の下に立っていた。

「ここを半時ほど登れば目的地が見えてくる。・・・当主は傀儡使いの奥義を極めておる。数十は同時に操ってくるぞ」

「大丈夫、それ全部よりずっとナミの土人形の方が怖い」


半時の間黙々と階段を登り、やがて二人は堅牢な二重門の扉を前にしていた。

門の左右には高い塀が延びており、邸宅と言うより砦と言った方がしっくり来る


ナミが帰還を告げると、巨大な門は事も無げに開いた。手入れの行き届いた庭が眼前に広がる。囲いの規模に比べ、その向こうに佇む母屋は質素でこじんまりとしていた。とはいえ並の邸宅とは比べ物にならないほど大きい。


ナミの後ろに立つ優は、彼女の方術によって存在を隠蔽されている。どういうわけか、雪の上に足跡すら残らない。それでも、ここは彼らの総本山だ。見破られていることも充分考えられる。


しきいを跨ぎ、玄関を越えて広大な屋内に入っていく。長い廊下を歩いた末、ナミは一つの部屋の前で立ち止まった。彼女は襖に向き直ると、折り目正しく廊下に正座した。


「帰ったか」


中から声が聞こえる。

それを受けてナミは襖をゆっくりと開き、恭しく平伏した。


彼女の横で息を潜める優は、部屋の中を覗き見た。

一人の老婆が、調度も何もないだだっぴろい部屋の奥で他に誰も従えず座っていた。

重そうな着物を見事に着込み、優雅な姿勢で火鉢に当たっている。深い皺が縦横に刻まれたその顔には、優しげな笑みが浮かんでいた。


「ただいま戻りました」


凛としたナミの声が響く。


「そこの客人を手土産にかえ?」


老婆が何も見えないはずの空間を指差しながら、年齢を感じさせないよく通る声を発した。やはりだめか。優は姿を隠すことを諦め、ナミに声をかける。


「体力の無駄みたいだな」


優はナミの隣に正座した。彼は自分の前の襖を開くと、軽く一礼して口を開く。


「勝手に入ってすみません。はじめまして。宮ヶ瀬 優といいます」

「ごていねいなこと。私は両神 佐久夜さくや。この家の主だ。そなたの名は聞き覚えがあるな。ナギとナミが面倒をかけた。詫びを申すぞ」


彼女はそう言ってから目をすがめ、優の顔をじっと見つめた。


「なんとまあ。まさか錬金術師だったとは。でかしたな、ナミ。そなたの罪一等を減じ、帰参を許そう」


ナミの話によると、当主も接続者の一人との事だった。彼女はつららと同じく、接続者とその道具の能力を盗み見ることができるらしい。なるほど、この老婆がつららを取引道具と断じるわけだ。


「我等の帰参の段、有り難きことなれど、恐れながらご辞退申し上げます。代わりに何卒、兄の(くびき)をお外し頂き、彼の者を永らえさせて頂きますよう」


平伏するナミの言葉に、老婆はさして感銘を受けていないようだった。


「さてよ。ナギはどうした」

「今は臥しております」

「ふーむ。だいぶ年増であることだし、そろそろかの。擦りきれた足袋などにかかずろうても仕方ない。捨て置け」


その言葉に、平伏するナミの肩が僅かに動く。


「・・・呪いは解かぬと」


老婆の笑みが薄くなった。


「呪いとは無礼であろう」


優は最初、老婆が何を言っているのか理解できなかった。彼女の言葉が、ナギはもう役に立たないので放っておく、という意味だと把握するのに少し時間が必要だった。


時が止まったかのように沈黙が空間を支配し、つまらなそうな顔でこちらを見る老婆以外に動くものは無かった。

やがて顔を伏せたまま、ナギが震える声で言った。


「・・・優、やってくれ」


優は待ちかねたように勢い良く立ち上がった。怒りをどこかにぶつけねば気が触れてしまいそうだった。


優は手に持っていたプラスチックの面を顔に運び、それを自らに被せた。直後、面の裏から目に見えない植物の根が伸びて、顔から体の中にびっしりと張られるような感覚に襲われる。その根がしっかりとツバキの木刀に絡み付くのを感じながら彼は構えるが、自分がそうしたのか、それともこの異物がそうさせたのか、もう分からなかった。


「狼藉者め」


言い捨てた老婆は、心底意外そうな顔をしていた。

彼女が印を結ぶと部屋の両側の襖が開き、白い体をきらめかせながら無数の人形が姿を表した。ナミが言っていた老婆の傀儡だろう。その手には真剣が握られている。


その一体がこちらに打ち込んできた直後、優は木刀を振りあげて躍りかかった。優の動きは稲妻のようだった。恐るべき速さで降り下ろされた木刀は、瞬く間に一体の頭を四散させた。


優が竜巻のごとく木刀を振るうたびに、次々と傀儡が倒れていく。それを全く顧みず、傀儡たちは見事な統制で優を包囲しはじめた。その同士討ちなど無視した全方位からの打ち込みの一角を猛牛のごとき突きで突破すると、振り返った優の前には、傀儡がひとかたまりになった格好のマトが現れた。


優は再び突きの構えを取る。紫色の稲妻が木刀から溢れ出だし、畳を放射状に焦がす。彼は全身のねじれを一斉に解き放ち、肺が裂けんばかりに絶叫した。


「紫電穿!!」


轟音と共に閃光が迸った。眼を焼く紫色の大蛇はツバキのそれよりも遥かに太く、のた打つ震動は建物を倒壊させんばかりだった。


光がおさまると優は木刀を下ろし、まだもがいている傀儡の頭を足で踏み潰した。

彼の前には、建物を貫通して燃え盛る黒焦げのトンネルが口を開いていた。木が弾ける音が響く室内で、今や動けるものは優とナミ、それに老婆だけだ。


「優」


ナミが後ろで声を上げた。

ゆっくりと立ち上がる老婆の背後に、八人の子供達が姿を現したからだった。


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