スクールライフに彩りを ①
◇◇◇聖暦1798年4月14日◇◇◇
三日後、四限目の授業も終わり帰りのHRの時間となった。暖かい陽射しが、教室に差し込む。
ちなみに宝石部の活動は劇的に変わっている。
二日前よりC級ライセンス獲得を目指した訓練が、本格的に始まったのだ。探索の基礎知識、必要な各種スキル・耐性習得に向けカイムの指導の下、四人は励んでいた。そして、来週以降もっと彼は忙しくなる。他二つの部活も顧問を兼任するからだ。その部活とは『剣術部』とバイツボール部。そして授業のない日は、いよいよ警邏活動も始めている。
ネムはオーバーワークを心配するも、カイムはこの忙しさを楽しんでいた。
「ーーーー学校生活にもそろそろ慣れたか?」
「すごく楽しいよ!」
真っ先に元気よく答えたのはラミィだった。
入学当初の無気力な態度は嘘のように消え失せ、特に座学は成績抜群で授業態度も良好。他教師の評判も上々である。特に戦闘学の授業が素晴らしい。
十歳とは思えない直向き且つ貪欲に学ぶ姿勢は、カイムも目尻が下がりっぱなしだ。
「ラミィは頑張ってるもんな。俺も鼻が高いよ」
そう言うと顎の下を撫でられた猫のように、目を細め破顔する。
「最近は悪くないですわよ」
自慢の金髪を手で靡かせ、次はアレクシアが答えた。
アレクシアも教養に富み優秀だ。そして、何より正義感は人一倍強い。正に理想的な貴族の子女である。……しかし、他者に厳しく、平気で見下すような発言をしてしまうのは玉に瑕。その所為で他教師に嫌厭され、評判は芳しくない。
一目置く者には、敬意を払い年相応な顔も覗かせるが、その相手は極少数だ。戦闘学の授業は素直にカイムの指導を受け入れているが、セアとフラウと並び考え方がまだまだ甘い。
「それは良かった」
「……でも授業のレベルが低くて、いい加減辟易します!特にツヴァイ先生の帝国史は酷いですわ」
どうもツヴァイが教える帝国史が気に食わないらしい。
「ツヴァイ先生も頑張ってるぞ」
「頑張ってもあの内容では意味がありません」
(相変わらず手厳しい)
「ま、まぁ……フン!カイム先生の戦闘学は全教科で唯一及第点を越えてますけど?」
照れ隠しなのかアレクシアはそっぽを向く。
「!」
思わぬ一言にカイムは驚いた。
「キャハハ!素直じゃないね〜?」
「ツンツンしてるけどデレてる」
「う、五月蝿いですわね!?斬りますわよ!」
揶揄うフラウとセアに歯を剥く。
(……嬉しいことを言ってくれるぜ)
教師として経歴の浅い自分の授業を、アレクシアが評価してくれた事が純粋に嬉しかった。
「ん〜フラウは毎日がハッピーエブリデイ!」
両手を掲げ元気良く宣言する。
「幸せなのはいいな」
「でしょ〜」
「……頭の中もハッピーセットですものね」
「そーそー」
アレクシアの嫌味を意に介さずニッコリ笑う。
自由奔放で天真爛漫だが、場を弁えず騒ぐフラウに対して、他教師陣の評価は軒並み低い。授業に関係ない私語や質問で、進行を妨害する事が多い所為だろう。
しかし、臆せず躊躇せず誰が相手でも物怖じしないのは、とても好感が持てる。
「ほんっと自由ってサイコー」
