05あっけない幕切れ
どごぉ~んっ!
かくして、音だけは派手だが小屋は傷ひとつ付かずに地上へと墜落・・、もとい降り立った。ただ、その際に舞い上がった土埃が着地の際の痕跡を覆い隠してしまった。
この事を幽霊化した状態で見ていた、ちびっ子探偵、隅田川コロンたち3人は呆れてぽかんと口を開けるばかりである。
そう、隅田川コロンたち3人は上空から落下してくる小屋を見て、魔法使いの死因である圧死は実のところ墜落による衝突死を部屋の状況から圧死だと勘違いしたのだと思ったのだが、今のところ魔法使いはぴんぴんしていた。
なので状況証拠は十分なのだが肝心の死体がまだ転がっていないのだ。
しかしここで事態は急転する。なんと魔法使いの画像通話アイテムに婚約者から通信が入ったのである。
「ハーロー、テリーヌ。引越しの準備は終わったかい?僕の方はもう済んだよ。だから君と愛を紡ぐベッドも新調して準備万端だ。うん、早くこのスプリングの性能を君と一緒に確かめたいよっ!」
「いや~んっ、もうマサキったら気が早いんだからっ!でも、もうすぐ私も『ミセス テリーヌ・スダ』になるんだからベッドの性能確認はしなくちゃねっ!うん、これから直ぐ行くわっ!」
魔法使いはそう言うと、明日の不動産屋との打ち合わせを誤魔化すためだろうか、自身の身代わりとして衝突安全確認実験用ダミー人形『身代わり君』を魔法で召喚してその場に置いた。
ただ、この『身代わり君』は既に実験に使われたモノらしく、やけにリアルな衝突死状態を保っていた。
それこそ血は飛び散り内蔵は圧迫損壊していた。そう、この衝突安全確認実験用ダミー人形『身代わり君』は本当にリアルなダミー人形だったのである。
だが、それでも所詮は人形だ。少し冷静になってみれば人間でないことは判る。だが、そこは魔法使いも判っていたのか、欺瞞魔法でダミー人形を自分そっくりにしたのだった。
だが、婚約者との逢瀬に気がはやる魔法使いは床に飛び散った血糊やはみ出た内蔵などまてば気が廻らなかったらしい。
そんなダミー人形に魔法使いは明日の不動産屋との打ち合わせを自身の代わりにしろと命じた。
「設定 明日の午前中に不動産屋が来るからお前の持てる能力全てを使って歓迎するように。打ち合わせの内容は現在までの私と不動産屋のログをこの画像通話アイテムから読んで自分で判断しなさい。それじゃ、宜しくね。」
そう言うと、魔法使いは瞬間移動魔法で愛する婚約者の下に跳んで行ってしまった。後には衝突安全確認実験用ダミー人形『身代わり君』だけが残されている。
因みにセキュリティシステムは使用者である魔法使いの行動に関してはプライバシー保護の関係から結界を無効化し、尚且つ記録を付けない設定になっていたのでこの瞬間移動も記録に残っていなかったのだ。
この状況を幽霊化した状態で見ていたちびっ子探偵、隅田川コロンと事故調査委員、よろず課員の3人はこの時点で今回の事件の真犯人が誰であるかを理解した。
そう、小屋の中で圧死していたのは魔法使いが不動産屋との打ち合わせの為に準備した衝突安全確認実験用ダミー人形『身代わり君』であり、『身代わり君』は魔法使いの画像通話アイテムのログから読み取った過去の状況と『自身の存在理由』から、ここは死体となって不動産屋をもてなすのが最善だと判断したのだろう。
もう一度繰り返すが『身代わり君』の存在理由とは、リアルな損壊死体の情報を提供する事であり、その相手が実験担当者か、はたまた一見の者なのかは関係ないのであった。
なので『身代わり君』は一生懸命『死体』を演じたのである。
