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豆鉄砲を食らったような顔の優を指差しながら、男の子は笑い始めた。女の子の方はそんな兄の様子に困惑していたが、ここは乗っかったほうがいいと判断したのだろう。彼女も優を指差して、ぎこちなく笑い始めた。
男の子は怒りに満ちた声で優に告げる。
「おい、宮ヶ瀬。お前のせいで儂らがどれだけ苦渋を舐めたか!」
笑う真似をしていた妹が、その言葉を聞いて兄を二度見した。そして真顔に戻って叫ぶ。
「な、なんじゃて!!こやつがあの憎っくき?!」
「そうよ。気づかんかったのか」
優はもう、何が起こっているのかさっぱりわからない。それになんで僕の名前を知っている?いつの間に恨みを買った?
「ちょっと待てよ、あの日僕は滅茶苦茶な目に遭ったらしいじゃないか!だったら僕が被害者だろ?!」
「知らぬわ。儂らの内輪もめに汚い首を突っ込んでくるからであろうが!自業自得じゃ!」
二人は怒り心頭で優を睨みつけている。
優は二人の殺意を含んだ視線に晒されながらしばらく考えていたが、やがて二人のグラスを手に取ると、無言で席を立った。
後にしたテーブルで、子供らが喚いている。優はそれを無視しつつ、ジンジャーエールとソーダ水をグラスに注いだ。彼がそのグラスを持ってテーブルに戻ってくると、効果はてきめんだった。二人は一瞬で口を閉じた。
「・・・懐柔か?無駄ぞ」
「愚かな。こんなものでは済まぬ」
目の前に置かれたグラスをぶつぶつ言いながら手に取ると、二人は一気にそれをあおった。
喉を鳴らす音が響いた後、同時に二つのグラスがテーブルに置かれる。それを小さな両手で握る彼らの顔には、とろけるような笑顔が浮かんでいた。
よかった。簡単だ。
「あのさ、何をうらみに思っているのか教えてくれないか。じゃないと僕も反省できないし」
二人は再び不機嫌な顔になったが、上目遣いで優を睨みながらぽつぽつと語り始めた。
二人の名前は、両神那岐、那美という名前だった。彼らは家の命令で何でもやる便利屋、あるいは掃除屋のような存在らしい。
ここに、つららが絡んでくる。彼女は、両神家の本家筋にあたる三十槌家の箱入り娘だった。要するにお姫様だ。
ところがこのお姫様が神官、つまり接続者として目覚めるという事件が起こり、事は大変面倒なことになってしまう。彼女の能力は家としては不要なものだ。使い道がない。だがその取引道具としての価値には凄まじいものがある。三十槌は娘を守ろうとしたが、傍流の家々はそれを許さない。
そんなわけで、三十槌と親戚縁者一同の間でいさかいが始まり、ついには血みどろの抗争にまで発展。三十槌は娘を孤児院にまで隠すが、それもうまく行かず。結局、ツバキの実家である道志家に仲裁と保護を頼んだわけだった。
一旦手打ちになったかに見えたが、両神家の当主は納得が行かなかったらしい。つららが道志家に運ばれるその日に襲撃をかけるなどという、恐ろしい約定違えを目論んだ。ところが誰も乗ってこない。引けなくなった当主は、自分の手駒を使うことにした。
その駒から選ばれたのが、この二人だった。
ここまで聞いて、優は心底同情しながらつぶやいた。
「・・・苦労してるんだなあ」
「他人事のように申すな!」
ナギがグラスから氷を一つ取り出して投げつけてきた。
「まったくじゃ!!」
ナミもそれに続く。
「やめて・・・。一応事情は分かったよ。まあ無関係とは言わないよ。でも僕がそこまで憎まれる理由はないと思うんだけど」
「話はこれからよ!!」
「これからじゃ!!」
ナギとナミは、家に戻って当主に事情を説明した。道志の本家が直々に妨害しに来たと聞いて、当主は二人の失敗もやむなしと怒りの矛を納め、邪魔をしてきた連中の調査を命じた。二人はツバキと優の関係を調べ上げ、それで事は一旦終わりを告げた。
ところが。
その道志の娘、つまりツバキが異次元の邪神に憑依されるという事件が起きてしまったために、事態は急変する。これでは道志の力が強大になりすぎる。実際にはツバキは失踪してしまうのだが、彼らはそれを道志の隠蔽工作だと勘繰っているらしい。
両神の当主は怒り狂った。
あのときナギとナミがツバキを仕留めていれば、こんなことにはならなかったという理屈だった。
