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浪漫なる宝石部


◇◇◇聖暦1798年4月11日◇◇◇

◇◇◇放課後 午後15時30分〜17時30分◇◇◇


翌日の放課後、ウルスラとの約束のためカイムは部室棟へ来ていた。

(初日、ネムに案内されて以来だな)

宝石部と書かれた表札を掲げる部屋の前に立つと、スライド式の自動扉が開く。

「待ってたわぁ〜」

開けた途端、笑顔のウルスラが出迎える。

「どうぞ入って下さいなぁ」

「お邪魔するよ」

甘い香水と燻した鉄の匂いが鼻腔を擽った。

(研磨機と高圧洗浄機だと?)

どれも鉱石を加工する際に使用する機械である。他にも壁際の棚には鑢、糸鋸、タガネ……彫金の道具が置かれていた。

「あ、先生」

「君はハーシャか」

溶接マスクを外して彼女は会釈する。

「お疲れです〜」

「ども」

他二人の生徒も作業台で何か行っているようだ。

(……あれは不揃いで質は悪いが原石だな)

作業台の上に小さな宝石の原石が散らばっている。

「ネックレスを作ってるのか?」

マルカン、スライドパーツ、プレート等の部品も見付けた。

「半分正解かなぁ」

カイムの質問にウルスラが答える。

「とりあえずぅ宝石部の活動を説明しますねぇ」

彼女は活動内容を説明し始める。

概要を聞き終えると、カイムは感心した面持ちで答えた。

「ーーーーアクセサリーを製作して店に卸す他、武具の製作用に鉱石を加工……これは凄い活動内容だな」

「でしょ〜?」

自信満々にウルスラは胸を張る。

「売上は皆で折半。残りで活動費を賄ってるの」

「正直、設備の維持費で部費が飛んじゃうから」

それはそうだろう。

此処にあるのは、職人ご用達の器具ばかりだ。

「ま、一番はウルスラのお陰だよね!」

「そんなことないわぁ」

(宝石の原石や鉱石はウルスラの実家から仕入れてると言っていたな)

ウルスラの本名はウルスラ・カーティエ。『カーティエ』は共和国で有名なサキュバスが仕切る宝石商である。貴賓溢るる最高級の宝飾品から、安価な貴金属品を手広く販売しており、卸売から製造まで担う世界中の女性達から愛されるブランドなのだ。

【カーティエ:共和国が誇る宝石業の有名ブランド。恋人へのプロポーズに給料三ヶ月分を注ぎ込み、カーティエ産の婚約指輪を購入するのは鉄板】

「卒業後は独立して会社を起こすつもりなんでぇ……今から社員を育成中ってわけ」

「アハハ!ウルスラってば気が早すぎ」

「クラスメートが社長って変じゃん」

「給料くださーい」

三人は笑うもカイムは真面目に問う。

「加工や装飾の技術をどうやって学んだ?」

「基礎は私が教えましたよ〜。『遊び心を忘れず、楽しくお金を稼ぐ』ーーーーそれが宝石部のモットーなのでぇ」

最早、会社の経営理念のようにカイムには聴こえた。

(学生の範疇を超えてるな)

仕入れた原石・鉱石は、決して質の良い物ではない。どれもカーティエの工場の検品で弾かれた廃棄物だ。

彼女達は元々、捨てる予定の物を有効活用している。原材料はタダ同然で入手できるので、失敗しても懐は痛まない。

上手く加工して、貴金属品を製作すれば、お金になるので作業意欲も高まる。ウルスラの伝手があるとはいえ、システムの構築がしっかり出来ていた。

「素晴らしいな」

素直に賞賛を口にするカイムだった。

「うふふ!そ・れ・でぇ本題はここから」

ウルスラはカイムに人差し指を立て喋る。

「先生に宝石部の顧問になって欲しいの」

(初めて会った時も言ってたっけ?)