(歴代で最も血の濃い末裔か)
ドラニクル家のある内情を、カイムはネムに聞いている。
「……フラウはどんなことが好きだ?」
「遊ぶこと!話すこと!勉強はきら〜い」
いっそ清々しい陽気さだ。
「同じくらいの歳の時、俺も勉強が嫌いだったな」
「お!カイムも仲間だね〜?」
親指を立てるフラウに柔らかい口調で続ける。
「その経験を踏まえて言うと、勉強はほどほどにした方がいいぞ」
「え〜」
諸説あるが、勉学は目的合理的行為である。目的合理的行為は、結果を得るに最適な手段を取ることを指した概念だ。反対に価値合理的行為という、結果はどうあっても、信条に従う概念もある。
言わずもがなカイムは後者で、過去を振り返り悔いる事も屡々あるのだろう。
(同じ轍を生徒には踏ませたくない)
凄惨な戦火を経験した彼の確固たる願い。
「ーーーーやだやだやだ〜!!」
フラウは駄々っ子のように頰を膨らませ、両足をばたつかせる。
(……長い目で考えればいい)
カイムもたった二週間程度で、自分の助言を受け入れる信頼関係をフラウと築けたとは思っていない。
「分かったから落ち着いてくれ」
「やだやーーーーむ?わかってくれたらよーーし」
(これもフラウの魅力の一つだ)
「あーもー!スカートではしたないですわよ」
「アレクシアのエッチ〜」
口では嘯くも制服のスカートの裾を摘み、あざとくストライプのパンツをチラ見せする。
「……うふ!お嬢様はムッツリスケベなんだね」
「い、いい加減にしないと張っ倒しますわよ!?」
(……意外とこの二人は相性が良さそうなんだよな)
「あははは」
オルタも口元を押さえ笑っている。
「よく笑うようになったな」
「え?…そ、そうかな」
自分でも言われて初めて気付いた様子だ。
「オルタはどうだ?」
「う、うん!私も楽しいです」
優しく儚げに微笑む。極度の人見知りで臆病な性格のオルタはある意味、フラウより対応が難しい生徒だ。
繊細な上、感受性が強く、唐突に泣き出してしまう。情緒不安定と言ってもいい。
そして、妖精王を輩出した共和国随一の名家の子女。
下手な発言は誇張抜きに首が飛ぶ可能性がある。他の教師は特に気を遣い、当たり障りなく接するのも仕方ない。今まで子供の自分に謝辞を尽くし、媚びへつらい利用しようと傅く大人を山程、見てきたオルタはどうしても警戒心が先立ってしまうのだ。……しかし、カイムには心を開いている。
外見は怖くとも、威張らず優しく、忖度せず平等に接する彼に信頼を寄せていた。
「何かあれば遠慮せず俺に相談しろ。勿論、他の皆もだぞ」
「は、はい」
「こう見えて案外、頼りになるはずだ」
「そんなの知ってるよ」
ラミィが即答した。
「だって先生はあたしのヒーローだもん」
「…照れるな」
真っ直ぐで純粋な好意に、年甲斐もなく顔が熱くなる。
(あの顔の一体どこが照れてますの?)
(せ、先生?)
「いやめっちゃ無表情じゃん!もっと笑いなよカイム〜」
臆せずフラウがツッコむ。
「……さて最後にセアは?」
「あ、無視だ!生徒を無視するなー」
「ん」
クラスで一番の問題児は首を傾げ、暫く黙り込む。
「理事長」
(理事長?)
