13.家族と家族
王族の結婚式は、国一番の教会で行われる。
イルフィリアとフィーダが結ばれた場所、イルフィリアが人間になったとされる場所。
大勢の人が私たちの結婚を祝いに訪れてくれた。
キイノは「まだ騎士じゃないから」と笑って、教会の外から平民たちに混ざって祝ってくれているらしい。
スレイは仲の良い友人として、私たちが愛を誓いあうすぐ近くで見守ってくれるとのことだ。
本当は面倒くさいけれど色々と利害があって仕方なくと、心底嫌そうに教えてくれた。
その他、あの戦で共に戦ったジルド将軍や兵士達、私の足をずっと診てくれた医師、よく訪れる花屋の店長さん、みんなそれぞれの立ち位置で参加してくれる。
「……忙しない」
「も、申し訳ありませんシリクスお兄様」
「少しは落ち着くことだな」
「はい」
そわそわと視線をさまよわせていると、すぐ横でシリクスお兄様から窘められた。
ははっ、と反対からはお父様の声。
「シリクス、今日くらいはその表情緩めたらどうだ。祝いの場だぞ?」
「……緩められる筋肉はとうの昔に失いました」
「珍しいな、そなたが冗談を言うなど」
「冗談、なのですか?」
「まだまだシリクスへの理解が足らんな、リリ」
どうやらお父様とシリクスお兄様流の軽口らしい。
お兄様は心なしか面白くなさそうに視線を外しているけれど。
ここは式の前室。
ユーグとはもう、式まで会えない。
最後の時を家族と過ごした後に、新たな家族と結ばれる。
それがこの国の結婚式の慣習なのだ。
もっともこの家族との時間というのはそう長くは無いけれど。
何せ私たちを祝ってくれるお客様がたくさんいる。
そう待たせてはいられない。
「さて、たまには茶化してばかりもおらんで、父らしいことをせねばな。リリ」
「はい、お父様」
朗らかに笑んだまま、お父様が私の両肩に手を置く。
この国で一番偉くて、国を統べる人で、イルフィリアの遠い遠い子孫。
畏れ多いという気持ちよりも、今は親愛の気持ちが増えてきた私の家族。
「感謝するぞ、そなたが私の娘となってくれたこと。この国を共に守ってくれたこと」
「それは、私もです。あれほど拙かった私を、最後まで信じてくださいました」
「そうさせたのはそなたの器ゆえ。よく耐え、よく頑張ってくれた」
「お父様……」
「ユーグと幸せになりなさい。これからも父はそなたを見守っておるからな」
「……はい!」
慈愛に満ちた表情でお父様は私たちを祝ってくれた。
かけられた言葉にまっすぐ頷いて笑う。
近くでシリクスお兄様は相変わらず静かにそれを眺めたまま。
私は視線を向けて、声をあげる。
「以前、お兄様は仰いましたね。王女として何を賭すかと」
唐突な話に、けれどシリクスお兄様は顔をしかめることがない。
いつも通り聞く姿勢をとって、まっすぐ見返し頷いてくれる。
今はこの視線に臆さず私の思いを告げることができる。
「私の人生は、この国の安寧のために。この先も」
王女として、神子として、担う役割が増えた。
戦場に立って、国と命を預かった。
失った命もあれば、奪った命もあった。
ユーグの人生も、心も、少しずつ託してもらえるようになった。
教会の外にも中にも私たちを祝うために人が集っている。
私が背負うようになったもの、託してもらえるようになったもの。
昔は重くて重くて仕方がなかった。
今も正直なところ、とても重く感じる。
辛い記憶も恐怖も消えてなくなるわけではない。
けれどそれを背負うことを辛いとは思わなくなっていた。いつの間にか。
「ユーグの為とは、言わないのか。もう」
あの時の言葉を返したシリクスお兄様。
私は少しだけ吹き出すように笑ってしまう。
あの時と同じように憮然とした表情をしているのに、言っている言葉があの頃とは真逆だ。
「ユーグと共に、賭していきます」
言い直して、笑った。
あの頃ではとても言えなかった言葉を、きっぱりと言い切る。
シリクスお兄様はその言葉に目を見開かせた。
そうして少しの間の後、ふっと息を吐きだす。
思わずこぼれたといった風の、息。
「お前も、だったか」
「え?」
「選択肢を自ら選び取ることのできる者。自らの意志で道を切り開ける者」
「お、兄様……?」
「はは、何だ。シリクスそなた、どこが失ったというのだ。あるではないか、表情筋」
シリクスお兄様のここまで柔らかな笑みを見たのは初めてだった。
頷いて、私を見つめる目は優しい。