最初の授業で言われた一言を思い出す。

「どうして俺なんだ?」

「だってぇ他の先生に頼んでも忙しいって断られたし〜」

(…忙しい、か)

ヴァルキリースクールに在職中の教職員は、帝国並びに共和国の各組織から派遣された者が殆どだ。

本職とは違うものの難なく教鞭を執るあたり、全員優秀な人材だが、教育に賭ける情熱は薄くネムが直接スカウトした人材はカイムを含め数人。

はっきり言えば、監視が目的で勤務時間外まで生徒へ時間を割く気はないのだ。それゆえ部活の顧問まで務める教師は極僅かである。

「顧問がいる部活といない部活じゃ活動の幅が違うもんね?」

「そーそー」

ハーシャとサーシャは口を揃え愚痴る。二人は双子の姉妹だ。

「仮に俺が了承して活動はどう変わる?」

そう質問すると四人は顔を見合わせ、急に密談を始める。

「……言い辛い事情があるなら答えなくても構わないが」

どうも打ち明けるかどうか悩んでいるようだ。

「あ〜ウルスラが決めなよ」

背が高くボーイッシュなユウダチが横目で促す。

「ーーーー望み薄だけどぉ先生は『七曜石』って知ってる?……知らないわよね〜」

反応を探るような視線を向けられ、カイムは即答で答える。

()()()()()()()()()()()のことか?」

「「「「「!」」」」」

まさか知っていると思っていなかった五人は驚いた。

「まぁ!せいかぁ〜〜い」

「はぇ〜帝国出身の先生が知ってるのはビックリだよ」

「うんうん」

「あたしとハーシャもウルスラに教えて貰ったのに〜」

「よく知ってましたね…」

「知ってるも何も『グェンドリン・オーエン』は、最も偉大な冒険家の一人だ。……近年、彼の輝かしい功績を誇張された嘘だと揶揄する馬鹿げた学者もいるが、俺は真実だったと信じている」

確固たる口調でそう断言すると、ウルスラは嬉しそうに微笑む。

【グェンドリン・オーエン(性別:男性・職業:冒険者):聖暦1212年11月8日(生)〜1300年7月24日(没)。数々の古代文明の遺物、伝説の地、秘宝を発見したとされる冒険家】

「実は本も持ってる」

珍しく自慢気にアイテムパックから擦り切れて色褪せた背表紙の古書を取り出す。

この本の題名は『異人奇行浪漫譚』。晩年、グェンドリンは自身の生涯を本に執筆していたが、書き終える寸前で亡くなってしまい、妻が加筆を加え出版した奇書である。発行部数は百冊未満と今や絶版となっておりとても貴重な本だ。

七年前、隠密部隊の追撃を逃れ、逃げ込んだある屋敷の主とギャンブルをする羽目になり、それに勝利して戦利品に異端奇行浪漫譚を巻き上げたのだ。

「う、うそぉ!?」

「ウルスラも持ってる本だよね…」

「…なんだと?」

ハーシャの一言に今度はカイムが驚いた。

ウルスラはハンドバッグ型のアイテムパックから、何と異端奇行浪漫譚を取り出した。年季の入った革冊子と大量の付箋は、熟読しているのが伝わってくる。

「これは運命ってやつぅ?やーーん」

蠱惑な眼差しと態度は若齢にして、サキュバスの魅力を遺憾なく発揮するも、案の定この男には通じない。

「面白い偶然だな」

真面目にカイムは答える。

「……」

期待した反応とは程遠く、憮然とした表情でウルスラは頰を膨らました。

「確か七曜石は数百tの金塊より価値があるという幻の宝石だったな」

本を捲り該当するページの一文と挿絵を眺め呟いた。

「幻じゃなく実在する宝石だよ先生」

「『魔王』さまも身に付けてるしね!マジ凄いよね〜?」

サーシャとハーシャがキャッキャと喋る。

(……ブリュンヒルデ・ステューか)

三賢の一角にして、『魔女教会』の四代目教母。『魔王』の二つ名で知られる魔女ブリュンヒルデ・ステューは、ミドガルム共和国の統治者の一人だ。

「あたしは超イケメンのメーゼン様が一押し〜」

メーゼン・フレルリアは主に政治と外交の大部分を担い、三賢の中でもリーダー的な立ち位置で、陣頭指揮を執り国民の支持率も驚異的な数字を誇っている。

「カッコイイのはユルヴァ様じゃね?男装の麗人って感じでさぁ〜!ネム理事長も負けてないけど」

『覇王』こと共和国軍最高司令官ユルヴァ・ディザは、帝国の『冰帝』セルビア・アシュフォードと最強の冠を二分する絶対的強者である。

賢王、魔王、覇王。王の名を冠するこの三人こそ、共和国の根幹であり、盤石知らしめる統治者なのだ。

(…あの女とはもう戦いたくないな)

