9話 試された朝
ドォン――ッ!!キィンッ!!
例の金属音と衝撃で目が覚める。
……またこれか。朝の稽古。
昨日と違い、もう慌てない。
ゆっくり起き上がり、身支度を整える。
ここでの朝は早い。
日が沈めば眠り、日が昇れば起きる。
灯りは松明だけ。
自然の時間で生きている。
――まだ、夜明け頃だろう。
向こうの世界なら、ほとんどの人が夢の中だ。
けれど結花にとっては、いつもの起床時間と変わらない。
今日は、ちゃんと動けそうだ。
着慣れない着物に袖を通し、帯を結ぶ。
廊下に出ると、ちょうど侍女たちが動き出したところだった。
「あの……袴をお借りできますか?」
事情を話すと、すぐに用意してくれた。
帯を締め直し、庭へ向かう。
朝の空気は冷たく澄んでいる。
軽く体を伸ばしていると――
「おはよー、ユイカ。……って、何してるの?」
振り向くと、サイガが庭の縁に腰掛けていた。
「おはようございます。準備体操です」
「準備体操?」
「向こうでは、毎朝“空手”の基礎練習をしてたので」
「からて?」
説明する代わりに、軽く構える。
息を整え――
「はっ!」
正拳突き。
続けて裏拳、掌底。
下段への突きから回し打ちへとつなぎ――
ふっと息を吐く。
……袴、ちょっと動きにくい。
ジャージって偉大だったな。
横を見ると、サイガが感心したように頷いている。
「へえ。型はきれいだね」
「試合用ですから」
「試合?」
「実戦で使うものじゃありません。あくまで競技です」
一般人に本気で使ったら問題になる。
護身用、逃げるための技だ。
「ふーん……」
サイガはしばらく考えるように焦げ茶の瞳を細め、にやりと笑った。
「じゃあさ。ちょっとやってみる?」
「はあ!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「無理です! 護身術レベルですよ!? 実戦慣れしてるサイガ相手とか無茶です!」
「別に本気出さないって」
「そういう問題じゃないです!」
サイガはくすっと笑う。
「いいじゃん。少しくらい……ね?」
「わっ!?」
反射的に後ろへ跳ぶ。
さっきまで首があった位置を、手刀が鋭く薙いだ。
……危なっ。
「サイガ!?」
抗議する間もなく、今度は横から蹴り。
とっさに前腕で受け流す。
重い。
遊びの力じゃない。
構え直した瞬間、視界から姿が消えた。
――いない。
代わりに。
首筋に、ひやりとした感触。
「……思ったよりは動けるね」
耳元で、ため息まじりの声。
「ちょ、ちょっと待ってください! それ、刃物ですよね!? しまってください!」
「安心して。刃は立ててない」
「当たり前です!」
ゆっくりと刃が離れる。
サイガは数歩下がり、短刀を懐へ戻した。
「最初のは躱わせてたし、十分かな」
「十分ってなんですか?!
いきなり攻撃しないでください!!」
本気で怖かったんですけど!?
サイガは肩をすくめる。
「ごめんごめん。確認したかっただけ」
「確認って……!」
「これで間者じゃないって確信できたし」
「……はい?」
その一言だけ残し、サイガはくるりと背を向ける。
「ユーリスたちも終わったみたいだし、俺、戻るね」
一歩、二歩。
気づけば、もう数歩先。
気配が、すっと薄れる。
呆然と立ち尽くす。
庭には、朝の風だけが残った。




