〇〇の世界-8
廊下って夏は冷房が届かないから暑いよね。ベリーホットだよ。ほら、汗がぽたりぽたりと垂れてきそうになった。あー暑い暑い。冷感タオルが欲しいくらい。
「しんちゃん暑そうー」
そう、僕と咲はさっきの騒動で廊下へ立たされる羽目になったのだ。
さっきから僕を心配している咲は、涼しげな笑顔で僕の顔をのぞいてくる。どうして、汗を1滴も垂らさないでいられるのか。
「大丈夫~?」
「大丈夫だ」
大体咲が尋問たいむだなんて言うから……って言おうと思ったけれど、言うのをやめた。そもそもの原因は僕が尋問たいむのお時間ですと言ってしまったことにある。原因が僕にあるのに、咲に言いがかりをつけるのは、ただの八当たりでしかない。
「あと10分だねー。一緒に頑張ろうー!」
気がつけば、廊下に出されてから既に35分が経過していた。この灼熱地獄から解放されるまであと10分だ。
用意周到な僕は、あらかじめ用意してあったタオルで汗をぬぐった。
「ねぇ、あと10分間暇だから、少しお話でもしてようよ~」
「何を話せばいい」
「わーい。じゃあね、問題です! 実は私、成長しました。さて、どこが成長したでしょうー?」
単純に考えて、
「身長」
「ぶー、違うよー」
……? それじゃあ、なんだろう。とりあえず、思いつくだけ答えてみることにする。そうしてればいつかは当たるよね。
「精神年齢」
「ぶー」
「髪の毛」
「ぶー!」
「爪」
「ぶっぶっぶー!」
「歯」
「違うー!」
「体重」
「それは、成長したって言わないよ~!」
「胸」
「正解ー」
「ナンダトッ」
僕の全身が炎のように熱くなり出した。心臓の鼓動が太鼓の達人の難易度『鬼』をプレイしている時並に速くなる。
「何かね最近●●●で×××なんだよー」
咲は何を考えているのだろう。何を考えているのだろう。何でこんなに暑いのに、恥ずかしい話を廊下で話すのか。
僕は、スルースキルを発動した。
だがそれにもかかわらず、咲の声が耳に届いてくる。
「だから、ブラもそろそろ一回り大きめのサイズのを買わなきゃいけないんだ~。今度、お店寄った時に、付き合ってねー」
「断るッッ!」
いけない。咲にスルースキルが通用しない。というよりも、この話題は恥ずかしすぎる。もうやめてくれ……。
「えー、なんでー?」
咲は、僕が男だということを早く認識してくれないと困る。というか、早く認識しろ。命令形。
僕は、一息ついてから、目をカッと開いた。
「大体な、僕は男なんだよ?! 男の人にそんな話をするって、あれか! 誘ってるのか! そうか、分かったぞ、ふははは。誘っているんだな! って、そんなわけねえな! そんなわけねえでした! ごめんなさいッ!」
「しんちゃん、何を言ってるか全然分からないよー……」
我ながら危なかった。ノリツッコミって言うんだよねこれ。え、違う? いや、絶対ノリツッコミだよこれ。
……今の発言をなかったことにしたい。もし周りに生徒たちがいる状況だったら、黒歴史だよ。
「なんでもないです、忘れてください」
「何でもよくない。今のは忘れんぞ神山」
僕のすぐ後ろで、低い声が響いた。
「ヒィッ?! 先生いつの間に?!」
「教室でもお前の声は十分、届いてきたからな」
気がつけば、僕の後ろに数学教師が鬼の形相で僕をにらみつけてきていた。いつから、ここにいたんだろう。ぜんぜん気がつかなかった……。
僕は、動けなくなった。
咲は、笑顔で数学教師に「もう時間ですかー?」なんて聞いている。
数学教師は、咲に飛びっきりのスマイルで応答した。
「まだだが、咲はもう戻っていいぞ」
「ありがとうございますー」
咲が教室の中に入っていった。
そして僕は灼熱地獄に取り残される。
「先生……あの、僕も戻っていいですか」
数学教師が、とびっきりのスマイルから鬼の形相に戻って、僕を再びにらみつける。
「だめだ」
「ですよねーハハハ」
ここは、緊迫した場を和ますためにも、少し笑っておくとする。
「神山、何がそんなに面白い?」
「いえ、何も面白くなんてないですッ!」
僕は即座に笑顔でいるのをやめた。逆効果だったみたいだ。余計に場が緊迫した。
「……山吹の買い物に付き合ってやれ」
「は、はい?」
鬼の形相のまま数学教師は、そう声を発した。
咲の買い物に付き合ってやれ……って、さっきのブラを一緒に買いに行こうってやつか。
「だから、山吹の買い物に付き合ってやれ」
さっきの僕と咲の会話が全部教室にまで届いていたらしい。どうしようもう僕お婿にいけない。
「……了承しなかった場合は?」
「絶対に授業にださせない」
僕に選択権はないようだ。
「喜んで、了承いたします!」
「よし、なら教室に入れ」
「……はい」
こうして、僕は日曜日に咲の買い物に付きやってやることになった。
疑問に思うんだけど、なんで数学教師にまで、僕と咲との関係を誤解されているのだろう……。
さて僕は教室の入り口に足を向ける。
「あ、ちょっと待て」
「はい? ってうわッ」
いきなりガシッと右肩を掴まれた。
慌てて僕は振り返る。数学教師は鼻をくんくんさせていた。そして、目をカッと開く。何か僕はやらかしただろうか。
「神山お前」
「な、なんです」
「コーヒー臭いぞ」
「今気づいたのかよ!?」
廊下に出すときに気づいて欲しかった。というより、こんなにコーヒー臭が僕からプンプン臭うのに、どうして気付けなかったんだよ!
数学教師の眉毛がぴくっと動いた。
「……なんだと?」
「あ、いえなんでもないです!」
「そうか。そういえば、制服にも茶色いシミが出来てるな。どうしたんだ?」
「……これは、咲が僕に向かって口から噴射してきたんです」
数学教師は、なぜか顔を真っ赤にしだした。え、何でそうなる。
「……神山」
「は、はい」
「嘘はついてはいけないぞ。嘘は」
「事実です」
今度は僕の方に乗せている数学教師の手がぷるぷると震えだした。だから何でそうなる。
「そんな、うらやま……いや、馬鹿げたことがあるかッ!」
僕には、
はっきりと、
うらやましいと、
聞こえました。
「え、えぇッ!?」
「けしからん! けしからんぞッ!」
「…………」
数学教師はそう言いながら、僕を放置して教室の中に戻っていった。
「……えー」
僕はこの後どうすればいいんだろう。このまま、廊下に立たされたままかなぁ……。
放送『1年6組の神山神治。至急職員室にこい』
僕:(よし、スルーしよう)
10分後
放送『はよこいや!』
僕:(スルーだスルー)
10分後
ガラララッ
数学教師:早く来いって言ってるだろッ!
僕:(す、スルースルー)
そう、これが僕の
スルースキルさ☆