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>コマンド?  作者: オムライス
第二話
10/120

*4*




壁に頭を打ち付けて、アゴが白目をむいている。


アゴを昏倒させた一撃が飛んできた方向に視線をめぐらせると、動き出すツバキの残像が一瞬だけ優の視界に映った。

直後、鈍い音と悲鳴が別の方向から響く。

やっと視線が追いつくと、そこには倒れている二人の男と、エクスカリバーを振り抜いたツバキの姿があった。


ツバキは折り目正しい動きで血振いする。その後ろ姿は、凛々しいサムライそのものだった。

優は不覚にも、彼女の気品ある所作に心を奪われた。


だが、それも血振いの姿勢が終わるまでだった。彼女は中身が入れ替わったかのように雑な動きでエクスカリバーを脇に抱えると、倒れている男達を蹴り飛ばしてトドメを刺しにかかった。


「おい優!さっき懐中電灯隠してただろ!持ってこい!」


そう命令してから、彼女は男達の腰にあるキーリングをむしり取り、他にも何か持っていないかとポケットに手を突っ込みはじめる。この短時間で、高貴なサムライは追いはぎに落ちぶれてしまった。


残念な光景を嘆きつつ部屋の隅へと一歩踏み出した優は、ふと気配を感じた。

彼は恐る恐る振り返った。見たくない光景が目に入ってくる。


アゴが、フラフラと起き上がっていた。


数瞬先に気づいていたツバキがアゴの頭部に無慈悲な一撃をくれようとするが、今度は両腕でガッチリと防御されて有効打を入れられない。

ツバキはアゴと向き合ったまま再び叫んだ。


「はやく!」


優は懐中電灯目指して慌てて走り出した。





タコ部屋を転がり出ると、二人は廊下を走り始めた。

所詮プレハブ、塾の宿舎はそれほど広くなく、出口もすぐそこだ。

優は扉に取り付くと、ツバキが投げてよこしたキーリングの鍵を次々と試し始めた。

手が震えてうまく入らない上に、数が多くてもたついてしまう。

そんな優を急かすこともなく、ツバキはエクスカリバーを構え、走ってきた廊下の奥を睨んでいた。


「開いた!」


珍しいことに、運よく三本目で鍵が開いた。優は歓喜に包まれながら扉を開けた。

直後、刺すような冷気と大粒の雪が室内になだれ込んでくる。

一瞬怯んだ優は、歯をくいしばると真っ暗な闇の中に身を投じた。


ツバキがすぐに横に並び、風に負けないように声を張り上げた。


「車を奪っちまおうぜ!」

「ええっ!ツバキちゃんって免許もってるの!?」

「つぎ、ちゃん付けで呼んだらぶっ殺すぞ!中三だから持ってるわけねえ!」

「じゃあダメじゃん!」

「緊急時は無免で運転していいんだよ!センパイがパトに追われてるとき言ってた!」

「 そのセンパイとは縁を切った方がいいよ!」


ザクザクと雪の音を響かせながら、二人は漆黒の闇の中を泳ぐように走る。

懐中電灯の光は細く、振り回す優の焦りが高まっていく。

一瞬、薄くなったわだちが光の中に入った。


「こっち!」


雪の向こうに、おぼろげな車の輪郭が見えた。

優がゼエゼエいいながら駆け寄ると、それは例の黒いハイエースだった。10人は乗れそうな巨大さだ。そのドアに手をかけようとして、優は大事な事を思い出した。


「・・・そういや鍵ないじゃん」


愕然とする優に、ツバキは何言ってんだ?という顔をした。

彼女はエクスカリバーを振り上げた。


「こんなもんぶっ叩けば開くし、動くんだよ!」

「やめなさい!まだローンが残ってるのよ!」


艶のある声が山間に響き、ツバキはエクスカリバーを下ろして振り返った。

施設からの光を背に、アゴがこちらへと歩いてくる。

その向こうから、さらに三人の男達が出てきていた。

ツバキの表情が険しくなる。


「アゴいれて四人。いっぺんに相手すんのはオレにゃ無理だ」

「・・・僕も手伝う!」


優の言葉に、ツバキは乾いた笑い声を上げた。


「見上げた覚悟だが、さっきオレがアゴと男二人をブッ倒せたのは不意打ちだったからだぜ?囲まれたら、何人か昏倒させてもアゴに体つかまれてそのまま倒されちまうよ。優が手伝ったところでどうにもならねー」


そんな会話が終わる頃、アゴは二人にあと数歩の距離まで迫っていた。


「あなた、やるわねぇ。ちょっと効いたわ。気を失うなんて何年振りかしら」

「オレは殺すつもりでやったんだけどなぁ。てめぇ実はヒト科じゃねえだろ」


暗闇の中で立ち止まったアゴの表情は、逆光で見えない。が、そのほうが良かったはずだ。


「・・・やっぱりあなたは修正の必要があるわね。いいわ。直々に授業してあげます」

「お、タイマンってことか?だったらよ、もしオレが勝ったらここに居るガキどもを全員家に帰せ。そのかわり、お前が勝ったらオレの事を煮るなり焼くなり売るなり殺すなり、どーにでも・・・」