「ネム理事長には勝てる気がしない」
「……」
「それにツヴァイとチヨーーーーあとカナリアも強い」
カナリアとは国語の授業を教えている女性教師の名前である。
指を折り数えるセアを、他四人も戸惑いつつ眺めていた。
「もしや戦力分析してるのか?」
「ん!」
意図が分かったカイムが答えるとセアは頷いた。
「せ、戦力分析?」
オルタが聞くとポケットから一枚の紙を差し出した。
「ボクが書いたヴァルキリースクールの戦闘力ランキング」
「……それ数学の授業中に書いてたでしょ」
「よくわかったねラミィ」
紙には上から順にS、A、B、C、D、Eと並び、横に乱雑な筆記で名前が書かれてある。
「Dのところに私の名前がありますわ」
「フラウもじゃん」
「あたしはE?」
「は、はう……Eの下に名前がある」
「ちなみにボクはCだよ」
「俺にも見せてくれ」
「ん」
受け取った紙を眺めてカイムは感心した。
「…鋭い分析じゃないか」
「すごいでしょ」
ちょっと誇らしげに胸を張る。
セアの特徴は戦闘面に特化した思考だ。
彼女の中で最も重要なのは強さであり、戦闘学と魔法学以外の授業態度が雄弁にそれを物語り当然、他四人より評価も悪い。これらの原因の一つに、セアが生まれ育った猟兵団の環境が特殊過ぎることが挙げられ、親から十分過ぎるほど、素養も受け継いでいる。
(危ういな)
強さの意味を履き違え、求め続ける先に待つは破滅。それを誰よりも知るカイムはセアの凝り固まった思考を憂う。
(…赤竜が学校に入学させたのも頷ける)
「どう?」
「あぁ」
詳細な感想を求めるセアに、返事を急かされた。
「一つ聞くが評価の判断基準と材料は?」
「ん……目を凝らして首筋がザワッとするかしないか」
(語彙力は兎も角、セアは本能で強者を見抜く術に優れてるようだ。上手く使い熟せばスキルに派生できるな)
「曖昧な偏見で貴女より私が下に位置付けされるのは納得しかねますわ」
偏見と言われ面白くないのか、負けじと反論する。
「世間知らずな貴族のお嬢様にはわからないかもね」
アレクシアがきつくセアを睨む。
「……貴女より下かどうか体に教えてあげましょうか?」
「ふーん」
セアも臆する様子なく視線を逸らさない。
「あ、あわわわ」
不穏な空気に慌てふためくオルタだった。
「喧嘩は駄目だぞ」
カイムも宥めるべく声を掛ける。
「「……」」
二人は育った環境が真逆で、相容れない点が散見するものの、共通事項はある。それは負けず嫌いな点だ。
特に戦闘は勝敗を可視化する最もシンプルな手段ゆえ、譲れないのだろう。
「そういえば俺の名前がないぞ」
空気を変えるべく、話を振ると暫し凝視したのち返答した。
「……カイムは考え中」
「そうか。仲間外れかと思ったよ」
(正体を突き止めてやる)
嘆きの聖女を撃退できる猛者は、界隈でも限られる。
対峙経験のあるセアの実姉は、19歳でリンドブルム猟兵団の大幹部の座に就く剛の者。姉が引き分けた相手に勝利したカイムに、妹が好奇心を刺激されるのも仕方ない。
……尊敬する父を倒した男がカイムと知れば、セアはどう反応するだろうか?
「はい」
「どうしたラミィ」
「理事長と先生はどっちが強いの?」
何気なく浮かんだ疑問を口にする。
「それはネム理事長でしょう」
カイムに代わり、アレクシアが答えた。
「あの方は強さだけでなく、学園の理事の他、帝国議会の議長を務め、性格も貴賓に溢れ容姿は眉目秀麗ーーーー完璧な女性ですわ」
(完璧は言い過ぎだと思うが、ほぼほぼ事実だな)
家柄、性格、容姿、財産、どれを取っても文句なしである。敢えて欠点を挙げるとすれば、家事全般。特に料理は壊滅的に酷い。
「ってゆーか理事長とカイムってどんな関係なの〜?」
「雇用者と労働者だ」
「そーゆー意味じゃなくて!」
「……どういう意味だ?」
「フラウは恋人って意味で聞いたの〜」
フラウの質問に場の空気が変わる。
「り、理事長と先生が…はう〜」
「あり得ませんわ!」
「そうだよ!」
アレクシアとラミィは何故か強い口調で否定した。
「…ふぁ…ボクはどーでもいい」
(……この手の話題は苦手だ)
カイムにとってネムは、家族同然の存在なのは間違いない。
「別の機会にまた答えよう」
それを口にする訳にもいかず適当に誤魔化す。
