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>コマンド?  作者: オムライス
第五話
33/120

*1*




毎度、唐突で申し訳ないのだが。


真夜中の相模川河川敷。


優はそこで仰向けに横たわっていた。

彼は土がついた瞼をなんとか持ち上げ、痙攣する眼球を頭上に向けた。その先には、黒い人影が一つ立ちはだかっている。


ため息が聞こえ、可愛らしい女の子の声が横合いから投げかけられた。


「兄上、こんな愚図は殺してしまおう。付き合うにも飽きたわ」


それに答えるのは、同じく幼い男の子の声だ。


「・・・それもよいか。こやつが死んでも、廻姉めぐるねえは儂らを見捨てたりせんはずだ」

「宣なるかな。むしろこやつが死ねば、私らがめぐる姉さまの家族になり代われるやもしれん」


なんつう物騒な子供たちだ。

優は仰向けのまま口から血を噴水のように吐き出し、なんとか声をひねり出した。


「め・・・廻のヒステリーを受け止める役は・・・どっちがやるんだ?」


そして更に吐血。これはやばい。死ぬ。というか溺れる。体中が痺れていて、夜空もグルグル回っている。わずかでも気を抜けば意識を失いそうだ。


優は折れそうなほど歯を食いしばり、あと数分生きるために気力の手綱を引き続けた。その耳に少女の声が届く。


「・・・兄上、たのむ」


しばらくの空白ののち、少年が歩く音が聞こえる。


月に照らされながらこちらを見下ろしたのは、雪山で猿面の雪人形を使役していたあの少年だった。今は古風な服ではなく、キルトのコートを身に着けている。ぱっと見、おかっぱ頭のかわいらしい男の子にしか見えない。少年は月を背景に、優を覗き込みながら方術を展開しはじめた。しばらく耐えていると、優の痛みは溶けるように消えていく。彼は喉に残った血に激しくむせながら上半身を起こすと、うつろな目で自分の足を見下ろしつつ安堵の息を漏らした。


「儂らの方術は無尽蔵ではないんだが」


少年の憮然とした声に、優は口元をぬぐいながら頷いた。


「・・・わかってる。ありがとう」


優は脇に転がっていた木刀を拾い上げると、ヨロヨロと立ち上がって人影に向き直った。

それは土で出来た人形だった。顔の部分には、祭りの屋台で売られているプラスチックのお面がかぶさっている。すくみずブルーのお面。優のコレクションの一つだった。


優は木刀を構え、ツバキに教わった歩法を再び思い出しつつ土人形へと対峙した。





双子の兄妹に出会ったのは、遡って三日前だった。


その日、例の風見鶏を乗っけたバカっぽいヘルメット・・・「悲恋の兜」をかぶった優は、またも相模原の町を廻に借りた自転車で走っていた。



ツバキが去って二日のあいだ放心状態だった優だが、ようやく自分のすべき事を決めていた。まずは翳と再会すること。そしてもう一つは能力値を好きなように入れ換えられるアイテム、「忘却の鉄槌」をつららに返してもらうことだった。いろいろと思いつめた末、優はアレを使ってまたも自分の能力を改変するしかないと考えていた。


「こんなヤバイもん、持っておってはならん。儂が処分する」


どこにやったか必死に思い出していた優は、つららがそう言って持ち去ってしまった事を思い出した。よく考えたら祖父の形見を強奪されているのだから酷い話ではある。


幸いにも、翳とつららはおなじ場所、少なくとも同じ方向に居るようだ。自転車は風見鶏の示すとおりどんどんと進み、気がつくと相模川まで来てしまっていた。


優はわずかな希望を胸に河川敷に立ち寄った。三日前の事件は何の痕跡も残っていない。優が乗り捨てた自転車すら見当たらなかった。


そして、ツバキの姿もない。


優は失望と共に再び走り出した。そうこうするうちに周囲は緑だらけになり、ついに山のふもとにまで来てしまった。そこでようやく、風見鶏の方向が頻繁に変わるようになりはじめる。