実はユルヴァとカイムは過去二度、戦っている。何を隠そう彼の頰の傷は、彼女によるものだ。

「でも目の傷が目立つよね〜……美人が台無しじゃん」

「昔、お父さんに聞いたけど帝国の『凶刃』って奴がつけた傷なんだって」

「キョージン?」

「よく知らないけどめっちゃ強い兵士だって」

「強くても女の顔を狙うってフツーにないわ〜」

「……」

耳が痛くなる会話だった。

「はいはーい!雑談はその辺にしときましょ?」

ウルスラは徐に本のページを捲る。

「先生ぇこの部分を読んでみて?」

指された文章を読み上げた。

「……『ゴード連峰の険しい『雲剱岳』を越えた先、龍に守られた秘境へ辿り着いた。そこで、私はグェンドリンが発見した七曜石の鉱床を見付ける。伝説は真実だったのだ』……ほほぅ」

カイムは顎に手を当て唸る。

「生前、グェンドリンが教会の二代目教母に献上したとされる七曜石は、きっとその鉱床で採った物に違いないわぁ。この筆跡が何よりの証拠だもの。そう考えると、辻褄も合うでしょ?」

(この文章だけで判断するのは早計だと思うが)

確証はないのに言い切る様に違和感を感じた。

「ウルスラは七曜石に拘っているんだな」

「だってぇ……私がヴァルキリースクールに入学したのは、七曜石を見つけるためだもん。ルーヴェはゴード連峰に一番近いからね〜」

意外な志望動機だった。

「ふむ」

「ただ、色々と準備不足で現状じゃ理事長の許可が降りないわぁ。先ずは引率する顧問を見つけなきゃ話にならないのに、なってくれる先生がいなくてぇ途方に暮れてたの」

初対面で勧誘された背景がはっきりする。

「俺を顧問にしたい理由が分かった」

「きっと先生が顧問になってくれればーーーー」

「理事長も許可してくれると踏んだ訳だ」

「ビンゴォ」

ウルスラの推察は正しい。彼ほど適材な男は他にいない。

本を綴じてカイムは、静かに問う。

「……皆はゴード連峰がどんな場所か分かってるか?」

「モンスターがいっぱいで危険なのは知ってる〜」

「あとは気候とか環境?」

「サバイバルには水と食べ物も大事だよね」

「ん〜〜やっぱ戦闘力っしょ!」

ウルスラを除く三人が答える。概ね当たっているが、正確な答えではなかった。

「大まかに説明するとゴード連峰の山岳地帯まで行くには、避けて通れない『モンスタートープ』が複数存在する」

「モンスタートープ?サーシャってば知ってる?」

「ボスモンスターが支配してる場所だよ」

「その通りだ」

【モンスタートープ:ボスモンスターが支配する生息区域。特殊な地名が名付けられる】

「っつーかロイーナ先生の生物学で習ったじゃんよ」

「え〜?そーだったっけ」

(……双子でもハーシャはのんびり屋でサーシャは真面目なんだな)

口調は似てても性格は大分違う。

「それで避けて通れないトープってのはぁ?」

「『弱肉強食の森』、『ゴード遺跡群』、『霧の麓』の三つ」

「…三つも?」

「今の君達で攻略は不可能だろう。雲剱岳を拝む前に、モンスターの餌になるのが関の山だ」

歯に物着せぬ言い方だった。

「そ、そんな厳しいの?」

「ああ。そもそも雲剱岳は伝説じゃなく実在する『指定災害地』だ。……五年前、ルーヴェの冒険者ギルド『白翼』のB級ライセンスとA級ライセンスの冒険者で構成された探索隊は、雲剱岳の調査に向かうも三日で壊滅。生還したのは隊長と若い隊員一名だけだったらしい」

【指定災害地:生命活動が困難な自然環境または汚染区域】

【冒険者ライセンス:C級・B級・A級・S級に区分される冒険者の格を示すカード。ライセンスを獲得するには、ギルドに課された試験をクリアする必要有。C級ライセンスを獲得すると、一端の冒険者として世間に認められる】

