*3*
顔合わせの場所は、相模大野駅にあるハンバーガー屋になった。初めて優と翳が会った場所だ。二ヶ月も経っていないのに、もう懐かしい思い出になりつつある。
ツバキは廻に会いたがったが、苦い記憶が鮮明な残りの二人によって、自宅での集合は却下されていた。
店内で、三人はテーブルを囲んで座っていた。
ツバキは、細いストライプが入った藍色のジャケットに同色のスラックス。先ほどまで着ていたロングコートは、無造作に膝に置いている。
翳は、ベージュのPコートに黒いホットパンツとチェック柄のタイツ。
優はいつもの黒いダウンベストに、既に半年ほど洗っていないジーンズ。
三人は、目の前にハンバーガーやらアップルパイやらを放置したまま、もう10分近く無言のままだ。
優は今更ながらに思い出していた。そういえば全員コミュ障だった。
それにしても何故だ。各々と話すだけならいくらでも普通に会話できるのに、三人だとそれが全くできない。優は固まったまま、視線だけを左右に泳がせた。
左に座るツバキは、パワー系コミュ障。さっきから足を投げ出すように組み、左腕を背もたれにひっかけてブラブラさせつつ、鋭い眼光を翳に送り続けている。
右に座る翳は、不動系コミュ障。ここで再びハシビロコウを見る羽目に陥るとは思わなかった。彼女の目は虚空を見つめていた。
そして優は、多汗性コミュ障。先ほどから汗腺だけが活発に働いている。
しかし。
優は視線を落としながら、心中でほぞを噛む。
普通にさえしてくれれば両手に華の状況なのに。
柄の悪い座り方を除けば、ツバキは見違えるように洗練された姿だった。髪も美容院に行ってきたらしく整っていた。馬子にも衣装とはよく言ったもので、良いところのご令嬢のようだ。
翳も、いつもの如くフランス人形のような可憐さだった。コートの下の白いカーディガンがとても柔らかそうだ。チェック柄のタイツも妙に艶かしい。
どちらも、通り過ぎる男はまず視線を送るはずだ。
しかしその二人の表情は最悪であり、ツバキに至っては落とし前を要求しているかのような険悪さだ。周囲の人々が、二人に挟まれるように座る自分を詰問される痴漢の現行犯のように見るのも致し方ない。
「おい優」
唐突にツバキがドスの効いた声を出した。優は思考を断ち切られ、弾かれたように返事をする。
「はいっ!」
「ちょっとこっち来い」
手招きされていそいそと隣に立った優を、ツバキは襟元を引っつかんで引き寄せた。そして彼の耳元に囁く。
「女だけで話があっから、テメーどっかで10分程度時間を潰して来い」
「はあ?!ダメだよ、翳ちゃんは見てのとおり人見知りだから、ツバキみたいに気が強い奴と二人きりにはできないって」
「オメーほんとに女を見る目が無いな。こいつはオレなんかよりよっぽど気がつええぞ」
「でも・・・」
「わーった、じゃあ約束する。こいつが気を悪くするようなことはしねえ」
優がまだ迷っていると、ツバキはイライラしながら言葉を継いだ。
「オメーがいると腹を割って話せねぇんだよ」
ツバキが手を離した。優はのど元をさすりながら体を起こすと、ため息をついた。そして不安げに言う。
「・・・ちょっと手を洗ってくるね。ツバキ、約束守ってくれよ」
*
優が歩き去ったのを確認してから、ツバキが口を開いた。
「オレは道志ツバキ。ツバキと呼んでくれ」
「矢櫃翳、といます・・・よろしくおねがいします」
挨拶もそこそこに、ツバキはテーブルに肘を突いていきなり核心をぶつけた。
「単刀直入に聞くけど、アンタ優の事をどう思ってんだ?オレは、あいつと一緒になりたいと思ってる」
あまりに男らしい宣言に、翳は目を大きく見開いた。
「・・・あなた、いくつでしたっけ」
「15になったばっかだ」
「なら、まだ他にも出会いがあるかもしれないじゃないですか。相手を決めてしまうには早いと思いますけど」
ツバキは再び背もたれに体を預けた。
「あいつは特別だ。あんなの他にいねえ。だから他を探すのは無駄だし、あいつを逃すとそんな気持ちになる奴はもう出てこねーだろうな」
その言葉を聞いても、翳は相変わらずピクリとも動かない。その唇だけを動かして、彼女は更に質問した。