程なくして、優はついに目的地に到着したと確信した。そこは全貌も把握できないほど広大な屋敷だった。真っ白な漆喰の塀の向こうで、カラカラと揺れる竹林や、何百の年月を感じさせる巨木、完璧に刈り揃えられた低木が姿を覗かせる。さぞかし立派な庭が囲われているのだろう。風見鶏は、この塀の向こうを常に指し続けていた。


優はこの屋敷に何となく見覚えがあった。

ここはきっと、ツバキの家だ。


「あいつ、お嬢様だったんだな・・・」


困惑の表情を浮かべつつ、再び塀に沿って走りはじめる。しかしあまりに敷地が広く、入り口が全く見つからない。もうかれこれ半刻以上はぐるぐると屋敷の周囲を回っている。


この屋敷には入り口が無いのではないか?そう疑い始めた頃に、道の真ん中で二人の子供がぶっ倒れているのを発見したのだった。

二人は手をつなぎ、並んでうつ伏せになっていた。立派な行き倒れ姿だ。焦りはあったが、さすがにこれを放置するわけにはいかない。優は自転車を降りると二人に駆け寄った。





「貴様ごときが入れるものか。儂らですらこの有り様なのだ」


おかっぱの頭に、そっくりな顔。彼らは男の子と女の子の双子だった。年は十歳に届くかどうか。その男の子の方が朦朧とした表情で言うには、この屋敷には強力な結界が張られているとの事だった。彼らはすでに丸一日、持てる力を注いで頑張っていたが、未だに入り口が見つからないらしい。


「塀を乗り越えるしかないか」


優の呟きに、少年は弱々しく苦笑した。


「やってみい。天晴れな・・・いや、蛮勇か?ともかく楽になれるであろうよ」


つまり、手詰まりだ。

仕方なく、優は空腹で気絶している女の子を背中にかつぎ、荷台に男の子を座らせて自転車を引き始めた。以前の優なら絶対にできない芸当だが、彼はそれに気付いていない。


そうやって半刻ばかり難儀しながら移動して、ようやく見つけたファミレス。そこで双子は猛烈な勢いで料理を口に運んでいた。その顔は揃って涙でぐしゃぐしゃになっている。


「おむみまむみまもみもみもおむみんま!!」

「むめまむまま!!」


何を言ってるのかさっぱり分からん。だが喜んでいることは分かる。


二人は七五三帰りのような姿だった。だがその着物は汚れており、いつも着込んでいるように年季が入っている。よほど歩いたのだろう。二人の草履は鼻緒が切れそうだった。


話し方といい容姿といい、二人の姿を見ていると、つららを思い出す。もしかして親戚か何かなのかもしれない。



かっ込むだけかっ込むと、二人はようやく落ち着いた。そしてドリンクバーで入れたメロンソーダとオレンジジュースの存在を今更思い出し、それを一気に飲んで揃って顔を爆発させた。


「・・・下界が天国だというのは本当であったな」

「宜なるかな・・・」


放心状態の二人に、焦りを抑えていた優はようやく質問する機会を得た。


「二人はいくつ?家の場所は分かる?」


それを聞いた二人の目が、同時に三角形になった。


「わしらはこう見えて24じゃ!!家になど目をつぶっても帰れるわ!!」


優は困り顔になった。子供らしいといえばそうだが、逆サバを読むにも程がある。


「行き倒れる24歳なんていないよ」

「いる!」


いないよ・・・。優は質問を変えた。


「なんで屋敷に入ろうとしてたの?」


二人は顔を見合せ、そして優に向き直った。


「その前に聞かせよ。お前、大晦日前くらいに山の中におらんかったか?」


優の表情が困惑に変わった。


「なんで知ってるの」


男の子は、満面に得意げな笑顔を浮かべた。


「やっぱりか!!お前が戦っていた傀儡(くぐつ)は儂らが作ったものよ」


優は、驚きのあまり目を大きく見開いた。

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