「だめだ!!」


ツバキの言葉を、優が鋭く遮った。


優は唇を噛んだ。

自分一人が辛い目に遭う事には慣れているし、いくらでも諦められる。

だが、自分のせいで誰かが酷い目に遭うなど、絶対に我慢がならない。


「僕が先にやる!そもそもツバキを巻き込んだのは僕なんだ、もし負けても、罰は僕が一人で受ける!」


ツバキが、ハッとした顔で優の顔を凝視した。

アゴは笑っているようだ。彼は短い間沈黙した後で言った。


「君はほんと、アタシ好みのお仕置きされたがりなんだから。そもそもあなた達は条件を言える立場じゃないんだけど・・・いいわ、これも教育です。ご褒美は用意しなければね。でも残念だけれど、あなた達が負けたら罰は二人とも受けて貰うわよ。私直々にね」





雪が降り注ぐ中、優はアゴと対峙していた。

優はジャージ姿。

アゴは急いで追ってきたからか、タコ部屋の時のままブリーフ一枚の姿だ。靴すら履いていない。

体重差を考えればあまりにも不公平な戦いだが、アゴの言うとおり、条件を付けられる立場ではない。


ツバキは近くで優を見守っている。

その顔にこれまでのおどけた表情はなく、悲壮さすら漂っていた。絶対に手を出さないでくれと念を押してあったが、果たして守ってくれるかどうか。


「最初に言って置くけれど」


アゴが首を鳴らしながら言う。


「アタシは女性の人権にはうるさいの。あんたもそっちの小娘も平等に扱うわ。骨の二、三本は覚悟なさい」


優はうつむき加減で、呟くように答えた。


「そんな事、僕は許さない」


アゴは処置なしといった風情で肩をすくめた。


「いつでも始めなさい」


アゴの声は気が抜けていた。身構える優とは対照的に、楽な姿勢で棒立ちしている。本気でかかれば勝負にならないこの遊びを、じっくり楽しもうとしているようだ。


当然だろう。優にしても、元から勝てるなどとは思っていない。情けないが、ツバキの力に頼るほかない。


優の瞳に映った彼女の凛々しい後ろ姿には、希望を託すに十分な努力と才能が透けて見えた。なんでこんな所に送られたのかと疑問に思うほどに。


だが、彼女に一から十まで頼りきる事など許されるわけがない。

自分に出来ることをやりきろう。優は覚悟を決めると、アゴへと突進を開始した。


優はアゴの体に正面からぶつかり、拳を腹に何度も叩きつけはじめた。

固いゴムの塊を叩いているようだ。


突然、重力が失われた。


気がつくと、優は空中からアゴの笑顔を見下ろしていた。

直後に踏み固められた雪の地面が迫ってきて、優は全身を叩きつけられた。視界に盛大な火花が飛ぶ。

巨大なハンマーで殴られたようだ。


倒れ伏したまま苦痛に体をよじっていた優は、次の瞬間にはまた巨大な力で吹き飛ばされていた。

脇腹から全身に爆発的な痛みが広がる。

地面と空が交互に視界に映り、最後に地面に顔を埋めてようやく止まった。

優は顔を上げた。まだ体が動いていることが驚きだ。

アゴの足が交互に迫ってくる。


その瞬間、優の脳裏にある考えが走った。

少しの間、全力が出せればいい。優は全身に力を込めはじめた。ツバキに僅かでも力を貸すことが出来るなら、この瞬間に限界を超えようとする事など、とても楽な事に思えた。


体を踏みつけようというのか、近づいてくる足の片方が高く持ち上げられた。


この瞬間を待っていた。優はためていた力を解放した。

火薬の爆発のような力で、後ろから押しだされるのを感じた。願い通りに動いてくれた体に感謝の念が沸く。

彼は地面に置かれたままのアゴの足に取りつくと、その小指をつかんで全力で折り曲げた。


苦痛の叫び声が山間にこだました。


直後に優は衝撃を感じて、かなりの距離を転がった。

だが、前回ほどの痛みはない。

優は慌てて上半身を起こした。


僅かな光を受けて、アゴの姿が見えた。

表情は見えないが、まとっている殺意は明らかだ。

彼は片足を庇う歩き方で、こちらに近づいてくる。

その両の腕は、逃走を拒むように広げられている。


優は立ち上がろうとするが、驚いた事に体が全く動かない。


これまで。

そう覚悟を決めた優の背後から、静かな声が響いた。


「交代だ」


優とアゴの間に割って入るように、ツバキの背中が立ちはだかった。

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