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宇宙戦争 ―遠い朝に蘇る―  作者: 鈴田在可


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1 目覚め

「教授、ご気分はいかがですか?」


 ヘルスト・マクウェルは教授や先生といった類の職業ではない。しいて言えば軍人だ。


 ヘルストのことをそんな風に呼ぶのは友人のハーヴェイしかいない。かつてハーヴェイは「お前は天才だ!」と言い、なぜかヘルストを「教授」という独自のあだ名で呼ぶようになった。


 しかし徐々に像を結ぶ視界の中にいるのは、金色の髪のハーヴェイではなくて、ヘルストの思い人と同じ艶やかな黒髪を持つ女性だった。


「ユキ……」


 ヘルストは視界と同じくぼんやりする思考の中で彼女の名前を呼んだ。


「いいえ、教授。私の名前はユノです。ユキは私の祖母です」


 否定で返されて、ヘルストの中に混乱が生まれるが、それも一瞬のことだった。


 ヘルストがユキと別れた時、彼女は二十代だったが、目の前の彼女はそれよりも幼く十代後半ほどに見えて、別人だと知覚する。


 それによく見ると、彼女の瞳の色はユキの神秘的な黒曜色ではなくて、ハーヴェイと同じよく晴れた空のような澄んだ青色だった。


「……今、何年だ?」


 別名「冷たい孤独」とも呼ばれるコールドスリープ内の液体は、ヘルストを目覚めさせるためなのか、ぬるま湯くらいの温度に上げられていた。


 装置がヘルストの正常起床を感知し、首あたりで一度止められていた液体の排出が再開される中、彼が明瞭になる意識と共に最初に尋ねたのは、年代――つまり自分がどれくらいの期間眠っていたのか――だった。


「現在は西暦24☓☓年☓月☓☓日、北極時間AM8:27と45秒です」


 ユノは軍のマークがついた、ヘルストが着用していた宇宙服よりも厚みのないスマートなスタイルの白い戦闘服を着ている。彼女は宇宙服の上腕に付属する小さなディスプレイを確認しながら、日付だけではなくて、現在の時刻に加えて秒数まで報告してきた。


 ユノは全裸でコールドスリープ装置に入っていたヘルストのすべてを見ても動じた様子が一切なく、先ほどから表情の変化もあまりなくて、どこか機械的な印象を受けた。


(90年程度か……)


 ぬるい液体が抜けて、外気に触れたそばからヘルストの身体がゆっくりと冷えていく。


 異星人が地球への侵略を開始し、ヘルストの両親が命と引き換えに開発した最強人型戦闘兵器の活躍により、異星人を退けることに成功したのが西暦23☓☓年だった。


 その後異星人との間に不可侵条約が締結されたものの、いつまた条約を保護にされて侵略を始めるか、脅威は残り続けた。


 最強人型戦闘兵器に最も適性のあるパイロットだったヘルストは、最終戦争で瀕死の重傷を負ったことから死亡を偽装されたのちに、「未来の人類を助けよ」という指令を受け、「もしもの場合」に備えてコールドスリープ装置で肉体の時を止めて眠っていた。


 ヘルストが目覚めさせられたということは、彼らが攻めてきたということだ。


 ヘルストと仲間たちが死に物狂いで勝ち取った平和は、100年間維持できなかった。


「90年前とは状況も違います。私の祖父母たちの研究成果により、現在は高適性パイロットが数多くいますが、異星人たちも私たちと同様に強さを増していて、現在地球から約20万kmの交戦区域にて多数の犠牲が出ています。

 世界政府は最終兵器とも呼べる教授の覚醒を決めました。私たちには99.99%の脅威のシンクロ率を誇る教授の力が必要です」


 ユノは、控えていたアンドロイドにヘルストの戦闘服着用や栄養補充の措置を指示しつつ、空中ホログラフを駆使しながら戦況を説明していく。彼女の動きには無駄がなかった。準備を終え次第、ヘルストも戦場へ行かねばならない。