早い話が八つ当たりなのだが、当主は二人をツバキ暗殺の鉄砲玉として道志の屋敷に送り込む事に決めた。もちろん当たる事など期待していない。要するに、二人は始末されたのだった。
そこまで話して、二人は涙ぐみ始めた。両手を股に挟んで泣くのを必死に堪えている。
「おまえの・・・おまえらのせいで・・・」
優は再びグラスを手に取って立ち上がった。オレンジジュースを注ぎながら、手をつないで行き倒れている二人の姿を思い出す。彼はため息をついてその映像を振り払った。
置かれたグラスに、今度は二人とも手をつけなかった。二人はもう、耐えられなくて泣いてしまっていた。優は口を開いた。
「家の場所、わかるか聞いたけど。戻るところ、ないんだよね」
二人は全く動かず、無言だった。ただ涙を流し続けている。
優は今日何度目か分からないため息をついた。
「・・・じゃあ、うちにくる?部屋は一杯空いてるし、ご飯も二人分くらい、なんてことないし。まあ妹をどう言いくるめるかが問題だなあ・・・」
そこまで言ってから、優は二人のほうに視線を向けた。
二人はぽかんとした顔で優を見上げていた。
*
今日もまた、夕食の時間をぶっちぎってしまった。
しかも晩飯の用意は優の担当なのだから、これはもう廻に殴られるのは当然覚悟せねばならない。しかもその上・・・。
優は覚悟を決め、引き戸を開けた。
「・・・ただいま」
恐る恐るそう呼びかける。わずかな静寂のあと、上の階からデカい木槌で床をぶっ叩くような音が響き始めた。これはもうだめだろう。死刑確定だ。廻の姿が見えてきた。彼女は雷鳴のように階段を踏み鳴らしながら、一階へと降臨してくる。その表情は鬼のようだった。
「クソ兄貴・・・一体何度目?どれだけ教育したら更生するのかしらね・・・」
「た、ただいま、いま晩御飯用意するから」
「へぇアンタ、メシまだなの?じゃあいまからこの拳をたっぷり食らわせてやるわ!!」
両手を前に出して首を振る優の顔面に、廻の猛烈な右ストレートが直撃した。優は真後ろに叩き出され、玄関前の飛び石の上をゴロゴロと転がった。
優を追って玄関を出た彼女の視界の端に、見慣れないものが映った。
両手を前に組んで震えつつこちらを見上げている、着物姿の子供たちだった。
「・・・こんばんは」
廻は目を丸くしながら挨拶した。子供たちは飛び上がると、深々と頭を下げた。
「兄貴、この子達どうしたの?」
優は仰向けに倒れたまま、首を持ち上げて廻に答えた。
「ちょ・・・ちょっと相談がある・・・」
*
優は説明すると厄介な事をなんとかフィクションで埋め、虐待を受けている二人が家を追い出されたという形に話を持っていっていた。出会いを含めてかなり穴だらけで無理のある話だ。しかし廻はなぜか優の言葉を疑った事がない。彼女はそれを聞くなり、無言でナギとナミを抱き寄せた。
その双子は風呂から上がり、今は優と廻が幼児期に使っていた寝巻きに身を包んでいた。二人とも座椅子で胡坐をかく廻に抱きかかえられ、安らいだ表情で眠っている。こうして見ると、ただの7、8歳の子供だ。
二人を見下ろす廻の顔は慈愛で満ちていた。
だが優には、そのやさしい顔が恐ろしい。彼は怯えながら口を開いた。
「・・・さっきの話だけど、この子ら、ここに置いていいかな」
優の問いかけに、廻は憂いの表情を浮かべた。
「居てもらうのはかまわないけどさ、学校とかどうすんの?明日から始業式だよ」
そうだった・・・そういや宿題まったくやってねえ・・・まあどうせ留年なんだけど。
「勉強なら僕が教えるよ。しばらくここでかくまってあげたいんだ」
「兄貴がぁ・・・?それに役所とか警察に相談するのが筋だと思うけど。親が訴えたら負けるのはこっちだよ?」
「や、役所と警察は絶対に嫌だって二人とも言うんだよ。もし何かあったら、そん時は僕が責任を持つ」
廻は心底困った。高校生が責任を取れる事とは思えない。誘拐は重罪だ。テレビにぼかし入りで映る優を想像して、彼女は笑いと心配が混じった複雑な表情になった。
その時、眠っているナミの右手が、廻の服をしっかりと握りしめた。廻はしばらくその小さな手を見下ろしていたが、やがてため息をついた。
「・・・事情が事情だし、わかったよ・・・あたしも弟と妹が欲しかったんだよね。お母さんの出張が来月終わるから、帰ってきたら相談する。それまでは、とにかくここにいてもらおっか。秘密でね」
そういって微笑む。
その言葉に、優は胸をなでおろした。