四人が喉を鳴らして息を飲む。

「……先生ぇずいぶん詳しいですね〜?」

「まあな」

カイムは空いた時間を利用し、図書館で様々な資料と文献を読み漁っている。無論、授業に活かすためだ。

「俺も先週、山岳部近辺までは行ってみたが防寒・防風の耐性がないと登山は無理だろう」

「え!?」

「行ったって…何で?」

「魔石集めにだよ」

召喚獣の誓約の儀式で必要だった魔石を全校生徒分、揃える為だ。エレメントが豊富な環境ほど、採取・採掘でレアな素材アイテムが入手し易い。但し、その様な環境は大概人間には厳しい環境で、例えば風のエレメントが一定量を超過すると、竜巻が自然現象として発生するが度々話題に挙がるゴード連峰の雲剱岳は四つの元素が入り乱れ、暴走する未曾有の自然災害に守られし秘境だった。

「で、でも先生が付き添ってくれればヨユーっしょ!ね?」

「いや無理だ」

ハーシャが期待を込めた眼差しを向けるも、首を横に振った。

「そんなぁ〜!」

ガックリと肩を落とす。

「戦闘は兎も角、探索には自然環境に適応するアビリティやスキル、状態異常を軽減する耐性がどうしても必要だ。俺がカバーするのにも限界がある」

「つまりぃ先生一人だと問題ないけど、今の私たちが付いてくのは足手まといってこと?」

「ああ」

ウルスラの問いにキッパリと頷く。

「「「………」」」

余りにストレートな物言いに、ショックを受けたのか三人の表情が暗く沈む。

「…なんだ?一度無理と言われあっさり諦めるのか」

「だって〜」

「ズバッと即答するんだもん…」

「ウルスラはどうだ?」

「実力不足は諦める理由にならないわ」

胸の前で腕を組み、毅然とした態度で答えた。その表情からは強い決意を感じる。

(何か事情があるようだ)

決意はあっても、問題は山積み。肝心の探索に不可欠な知識、技術、技能、戦闘力が圧倒的に足りていない。

このままじゃモンスターの餌になるか、行方不明者のリストに名を連ねる結末は目に見えている。

A級ライセンスの冒険者が通用しなかった史実を考慮すれば、ド素人の少女達が挑むには無謀過ぎるのだ。

ーーーーしかし、カイムは否定=停滞だと考える。

(現実を突き付ける厳しさも大切だが、教師ならば道も示すべきでは?無理、駄目、不可能……諦めさせるのは簡単だ。大事なのは目標を達成するための道筋を示すこと。挑戦し失敗しても次に繋がるが、挑戦しなければ何も始まらない)

彼は腹を括った。

「……想像以上に厳しい訓練になるぞ」

「え?」

「本気で伝説に挑む気なら宝石部の顧問として力を尽くそう」

四人は目を輝かせた。

「それでいいか?」

「「「「はい!」」」」

(……俺も七曜石の伝説に興味が湧いたし)

ロマンのある話はカイムも嫌いじゃない。男だからだ。

「きゃほ〜〜〜い!!」

「やったじゃんよ〜」

「あははは」

喜ぶ三人を尻目に、ウルスラは官能的な仕草で躙り寄る。

「……やっぱりぃ先生とぉわたしってぇ相性ばっちりじゃーん?」

砂糖を煮詰めたような甘えた声色だった。

(相性?)

超が頭に二つ並ぶ朴念仁の彼には意味が伝わらない。

「まぁどの道、他の部活の顧問も請け負ってる」

ウルスラの笑顔が引き攣る。

「昨日の放課後、顧問が居なくて困ってると他の生徒にも相談されてな」

相談したのはエレオノールとエリナの二人だ。

「……」

「どうした?『ハリセンリス』みたく頰を膨らまして」

ハリセンリスは怒ると頬袋を風船のように膨らまして、威嚇する齧歯類の小動物である。

「……べっつにぃ〜〜!」

「?」

上機嫌が一転、ウルスラはご機嫌斜めになった。

「厳しい訓練でも七曜石のためにやるっきゃないわ〜」

「発見すれば億万長者じゃん」

「やっば〜〜!服とアクセが買い放題だね」

期待に気持ちが弾んでいるようだ。

(…最初の訓練で飯が食えなくなると思うけどな)

はたしてどんな訓練なのだろうか?