お父様も嬉しそうに目を細める。
そうしてシリクスお兄様は私のことをそっと抱き寄せた。
あまりに珍しいことに目を丸める私。
「おめでとう、リリ。ユーグと共に幸せになれ」
力強いお兄様の手の力を背に感じ、私はその場で強く頷く。
「……本当は、精一杯の気持ちを伝えてお父様とお兄様を感涙させる予定だったのに」
「無謀なことを考えるものだ」
「ふふ、でも良いです。もう十分すぎるくらい、満足してしまいましたから」
私たちは利害から生まれた家族だった。
国を生かすため、ユーグの手助けをするため。
そんな思いから始まった仮初の家族。
「さあ、そろそろ行くとするか子供達よ」
「はい、お父様。躓かないよう気を付けます」
「ユーグを頼れ、あの者なら何とかするだろう」
けれど、ここにある家族の情をもう疑うことはない。
差し出された2つの手を取り、自然と笑みが浮かぶ。
私にとっての2つめの家族。
そうして私は、新しい家族の元へ。
歩く先で、ユーグが待っている。
緊張したように、けれど柔らかな笑みで。
「頼むぞ、ユーグ」
「はい、陛下」
「泣かせるなよ、妹を」
「誓います、殿下」
小さな声を聞きながら、笑う。
少しだけ引きつった顔をしているユーグは、それでも誰よりも丁寧に私の手を拾い上げてくれた。
緊張と慣れない服装で引きずり始めていた足を庇うよう私を支えてくれる。
ふにゃりと気を緩めかけると、近くでお兄様が小さく咳払いをした。
再び気を引き締めれば、今度はユーグが笑う。
そんなやり取りを経て、シリクスお兄様とお父様が離れていった。
今度はユーグと2人、示された道を歩いていく。
向く視線は、私もユーグもまっすぐ一直線だ。
「神の名のもとに、互いを愛し支え合うことを誓いますか」
問われた内容に揃って頷く。
「誓います」
自然と声が重なって、嬉しくなって頬を緩める。
互いに神父と向き合い、手を重ねて目の前に置かれた水晶に触れた。
これは神の遣いが伴侶と結ばれるときの伝統なのだそうだ。
触れた先の水晶は淡く光ってほのかに熱を帯びる。
「う、わあ」
「綺麗……、これが神器の力」
会場のあちこちからそんな声が届いた。
大きな教会の中、雪が舞うように花びらが降り注ぐ。
淡く赤くて小さな、リリの花。
言い伝えによれば、この花弁は教会の外でも舞っているはずだ。
「イルフィリアからの祝福」
この神器はそう呼ばれていた。
思い描いた花が辺り一面を舞って、神の遣いを祝ってくれる。
もとは、イルフィリアが友人となった人間の新たな門出を祝うために作った神器なのだと伝わっている。
今は神の遣いが伴侶を得た時にのみ使用される伝統となった。
きっと遠い昔の自分も、願ってくれていたのだろう。
永く、この祝福が続くようにと。
教会の内外から感嘆の声が届く。
辺り一面を緩やかに舞うリリの花弁。
皆が視線を空に向けて笑っている。
水晶に映る小さな世界ではあったけれど、それが私には分かった。
「ユーグ、守っていこう」
「ああ、共にね」
神器の上に重ねた手を私たちは見つめて誓う。
顔を合わせて頷き合って、微笑んだ。
向かいで神父が笑んで頷いてくれる。
「新たな家族に祝福を!」
高らかな声に、大きな拍手が届いた。
そっと神器から手を離して私たちは振り返る。
手を繋ぎなおして、揃って頭を下げる。
その後も祝福の声はやむことなく、降り注いだ。
中心でユーグが笑んでいる。
柔らかく、楽し気に。
取り繕ったもののない、自然な笑みで横にいた。
「家族、か」
「ユーグ?」
「私にも、また家族と呼べる人ができたんだね」
噛みしめるようにユーグが言う。
「ありがとう、リリ」
繋がった手の力が増して、泣きそうになった。
嬉しくて、愛しくて。
ユーグの家族になれたのだと、実感したのだ。
「まだまだ、これから」
「うん?」
「家族って良いものだなって、思ってもらいたいから」
「はは、もう十分すぎるほどだけど」
「まだまだ、です」
力を込められた手を握り返して、笑み返す。
今日もユーグの首元に光るエメラルドのペンダントを見つめる。
どうか、これから記録される記憶は優しく温かなものばかりになりますように。
願いを込めて、前を向いた。
この日舞ったリリの花が、私とユーグを象徴する花として知られていくのはここからの話。
ほどなくして、リクリスと同様に求愛の花として広く国民達の間にまで広がっていくこととなる。




