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>コマンド?  作者: オムライス
第三話
19/120

*7*




二人がたどり着いた場所は、眼下に峠の集落を見渡せる山の上だった。展望台として使われている場所らしく、太い丸太を組んだ柵が30m四方程度の広場を囲んでいる。今は固い雪が地面を覆い、春から秋にかけての賑わいなど望むべくも無い。


風に髪をなびかせながら、ツバキが立っていた。ゼイゼイいいながら雪の上にしゃがみこんでいる優を見下ろし、困り顔になっている。


「大丈夫かよ、まだ始まってもねーぞ」

「なんの・・・これしき」


ツバキは優の様子を見定めていたが、休ませた方がいいと判断したのか、彼を柵まで連れていって座らせた。目の前に雄大な景色が広がる。ガケまで数歩先なので柵から落ちても余裕はあるが、高所恐怖症の身には結構怖い。

ツバキもその隣に座ると、ジャージのポケットに両手を突っ込んで一息ついた。


しばらく、二人は黙って灰色の景色を眺めていた。

雪を頂く険しい山々が遠くまでつらなり、その先は重たい雲に溶けて混じっていた。



やがて優の呼吸が落ち着いてきた頃、ツバキが口を開いた。


「・・・最初に謝っときたいんだけどさ。まえにオレの流派の名前を聞いてきたことあったよな。適当にごまかしたけど」


あー、アゴに誘拐されたときの話か。


「あれ、教えたくなかったんじゃなくて、教えらんなかったんだ。オレが教わってる剣術はずっと家に伝わってる奴で・・・まぁ、家庭の味みたいなもんだ。名前も無いと思う」


ツバキは頭の後ろをかきながら口を尖らせた。


「オレは、ばあちゃんに教えてもらった。ばあちゃんはひいじいさんに教わったらしい。ひいじいさんはひいひいじいさんに。とまぁ、そんな感じでずっとヒイヒイやってきたわけだ。うちの自己流っつうことだな・・・ガッカリさせてワリィな」


優はがっかりするどころか、そんな大事な物を他人が教わっていいのか心配になってくる。ツバキはその言葉に笑い声を上げた。


「かまわねーだろ。ばあちゃんは絶対に人に見せるなって言うけど、恥ずかしいから見せられないってだけの話だろうしな。誰も教わりにこねーし」

「ツバキみたいになれるんなら、絶対に教わりたいけどな」


その言葉の直後、ツバキは体をひねると、柵から飛び降りた。


「・・・確認すっけど」


彼女は振り返り、らしくない真剣な眼差しを向けてきた。


「本当に強くなりたいんだな?ちょっとケンカに勝てるようになりてぇ、とかではなく」


優はうなずいた。


「じゃあ、この期間は強くなるための期間じゃなくて、オレができる範囲で、どうやったら強くなれるかを教える期間にする。多分、終わってもなんも強さを実感できねーとおもうけど、それでいいよな」

「うーん・・・できれば、ツバキが僕の頭に手を置いて、潜在能力を全て引き出す、みたいなのがいいんだけど」

「アホ」


ツバキは優の頭をはたいた。潜在能力は引き出されなかった。


「言っとくが、嫌になったらすぐに言えよ。無理にやることじゃねえからな」


そんな事にはしない。優はそう確信した。

確かに、確信したのだが。




その確信は、簡単に折れ曲がり始めた。

ツバキのレクチャーの内容はかなり奇妙で眉唾だった。


「今から基本中の基本、歩き方を教えっからな。オレの説明を聞いて、やり方を真似してくれ。そんとき、どうしてこういう歩き方をしてるのかをよく考えんだぞ。とにかく、考えるのが一番大事だ」


その言葉を聞いてから、もう二時間近くずっと歩きっぱなしだ。しかも奇妙な方法で。


「いままでの歩き方は忘れろよ」

「ほれ、つま先で歩いてる。かかとで歩け」

「かかとで地面を押すんだよ!」

「適当に歩くな!!重心を意識しろって言ったろ!!」

「何度も言ったろ、体をねじるな!!!」

「意味を考えろ!!!!いい加減に歩くな!!!!」


こんな具合で何度もどなられた。


ぶっちゃけ足腰、特にかかとが無駄に痛くなるばかりで、これで自分の何かが変わるという気が全くしない。たとえば腕立てを100回もやれば強くなった気になるはずだが、このトレーニングは何時間やってもそんな気になれるとは思えなかった。