「第一目標は個々の戦闘力向上と耐性の習得。ーーーーそして、C級ライセンスの獲得だ」

これにユウダチが驚く。

「冒険者ギルドに加入するんすか?」

「うむ。ライセンスがあると、ギルドショップで限定販売しているアイテムを購入できるし、色々と融通が利いて便利だ。頃合いを見て、ライセンス申請は俺がするとして、あと休日を利用して野外訓練も行うぞ。計画を練って準備しておこう」

張り切るカイムに四人の期待度も自然と高まる。

「あの、あの!先生も冒険者ギルドに加入してるの?」

「ああ」

ちなみにカイムはA級ライセンス保持者であるーーーーが、本来はS級ライセンスに匹敵する能力があり、未踏ダンジョンの攻略、『古代遺物(アーティファクト)』の発掘、新種モンスターの発見等々……九年間で人知れず偉業を成し遂げていた。追手の追撃を逃れるべく各地を転々とした結果で、陽の目に当たらなかったのが悔やまれるものの、本人は気にしていない。

【古代遺物:解析不能のテクノロジーで精製された宝具。魔女教会は古代遺物の蒐集と管理を目的に、発足された組織である】

「それはそうとウルスラ」

「は〜い」

「本に加筆を加えたのは誰だ?」

頭の片隅で引っ掛かっていた疑問を問う。

「君の知り合いか?」

ほんの一瞬、憂いを帯びた表情も見せるも戯けて誤魔化すように笑う。

「…うふふ!ナ・イ・ショ」

どうも引っ掛かるが、前に読んだ指導本の一文を思い出す。

(思春期の少女は繊細で傷付き易く、詮索を嫌う。自ら切っ掛けを口にするまで、教師は距離を保ち見守るのがベスト。特に男性教諭はコミューニケーションに注意が必要であるーーーーだったっけ?)

カイムは深く考えないように決めた。

(……追求するのは止そう)

「あ!顧問になった記念に先生へアクセサリーをプレ(プレゼント)っちゃう?」

「ナイスじゃんそれ〜」

ハーシャとサーシャの提案に顔が綻ぶ。

「それは嬉しいな。ちなみに俺も装飾品は作れる」

「「「「え?」」」」

四人は声を揃え反応した。

「…これを借りるぞ」

カイムは鉱石を手に取ると、作業台へ座りスキルを発動させる。

【匠の職人芸のスキルを発動】

【鉄鉱石×1】【銀鉱石×1】【クロタマイトの欠片×1】

【鋼の指輪のレシピがヒット!自動製作可能です】

【自動製作しますか?はい←いいえ】

突如、カイムの両手が超高速で動き出す。

「…うぇあ!?」

「か、勝手に手が動いてる?」

(こ、怖っ)

虚な眼差しで手元も見ずに作業しているのは、側から見ると不気味だった。

「驚いたわぁ。覚えてるレシピのアイテムを自動製作してるのねぇ」

「そんな便利なスキルあるの?」

サーシャが聞くと彼女は頷いた。

(こんなレアな生産系スキルをどこで覚えたのかしらぁ)

ものの数分でアクセサリーが完成する。

【鋼の指輪が完成しました!】

「ーーーーっと完了だな」

生産系スキル『匠の職人芸』は、一度作製済みの武器・防具・装飾品の完成時間を大幅に短縮させ、オートで作業を遂行するスキルだった。但し使用者は発動中、意識が消失するので、他スキルとの併用は不可能になる。

「ほら」

四人へ指輪見せる。非常に精巧に作られていた。

「す、すごっ!」

「無骨なデザインだけどぉ滑らかで磨きも完璧だわ」

(ふっふっふ)

褒められて鼻が高いカイムだった。

「……先生って何者?」

「む」

「戦闘学の教師が覚えるスキルじゃないよね?」

ユウダチがストレートに聞く。

「まぁ色々あったのさ」

適当に言葉を濁し答える。

彼が九年間で習得した数々のスキルは、悲哀の証でもあった。何かに没頭する事で孤独と虚無感を埋めていたのだ。

「……折角だ。授業で教えてなかった戦闘のメリットを教えよう」

「メリット?」

「武器職人は武器を鍛えSPを稼ぐが、同じ武器を鍛え続けると獲得し辛くなる。でも、戦闘従事者は戦闘で勝利すればほぼ確実にSPが手に入るだろ?……つまり、職人一本より戦闘職を兼業した方が効率よくSPを集められるんだ。非戦闘系スキルのSLvを上げても、戦闘系スキルの要求SP数は変わらないしな。逆に戦闘系スキルの中には、生産系スキルに流用できるものもある。本人の使い方次第でスキルの有用性は雲泥の差だ」