そして謎を更に複雑にしていたのが魔法使いが『身代わり君』に掛けた自身そっくりに化けさせる欺瞞魔法である。
これらの事によって不動産屋はもとより、事故調査委員やよろず課員たちも圧死死体に『化けた』身代わり君を魔法使い本人だと思い込んでしまったのだ。
そう、思い込みである。
そもそも床に飛び散った血や臓物類は本物ではなく、と畜場 (とさつじょう)で貰ってきた豚のモノだ。
ただ、それらは人間のモノではないが作りモノでもなかったので、それっぽく見えてしまった。これもまた状況が生み出した思い込みによるものであろう。
もっともそんな事は検査で直ぐ判るはずだが、残念ながらその検査結果はまだよろず課員の下には届いていなかった。
以上、判ってしまえば何の事はない『謎』である。いや、そもそも謎ですらなかった。ただただ、魔法使いがダミー人形に掛けた魔法強度が精巧過ぎたが故の勘違いである。
しかしそれにしても何故セキュリティシステムはテストモードであんな行動をしたのだろう?今回は森の中の一軒家だから周りに然したる被害は及ばなかったが、町中のビルで今回と同じテストをされたらたまったものではない。
とは言え、これもまた異世界故の『なんでもあり』なファンタジー設定なのかも知れない。
これを仮に現代のリアルな設定で実現しようとしたら、世界最大の積載能力を持つロシア製の『Mi-26』ヘリコプターを持ち出さねばなるまい。
更に小屋自体も『像が踏んでも壊れない』とアピールしていた筆箱を製造している某文具メーカー製とするか、はたまた『100人乗っても大丈夫っ!』と実際に100人を自社の物置に乗せてCMを流した某製作所製としなければなるまい。
いや、それでも高度53kmから落とされては無事ではすまないか?と言うかこれらのトリックは推理モノとしてはタブーである。タブーなのだがここは魔法がある世界だ。なのでこの世界ではこれくらいの事は推測しないと探偵はやってゆけないのかも知れない。
そもそも『過去見魔法』自体が推理モノとは相性がよくない。これを使われると謎が謎でなくなってしまうのだ。
しかし犯罪捜査機関側としては喉から手が出るくらい欲しい能力ではないだろうか?
とまぁ、大山鳴動して鼠一匹 (たいざんめいどうしてねずみいっぴき)的な結末になったが、とりあえず事件は解決した。
と言うか、これって事件なのだろうか?だって誰も死んでないじゃんっ!怪我したやつすらいないよっ!
いや、それはそれで喜ぶべき事なのだろうが世間の人々は多分納得しないだろう。だがここで、文句を言うと『人が死ぬ事を願っているヤツ』という烙印を押されるので黙っているだけではないだろうか?
そしてその反動から匿名で発言できるネット上で暴言を吐き、ちっちゃな優越感に浸るのかも知れない。
因みに衝突安全確認実験用ダミー人形『身代わり君』には色々なバリエーションがある。
最近のヒットバージョンは『借金が払えなくなったので胴元が受取人の生命保険を契約させられ、その後アルコールをたらふく飲まされて海に捨てられるケース』の身代わり君、俗称『借り逃げ君』である。
更には今回魔法使いがダミー人形に施したように、魔法でイケメンや美人に化けさせて、お手軽な恋人にするのも密かに流行っているらしい。
勿論その中枢にはAIが使われているので、ぱっと見だけでは本物と区別がつかないのだとか。
そう、高度に発達した技術が魔法と融合すると『リアル』すら凌駕するのかも知れない。
それでも今回の事件はひど過ぎた。そもそも魔法使いの名前が『ミス テリーヌ・タムラ』ってなんなんだよっ!