それどころか、なんでこんな事すら出来ないんだとあからさまに困惑しているツバキへの、憎しみのような感情まで沸いて来る。





日が沈みかけている。

二人は疲れきった顔で、さきほど完成させたテントに次々と潜り込んだ。


テントの出口越しに見た広場は、優の足によって広範囲に雪が踏み固められていた。

かかとが破裂しそうに痛い。太ももやスネからは、亀裂が入っているような痛みを感じる。

泣きそうになりながら痛むところをもんでいるところに、ツバキの疲れ果てた声が聞こえた。


「・・・優。改めて聞くけど、歩きながらちゃんと考えたか?」


優は顧みる。辛い、とか、痛い、など。ずっと小学生みたいな事しか考えていなかった。

困惑している優の顔を見て悟ったのか、ツバキがため息をついた。


「あのな、剣術に限らず、技を磨くってことは、頭を使うことなんだよ。だから何も考えずに同じ事を何度やっても、技はほとんど身につかねーのさ」


自分への怒り、この状況への怒り、ツバキへの八つ当たり。それらが優の中で渦巻く。彼は憮然とした表情で吐き捨てた。


「こんなワケわからん練習で、何を考えろっていうんだよ」


ツバキは衝撃を受けた表情を一瞬だけ見せたが、根気よくその暴言を聞き流す。


「・・・今日やったのは歩法だ。剣術の基本がたくさん詰まってる。昨日までの歩き方を思い出してくれ。地面を蹴るとき沢山の筋肉や関節が順番に動いてなかったか?足首と膝、つま先、腰って感じで」


そうだったかもしれない。


「でも今日の歩き方は、必要な関節がほとんど同時に動くんだ。それと、つま先で地面をひっかくんじゃなくて、かかとで押して歩く。ひっかいて動かすのと、押して動かすの、どっちが楽だと思う?」

「・・・そりゃ、押すほうだよ」

「だろ?あの歩き方の利点は、より大きな力を瞬時に出せる事なんだよ」


ツバキは立ち上がると、少し前のめりの姿勢を取って言葉を続けた。


「他にも大きな利点がある。かかとで立つことで、自然と体が前に傾くだろ。体が受ける重力を前進する力にできるんだ」


ここまで説明されて、優は今日の練習の意味を何となく理解しはじめた。


「・・・最初からそう教えてくれたらよかったのに」

「あのな、オレが今日おまえに教えたかったことは、歩き方じゃないんだ。技を手本通りに練習しながら、その動きの意味を考えて理解する事を知って欲しかったんだよ。それが一番大事なことだと、オレは思ってる」


優はうつむくと、黙り込んでしまった。

ツバキはその姿をじっと見ていたが、やがてその表情は急速に曇り始めた。

彼女はすまなそうな声を出した。


「・・・優、ごめん。オレの教え方が下手だった。人に教えるのは初めてでさ。大目に見てくれよ」


優はそれには答えず、横になってひざを抱えてしまった。

ツバキは後悔と困惑の表情でその背中を見ていたが、努めて明るい声を出して言った。


「メシにすっか!山の楽しみはそんくらいしか無いからな」


背後でツバキが出て行ったあと、優はテントの壁を見ながら自分の中で渦巻く黒い感情に耐えていた。

最低だ、消えてしまいたいという激しい思いと同じくらい、強い疑問が沸いてくる。

今日の自分は、何かがおかしい。常に怒りに支配されているし、濁った膜が思考に覆いかぶさっているように感じる。あれほど感じていたツバキへの感謝の気持ちが、自分でも信じられないほど簡単に薄まってしまっている。

自分は最低な人間だが、ここまででは無かったはずだ。

それとも、追い込まれて出てきた本性がこれなのか?


さっきのツバキの謝罪を思い出し、優は張り裂けそうな気分になる。その痛みも、わずかな時間であっさりと心から消え去ってしまった。


絶対に考えたくない疑念が大きな波となって押し寄せてくる。



・かしこさ -107



その文字列が脳裏で克明に閃いた瞬間に、ツバキがいつまでも出てこない自分を呼ぶためにテントに戻ってきた。



それからの時間、優は精神を削り取るような努力を払って平静を装った。ツバキに思ってもいない謝罪をしたお陰で、夕食の場は和やかにすらなった。


混濁した記憶のなかで夕食が終わった。

優は体の震えを全身全霊で抑えながら、ツバキの目が自分から離れるのを待ち続けた。


ようやく、ツバキが手を洗いにテントを出た。

優は自分の精神が黒いまだら模様になっている事を感じながら、よろよろと立ち上がった。そしてバックパックの前に膝をつくと、奥にしまいこんであった忘却の鉄槌を引っ張り出した。寒さで冷え切ったそれは、身震いを引き起こす冷気を手に伝えてくる。


優は今、自分が深い崖の淵に立っている事をひしひしと感じていた。12が出てもいい。これが最後のチャンスだと確信できる。ここで賢さの数値を元に戻せなければ、自分は破滅する


優は震える手で、ゼンマイを回した。血走った目が針の動きを追う。


ランタンの淡い光が照らす時計の針は、ぴったり4時で止まった。

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