「君の祖父母について聞いても?」


 ヘルスト用の人型戦闘兵器があるドックまでは空間転移装置を使うが、転移装置は北極の氷河に隠されたこの施設の地下一階にある。コールドスリープの部屋を出て目的の部屋まで移動する最中、ヘルストは心に浮かんだ疑問を尋ねた。


 ユキは目の前にいるユノの祖母だという。つまりヘルストの思い人は、誰かと結ばれたわけだ。


 ヘルストは聞かないでおこうかなとも思ったが、この後の戦闘で死ぬかもしれないし、その前に気になることは何でも知っておきたい心境だった。


 コールドスリープに入る前、ヘルストとユキは恋人同士だったわけではない。正確にはその直前というか、お互いの気持ちは通じ合っていて、結ばれるまであとほんの少しの状態だったが、現実は残酷だった。


 異星人さえ現れなければ、ユキとはそのまま交際して結婚したかもしれないが、ヘルストはユキとの恋物語ではなくて、人類を守る使命を選んだ。いや、選ばざるをえなかった。


 ユキは冷凍睡眠に入る前のヘルストに何か言いたそうにしていたが、「何も言うな」と制したのはヘルストだった。


 一緒にコールドスリープ装置に入り、「未来の人類を守る」という終わりの見えない使命に付き合わせるわけにはいかないと思ったし、待たれても何も言えない。その後のユキの恋路についてヘルストが何かを言える権利はなかった。


「私の祖父は、祖母のユキと同じく人型戦闘兵器のメカニックだったハーヴェイ・クラム。あなたの親友だった人です」


 ヘルストは、好きな女性と親友がデキていた事実にそれなりに衝撃を受けつつも、やはりユノは人間の感情にうといのかもしれないと思った。


 おそらくユノは現在のヘルストの心情や思考を理解してはいるが、時間節約のために、回りくどくない方法で彼の知りたい核心をズバリと言い切ったのだ。


 ユノがハーヴェイの孫であるなら、彼女もハーヴェイと同様に「クラム家」の者だろう。


 クラム家は、「コールドスリープ中の最終兵器ヘルストを守る」というこれまたいつ終わるかわからない命令を一族で背負っている。ヘルストが死ぬか異星人との最終決着がつくまで、その使命は子孫へ引き継がれていく。


 ユノは護衛対象のヘルストの過去を含んだ情報はもちろん、祖父母世代の恋のいきさつなどもすべて承知だろう。 


「……彼らに会えるか?」


 二人の年齢は100歳は越えているだろうが、ヘルストが冷凍睡眠に入る前の西暦2300年代においても、医療技術の飛躍により人間の限界寿命は150歳ほどにはなっていた。


 だから生きて再会できる可能性はあると思った。しかし――


「いえ、死にました。人型戦闘兵器の研究中に、二人とも暴走事故に巻き込まれて。私の生まれる前です」


「……そう、か……」


 目覚めてからの二度目の衝撃はヘルストの心を急速に重くした。死なれてしまっては二人の関係を茶化すことも、結婚祝いを渡すこともできない。


「祖父母たちは、他でもない、あなたを起こすために研究をしていました。

 教授と同じくらいのシンクロ率を出せるパイロットが多数出れば、あなたをあの『冷たい檻』から解放できると、常々言っていたそうです」


 コールドスリープは人類を救うために必要な技術である。しかし付いた異名は「冷たい孤独」に「冷たい檻」だ。


 ヘルストにとってはほぼ一瞬のようなものだが、装置の中で眠る彼を見続ける者たちにとっては、そうではなかったのだろう。


「私の父の名前は『ヘルスト』です」


 空間転移装置がある部屋に入りながら、唐突にユノがそんなことを言った。それを聞いたヘルストは黙り込む。


『普通、我が子に夫以外の男にちなんだ名前をつけるか?』とか『ハーヴェイはそれでよかったのか?』といった疑問が浮かぶが、記憶の中の二人の笑顔を思い出しながら、なんとも言えないむずがゆさがヘルストの胸に宿る。


「祖父母たちは教授を愛していました。そこだけは誤解のなきように」


 ヘルストはユノを機械的な人間だと思っていたが、こちらの心情に配慮したような発言を受けて、認識を改めた。

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