この事について、よろず課員は事故調査委員との酒の席で次のように愚痴った。
「今回の案件は今から思えば各所に伏線が張られていた。特に魔法使いの名前が最大のヒントだったんだな。」
「魔法使いの名前ですか?えーと『ミス テリーヌ・タムラ』のどこにヒントが?」
「ミス・テリーヌ。テリーヌ、テリーぬ・・。そして彼女の戸籍上の出生地は極東の国『日本』。そこで使われている言語では『~ぬ』とは打消しの助動詞「ず」の連体形だったはず。つまり『ぬ』はそれより前の言葉を打ち消すから、ミス・テリーヌの意味するところは『ミス・テリーに非ず』だ。なる程、これはやられたな。」
「散々引っ掻き回しておいて、そんなオチだったんですかっ!と言うか、そんな伏線誰が仕込んだんです?」
「誰かなぁ、『ミステリと言うなかれ』という漫画はあるが、『ミス・テリーに非ず』という書物はまだ発刊されていないらしい。なのでもしかしたら、今回の事件はその本の事前販売促進の為のヤラだったのかも知れないな。」
「うわ~、つまらなそうなタイトル・・。しかも謎解きがチープ過ぎる・・。」
「だよなぁ、だが聞くところによるとちびっ子探偵 隅田川コロンは近々推理モノの新刊を出すらしいぞ?」
「へぇ~、それはそれは。で、タイトルは?」
「『ダイイング・メッセージは《-211》』というらしい。」
「おーっ、ミス・テリーヌの伏線よりもそれっぽい謎ですね。」
「うむっ、マイナス211は窒素の融点である-210℃と1℃差だ。そして窒素は大気中に78%もあるからな。多分そこら辺が謎に絡んでくるのだろう。」
「ほほう、つまり窒素をマイナス211℃で固体化させた物質にて被害者を撲殺し、凶器である窒素は時間経過と共に昇華し消えてなくなるトリックですかね?」
「どうかなぁ、固体化した窒素って常温だとたちまち気化してしまうからなぁ。なんでも体積比で700倍にもなるらしいんだ。なので殺害方法としては密室での相対的な酸素濃度の低下による呼吸困難とかの方が理に適っているかも知れない。」
「酸素の絶対量が変わらないならば大丈夫なんじゃないですか?」
「いや、大気中の酸素濃度は地上では大体21%なんだが、密室で窒素の割合が増えると一呼吸当たりで取り込める酸素の比率が減ってしまう。結果、密室内に酸素が十分あっても酸欠に陥るのさ。そして人間は酸素濃度が10%以下になると意識を失い短時間で死んでしまう。だが、その後に密室の扉が開かれれば空気が入れ替わり窒素濃度は徐々に薄まってゆく。つまり凶器の証拠が消えてしまうんだな。」
「おーっ、それはなんかリアルでもありえそうなトリックですねっ!」
「理論上はね。でも密室にそんなに大量の凝固窒素を持ち込む設定を考えるのが骨だよ。なんせ常温ではたちまち昇華してしまうからね。」
「冷蔵庫に入れておいても駄目ですかね?」
「冷蔵庫は冷凍室でも保てる温度は精々-20℃くらいだ。お話にすらならないね。」
「つまり凝固窒素自体は犯行後昇華して消せるけど、それを部屋の中においておく装置が必要で、それらは犯行後も消せないから謎にならないと。」
「そう。そこの描写を無視すると推理ファンに突っ込まれる訳だ。」
「今回の魔法とダミー人形だって同じようなものですけどね。」
「全くだ。確かに事件は解決したがこんなのは『ミステリー』ではないっ!」
「あっ、うまいっ!ここで『ミス・テリーヌ』転じて『ミス・テリーに非ず』を持ってくるなんてよろず課員も結構推理マニアですねっ!」
「いや~、それ程でもあるけど。まっ、何はともあれ事件は解決だ。今夜は飲もうっ!」
「あざっすっ!ゴチになりますっ!」
かくして魔法使いの予想の斜め上をいく行動と倫理観に引っ掻き回されたふたりは、サラリーマンはつれぇ~よなぁと愚痴りながらも、結構楽しく夜遅くまで酒を酌み交わしたのであった。
因みにこの時の酒代は情報提供者との打ち合わせに必要だったという事で領収書が受理された。
うん、サラリーマンもたまにはこれくらいのご褒美がないとねっ!
更にもうひとつその後の情報を付け足すと、今回の案件に対してちびっ子探偵 隅田川コロンから送られて来た請求金額は33万3333ギールであった。
うん、なんとも微妙な額だな。いや、これは結構安いのか?そもそもリアルでこんな能力があったら3億円くらいポンと出す富豪がいそうだしな。
いや、警察だって特別会計をやり繰りして多分だすな。だってこんな能力者がいると世間が知れば、衝動系以外の犯罪は激減するはずだもの。
そう、絶対バレると判っていて犯罪を犯すやつはいない・・、いないよな?
だが、そうなったとしても推理モノは廃れないだろう。それどころか逆に推理作家たちは果敢に『過去見魔法』を出し抜くアイデアを模索するはずだ。
何故ならばそれが推理作家というものだからである。
雑文ラノベ「異世界殺人事件~結界魔法で守られた出入り不可能密室内で圧死した魔法使い~」
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