「そこまで思いつめるほど、優さんの何が特別なんですか?」
「オレが質問してたんだけどな・・・まあいいや。あんたも知ってのとおり、あいつは滅茶苦茶に弱い。足も遅いし体力もないし、言っちゃ悪いが頭も良くない。ただ」
ツバキは自分の体を抱くように腕を組んだ。
「あいつの心は信じられないくらい強い。追い詰められても折れない。大切に思うものを守るために自分の身を顧みない。それに」
「本当にやさしい。一緒にいると安心する。ええ、私も彼の事が好きですよ。でも、恋人とか結婚の相手とか、そういう対象ではありません。どちらかというと、子供とか弟とか、そんな感じです」
ツバキの目が険悪な光を帯び始めた。
「へえ~。じゃあ、オレが貰ってもいいんだな?お母様」
身動きしないまま、翳の目も負けずに険悪になる。
「あなたは優さんにふさわしくないと思います。だからダメです」
ツバキの眉間に深い溝が彫りこまれた。
「そっかー、でもオレはもう、あいつに胸をガンガンに揉まれちまってるからなあ~」
勝ち誇ったようにツバキは声を張り上げる。それは店内に高らかに響き渡り、興味津々だった他の客の耳目をさらに集めた。
獲物を見つけたハシビロコウのように、翳が突然立ち上がった。そして身振りを交えて負けじと声を上げる。
「はは。そんなの。私なんて、お風呂で裸の優さんを抱き上げたし、右手にべったりと彼の○○を浴びせられるし。それに比べたらおままごとみたいなものじゃないですか」
「はぁ?!てめえ、そりゃいったいどういう状況なんだよ!!」
ツバキは膝のコートが床に落ちるのも構わずに立ち上がった。その顔は真っ赤だ。翳の顔もまた真紅に染まっている。
「どういう状況なんでしょうねぇ。まあ、二人はそんな仲だと思ってください」
「・・・はは!そんなん、たいしたことねーっから!オレなんてな、あいつと同じテントで寝た時に襲われたんだからな!」
「私は、おとつい押し倒されたばかりです」
二人はお互いにつかみかかる直前だった。
そこに、優が呑気に入店してきた。
二人のみならず、全ての客の視線が優に注がれた。
何が起きているのか理解できるはずもなく、彼はただ困惑しつつ店内を見渡すことしか出来なかった。
*
あのあと優は二人に詰め寄られ、彼女らの糾弾に対する弁解を強いられた。今は精神力を使い果たして白い灰になっている。
二人は前を歩いていた。その背中からは優にでも分かる不穏さが漂っている。何事もなくこのまま改札にたどり着き、何事もなく帰途についてほしい。優は拝むように二人の背中を見つめ続けたが、改札まであと少しという所でその願いは脆くも崩れ去った。
「ツバキさん」
翳に呼び掛けられ、ツバキは立ち止まって顔だけを向けた。
無言で見つめるその表情は冷ややかだ。
毛糸の手袋が、ツバキの肩に当たって落ちた。
投げたのは翳だ。
驚きでツバキの目が大きく開く。その口許が段々と笑みに変わっていった。
「・・・おもしれぇ」
手袋を拾い上げた彼女の目は、生き生きとした輝きを放ち始めていた。それを真正面から受け止める翳の目は真剣だ。
「連絡先、教えてください。詳細はそちらに送りますので」
「ラインでいいか?」
「かまいません」
二人は肩を寄せあってスマホに設定を始めた。そこだけ見てれば仲の良い友達か何かだが、ツバキからは明らかに殺気が立ち上っている。翳のほうも、いつもの彼女からは想像できない気丈さでそれをはねのけている。
「んで、なんだ?ステゴロか?それともハンデをつけて、オレだけ素手でもかまわんぜ」
「私もこの一月とちょっとで、色々な事が出来るようになっています。銃でも刃物でも使ってください」
翳は大きく息を吸ってから、力を込めて言った。
「私は負けません」
ツバキは心から嬉しそうに笑った。
「おめぇ、皮肉とかじゃなくてマジで気に入った。いい女だよ、さすがに優が惚れるだけある」
ツバキは改札をくぐりながら言い捨てた。
「じゃあ全力でやらせてもらうわ」
「当たり前です」
そう呟くように言ってから、翳もその後を追う。
優は、翳の投げた手袋を拾い上げながら、何が起きているのか分からずに呆然としていた。