「ぶーー!はぐらすな〜!」
「フラウが数学のテストで百点を取ったら教えてもいいぞ」
「え」
「ナフカのテストでフラウが百点…」
「絶望的ですわね」
「よーし!この話題はしゅーりょーだ」
(当然、これで頑張ろうとはならないよな)
雑談を続けた後、カイムは五人へまた問い掛ける。
「そういえば部活に興味がある者はいるか?」
「私は剣術部と『魔術部』が気になってますわ」
(魔術部はサビーナが部長の部活だったな)
「あたしはバイツボール部と『遊戯部』」
「ほほう」
意外にもラミィはバイツボールに興味があるようだ。
「わ、私は……ちょっと分からないです」
「フラウも考え中〜」
「ボクは特に入る気はない」
「…ふむ」
「入らなきゃダメなの?」
「そういう訳じゃないさ」
フラウの問いに首を横に振る。
「ただ漠然と放課後を過ごすより楽しいかと思って」
「ふーん」
「折角だから今日は一緒に部活を見て回るか?」
「は、はい」
「キャハハ!ヒマだしオッケ〜」
「ん…一人で自主練も飽きたしいーよ」
「お誘いに乗って差しあげますわ」
「先生が一緒ならあたしも」
何気ない提案だったが、五人の返事は好意的だ。
「よし」
皆で教室を出てグランドへ向かう。
「ーーーーふっ!」
エリナが機敏な動きで、ファイスーネからボールを横取る。
「よっ」
それをイルナが奪い返そうと迫る。
「…ロール!」
「オッケ〜」
「まだまだっ」
マルシルがディフェンスでパスルートを遮った。
「バイツボールは相手のボールを奪い合い、時間内まで自軍の陣地でボールを確保しているチームが勝利するルールだ」
傍で観戦する五人へカイムが解説する。
「…ひ、ひっ!?あ、荒っぽいです〜」
「格闘技と球技を融合させたスポーツだからな」
オルタはハラハラした面持ちで眺めていた。
「へぇ…結構、面白そう」
セアは若干、興味を惹かれた様子である。
「連携と陣形を重視するから、単純な肉弾戦だけじゃ勝てないのがバイツボールの肝だ」
「格闘技と運動能力を鍛えたいあたしには打って付けだね」
「いい自己分析だ」
程なくして一区切り終えたエリナが近付いて来る。
「ふぅ……ラミィちゃんにオルタちゃんも見学に来てくれてありがと!」
「どうも」
「こ、こんにちわ」
既に顔見知りの二人は軽く会釈する。
「えーと他の三人は…?」
「私はアレクシア・ロレーヌですわ」
「セア・リンドブルム」
「フラウだよ〜」
「私はバイツボール部の部長をしてるエリナ・マクレインだよ!よろしくね」
相手に好印象を与える朗らかな挨拶だ。
「うちは初心者でも大歓迎だから気軽に遊びに来てね?兼部も大丈夫だから」
「「「「「はーい」」」」」
「それにカイム先生も顧問になったんだよ!」
「ああ」
つい先日、彼女の熱意に押され承諾したのだ。
(……ウルスラとエレオノールには負けないもん)
「エリナってばめっちゃ誘ってたもんね?側から見て引くドン引くレベルで」
「一途ってゆーか純粋ってゆーか」
「明るい美人だけど意外と重いタイプっぽい〜」
「ーーーーう、うるさいよ!?次、短距離ダッシュ二十本!」
「「「えー」」」
「文句言わない!後輩に情けない姿を見せないの!」
軽く挨拶を済ませ、五人は再び練習へ戻っていく。
「簡単に紹介したがどうだ?」
「兼部もオッケーだし入ることに決めたよ!」
ラミィは自身の戦闘スタイルを磨く目的もあり、入部を決意する。
「パスしますわ」
「わ、わたしもムリですぅ!」
アレクシアとオルタは興味が湧かなかったらしい。
「ん……考える」
「フラウはどーしよっかな〜」
セアとフラウは保留のようだ。
「まだ他の部活もあるからゆっくり考えればいい」
「ほら!ダッシュダッシュ〜」
「ひー」
「ほんっと痩せるぅ…」
練習に励む上級生の顔は辛そうに見えたが、不思議と楽しそうに五人の瞳に映る。これぞ青春だろう。
「じゃあ次に行こう」
グランドから本校者へ戻る。
無機質なコンクリートに囲まれたドーム状の部屋に、電子映写機が投影する仮想の標的が横並びに現る。
「……」
白い道着と袴姿のエレオノールは、下段に太刀を構え、静止したまま動かない。
「ーーーーはっ!」
駆け出し近付くと鞘から抜刀し横凪、真っ向斬り、逆袈裟と連続で標的を斬り裂いた。