「……それは知らなかった」

「へ〜」

「あと鑑定系スキルは誰か持ってるか?」

「は〜い」

ウルスラが手を挙げる。

「どんな風に使ってる?」

「宝石や鉱石のチェックにぃ」

「SLVは幾つだ?」

「4」

「悪くないが万全を期して6〜8は欲しい」

(…勘違いじゃないわよねぇ?先生ってば楽しそうだわぁ)

ウルスラの見方は正しい。

「探知のスキルのSLvも上げなくちゃな」

「マジ?習得すらしてないわ〜」

「探索で命綱になるスキルだ。必ず習得して貰うぞ」

「勉強苦手なんだけどなぁ……あたしバカだしぃ?」

ハーシャが眉を顰める。

「心配するな。俺が付きっ切りで教えるよ」

今度はサーシャが口をへの字に曲げた。

「……先生さぁ教えるって簡単に言うけど、ハーシャの前学期の成績知ってるの?戦闘学と音楽以外、全教科赤点だよ」

「えへへ!スゴイっしょ〜?」

「ホメてねーっつーの」

(俺も学生の時、赤点ばかりで補習ばっかだったな)

はにかむハーシャにサーシャがツッコむ。

「それは違うぞ」

個人記録を思い出しカイムは否定する。

「成績はあくまで指標の参考要素であって、本人の優劣を語るものじゃない」

「「……」」

「…このブレスレットはハーシャが作った物だろう?」

壁に掛けられた完成品のブレスレットには、ハーシャの名前が付箋で貼られていた。

「細部まで意識した丁寧な仕事振りーーーー手先が器用な証拠じゃないか。戦闘学の授業でも、被弾率の低さが目立ち、気配の察知に優れてる」

実際、先日の模擬戦闘ではアタッカーにも関わらず、器用に避けていた。

「恐らく座学が苦手なのは、内容を理解するまで集中力が持続しない所為だ」

淡々と長所と短所を述べていく。

「欠点は誰しもある。成績で自分を卑下するな」

……そもそも全員に統一した指導内容で、同等の成長速度を求めるのは酷ではないだろうか?

適する生徒もいれば、合わない生徒もいて当然だ。

無理矢理、型に当て嵌めるのではなく、型の大きさを変えるべきなのである。しかし限られた時間で、個人個人に焦点を当てるのは難しく、全体を配慮するのも、また教師の苦慮すべき点。

(必要なのは答えの導き方だ)

方程式が分からなければ、解を導き出せない。

独りぼっちにされた子犬のような顔で彼女は呟く。

「……あたしもできるかな?」

笑顔の裏に少なからず、葛藤と悔しさはあるだろう。

「約束しよう」

カイムは真っ直ぐ瞳を見詰め答える。

「どんなことがあろうとできるまで付き合うぞ」

よくある大人の口上なのに、心に響くものがあった。

「まぁ要約すると俺と一緒に頑張ろうってことさ」

「…うん」

赤い瞳に魅入られたように、ハーシャは返事をした。

頰は微かに朱色に染まっている。

「……」

双子の姉は複雑そうな表情で見ていた。

スピーカーから最終下校を告げるチャイムが鳴る。

「ーーーー寮に帰る時間だな」

「もうこんな時間だったのねぇ」

「明日の放課後から訓練を開始するぞ」

「「「「は〜い」」」」

道具を片付け、四人は帰り支度を済ませる。

「先生ぇ今日はありがと〜!…お礼はまた今度、二人っきりの時にーーーーね?」

帰り際、ウルスラが小声で囁く。

「礼は言葉だけで十分だ」

「も〜〜!そーゆー意味じゃないのにぃ」

憤慨するウルスラだった。

(そういう意味?……兎に角、帰ったら訓練のスケジュールを組もう)

カイムは部室を出て、職員寮に戻った。

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