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第08話 嫌い、と言った夜――そして、聖女は再び声を聞く


 居住棟の部屋に戻ったミリアは、ドアを閉めたとたんベッドへ倒れ込んだ。

 硬直したようにうつ伏せのまま、長く息を吐く。

 怒った。

 ぶつけた。

 『嫌い』と言った。

 なのに――なぜか、胸の奥が重たい。


(言ったのに……スッキリしない……)


 あれほど怖くて、気持ち悪くて、束縛されてるようで。

 なのに、いざ距離を取られると、胸の中が空っぽになる。

 ゼノは、何も言い返してこなかった。怒らなかった。

 ただ、淡々とすべての監視魔具を停止させた。


(……それが一番、怖いってば……)


 まるで、何も残さず綺麗に手を引かれたような。

 怒られるより、睨まれるより、ずっと静かで――冷たい。


 ふと、天井を見つめた。


 王国にいた頃のことを思い出す。

 あの頃、誰かに自分の力を否定されるのは、日常だった。

 神託を報せても信じてもらえない。

 書いても、話しても、何も届かなかった。

 でも、ゼノだけは――使えると言ってくれた。


(あの言い方、全然嬉しくなかったけど……)


 それでも、神託が価値になると言ってくれたのは、彼だけだった。


 コン、と控えめなノックが響いた。


「……ノエルさん?」

「はい。大丈夫ですか?」


 ミリアは顔を枕に押し付けたまま、ぼそりと呟いた。


「ゼノさん、怒ってませんでした?」

「いえ。静かに席を立ち、データを確認していただけです。無表情でした」

「……余計怖い」

「いつもよりずいぶん『我慢してる』ように見えましたが。珍しいことです」

「え、普段なら?」

「……物理的に、関係者が減ります」

「やっぱりそういう人だったんだこの人ーーー!!」


 思わず叫んだが、ノエルは声色ひとつ変えずに続けた。


「けれど、ミリア嬢の『嫌い』という言葉を受けて、ゼノ様が手を引いたのは、私も初めて見ました」

「……手を引いた、って……やっぱり、距離、置かれたのかな……」

「それを『理解』しただけでも、かなりの進歩です」


 言葉の意味はよくわからない。

 でも、ノエルの『ゼノ観察歴』の長さを信じるなら、たぶん、それでいいのだろう。


「……嫌いって言ったのに、ちょっと寂しいのって、やばいですかね」

「それは正直ですね」

「否定して!?そこは『正常です』って言ってほしかった!!」


 ノエルが帰ったあと、ミリアは毛布にくるまりながら天井を見つめた。

 少しずつ、自分の気持ちがわかってくる。


(嫌い。確かにそう言った。……でも、私、あの人に見てほしかったんだ)


 怖いし、不器用すぎて何考えてるかわからない。

 けれど、自分の声を無視しないでくれた人は、他にいなかった。

 だから――


(……こんなに、ぐちゃぐちゃになるんだ)


 その時、窓の外の空気が、ふっと変わった。

 空が『沈んだ』ような錯覚。

 風が止まり、光が曇り、部屋の中の温度がほんのわずかに下がる。

 ミリアは、思わず上体を起こした。


(……この感覚……)


 耳鳴りにも似た、重い空気の揺れ。

 世界そのものが、何かを語りかけてくる“圧”。


 ――……深層の歪み……魔力の乱流……地の底より脈打つ力……目覚め……


 言葉にはならない。

 けれど、確かに『意味』が届く。


「神託……っ、戻ってきた……?」


 胸の奥が脈打つように、空気が震えていた。

 次の瞬間、扉の向こうからノエルの気配が近づく。


「ミリア嬢。研究棟より緊急連絡。ゼノ様が――『神託の発動』を察知しました」

「えっ!? 察知したの!?」

「ミリア嬢の部屋は、すでに『観察対象』に戻されていますので」

「再開してたの!?停止してたんじゃないの!!?」

「……ゼノ様なりの『尊重』だったようです」


 ノエルが静かに言った。


「ですが、今夜はその観測値に異常が出ました。ゼノ様は、「君の神託が必要だ」と。正式に」


 ミリアの胸に、何かが灯る。

 あの人が、また必要としてくれた。


「……行きます」


 ベッドから立ち上がる。

 まだ鼓動は早い。でも、もう足は震えていなかった。


「ゼノさんと、ちゃんと話す機会も作ってください」

「……本当に『話す』だけでよろしいのですか?」

「本気で言ってる? ノエルさん」

「冗談です。……でも、ゼノ様はそれだけ言葉を待っていたと思いますよ」


 夜の回廊を走りながら、ミリアは胸の奥で決意を固めた。


(私は逃げない。……もう、聖女だからじゃなくて、“私だから”って言われたい)


 その手には、かつてのように――神託の光が戻りつつあった


読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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