【計測完了!累計5754ダメージ】
この電子映写機は、『帝国科学局』が開発したダメージ計測機で、仮想の敵を投射し攻撃が当たると、凡そのダメージを計測する機械だ。
【帝国科学局:高度な科学技術を研究・開発を行い、帝国の発展を支える重要な国家運営機関】
科学局前局長ユルヴァはカイムとは因縁浅からぬ人物だった。……本名ユルヴァ・E・メフィスト。その頭脳は千年先の未来を創造するとまで言われた稀代の天才科学者だったが、百年戦争の終戦後、戦時中に帝国軍前元帥と結託し秘密裏に行われた非道な人体実験と戦争犯罪が、白日の下に晒され失脚。現在は国際指名手配中であり、その首に懸けられた懸賞額は何と30億Gを超える。
「剣術部は剣の技を磨き、心を鍛え、共に切磋琢磨できる同志を募っているわ」
鞘に刀を納め、姿勢を正し向き直り、見学していた五人に名前を告げる。
「私が部長のエレオノール・シャロットよ」
凛とした佇まいだ。
「ラミィとオルタは四日振りね」
「どうも」
「こ、こんにちわ〜」
「三人の名前は?」
「セア・リンドブルム」
「フラウだよん」
「アレクシア・ロレーヌですわ」
恭しくスカートを摘み片足を下げ、お辞儀する。
(…様になってる)
淑女と自負するだけあって、優雅な振る舞いは伊達ではない。
「ロレーヌ?もしかして『睡蓮二刀流』の…」
「左様でございますわ」
エレノールはロレーヌ家と交流があるようだ。
「兄も私も貴女のお父様には本当に良くして貰ってるわ」
「恐縮ですわ」
(……ザックスも色々大変だったからな)
数少ない友人の過去を思い出し、カイムは目を細める。
「ちょっとちょっとぉ〜?おでこシアってば急にどーしたの」
慇懃無礼な態度を取らないアレクシアに面を食らったフラウが絡む。
「おでこ?」
「お気になさらないでエレオノール先輩。彼女は少々気が触れておりますの」
笑顔を取り繕い、平然を装うも額には青筋が浮かぶ。
「ひっどいーー!パンツまで見せ合った仲なのに〜〜」
「…な!?フラウさんが勝手に見せただけでしょう!」
結局我慢できなかった。
「仲が良いのね」
クールな彼女も愉快なやり取りに頰を弛ませる。
「さて剣術とは言葉通り、剣を操る術だ」
カイムは刀を手に持った。
「鍛えればこんな芸当も可能になる」
黒乾石目塗の鞘から抜かれた刃は、水で濡れたように美しく、奇妙な艶を称えている。
彼が木剣用のサンドバックに強烈な斬撃を放つと、奇妙な現象が起きた。
「……斬れてない?」
驚くのも無理ない。サンドバックには傷一つないのだ。
「わぁ〜〜すごい!」
手品だとオルタは思ったのか拍手する。
「これが出来るようになれば、鋼もバターのように裂けるぞ」
刀を鞘に納めカイムは説明した。
「ど、どうやりますの!?教えてくださいまし!」
「ん!ボクも知りたい」
絶技を前に珍しくセアも興奮気味だ。
「落ち着け」
(あれは『斬鉄の極意』……流石カイムお兄ちゃんだわ)
斬鉄の極意とは、斬撃の威力を調節する刀剣の武器スキルだ。このスキルを身に付けるには、呼吸と脱力の機を掴む厳しい修練が必要不可欠である。
【武器スキル:スキル対象の武器を装備しないと発動しないスキルの呼称】
「剣術部に入部すれば、俺が指導する過程で習得のコツは教えるがーーーー」
「入部しますわ」
「ボクも」
(ーーーー即答だな)
それだけ魅力を感じたのだろう。
「エレオノールもいいか?」
「はい。やる気がある子の入部は歓迎します」
ここで二人に向き直り忠告する。
「……先に言っとくが一石一丁で身に付くスキルじゃないからな?」
「望む所ですわ!血が燃え滾ってよ」
「キツイのは慣れてる」
「ちゃんとエレオノールの言う事も聞かなきゃ駄目だぞ」
「言われなくても先輩はザックス様の妹ですから、聞きますわよ」
兄を引き合いに出される事を嫌うエレノールは眉を顰める。
「クイーンナイツでも神剣は一番の剣士だって聞いた」
「セアちゃん知ってるの?」
「ボクが知ってるのは『神剣』と『冰帝』の二人だけどね」
「ーーーー兄は一番ではなく二番よ」
ポツリ、と呟いた。
「ん?」
「何でもないわ」
カイムの秘密を知るエレオノールは首を横に振る。
(私とカイムお兄ちゃんだけの秘密……ふふ!)
大人びていても内面は年相応に純真である。
「セアも部活が決まってよかったじゃん」
「ん……まあね」
ラミィが声を掛けるとセアは小さく頷いた。
「フラウとオルタは」
「はーい!次いこ次〜」
「わ、わたしは無理だよぅ」
「だよね」
(まぁそうなるよな)
エレオノールに別れを告げ、一行は図書館へ向かう。
ヴァルキリースクールの図書館は、ゴシック様式の建築で統一されており、書架にはジャンル問わず本が蔵書され、読書家にはきっと堪らない光景だろう。
「わ〜〜!!」
静寂に包まれた空間に、フラウの声が響いた。
「あまり騒いじゃ駄目だぞ」
……と言っても他の利用者は見掛けないが。
「これ『アヴェクットワ』の今月号ですわ」
雑誌の最新号も遍く揃っている。
【アヴェクットワ:アレクサンドリア書房が発刊する貴族向けのファッション誌】
「り、理事長が表紙だね」
「『美しく、気高く、そして麗しい。帝国のヴィーナスが魅せる最新春コーデ特集』」
ラミィが表紙のキャッチフレーズを読む。
「『ブルガリド』のストールをアクセントに柔らかさを演出、『ジョバンニ』のジャケットでシックな雰囲気を醸してますのね」
(…いつもの服との違いが分からん)
カイムにはさっぱりだった。
「ふっふっふ」
「……急に笑ってどうしたの?」
怪訝そうにラミィはアレクシアを見る。
「いずれ私も表紙を飾るのかと思うと強烈なシンパシーが湧きましてよ」
「カイム」
セアがコートの裾を摘み引っ張る。
「どうした?」
「起きてるのにアレクシアが寝言を言ってる」
「むきーー!寝言じゃありませんわ!」
「だから騒ぐなって」
宥めていると思い掛けない二人組と遭遇する。
「全く…大声で誰ですか?図書館で騒いではいけませんよ」
「そうやねぇ」
ナフカとチヨだった。
「あらカイム先生と1ーAの皆じゃないですか」
カイムは部活の案内と紹介で回ってることを二人へ説明した。
「ーーーーそりゃ奇遇やね」
チヨは朗らかに応じる。
「チヨとナフカは図書館で何してるの〜?」
「うちとナフカ先生は校内の見回りや」
「ええ」
「最近あんなことあったばっかやし、不審者の侵入には気ぃ付けんと」
「ご苦労様だ」
「……それにしても」
ナフカはチラリとセアとフラウに視線を向ける。
「部活の前にそこの二人には、ぜひ勉学に励んで貰いたいですね」
「あーあー!聞こえな〜〜い」
「ん、んー」
視線を合わせず明後日の方を向いた。
「何なら今から数学の補習をーーーー」
「カイム!カイム!はやく魔術部に案内してよ〜」
「はやくいこ」
腕の袖を左右から引っ張り、急かされた。
「袖が伸びるから引っ張るなって」
「ん、ん」
「はぁ〜〜や〜〜くぅ〜〜」
まるでおもちゃ売り場で駄々をこねる子供だ。
「わかった、わかった。……二人ともまたな」
「ごめんあそばせ」
「お、お疲れさまです」
「またね」
カイムと五人は賑やかに去って行った。
「ーーーーまったくもう」
ナフカは半ば呆れつつ見送る。
「まぁまぁ」
「……カイム先生はちょっと生徒を甘やかし過ぎです」




