014_05_素敵な出会いをもう一度
まずはもうちょっとごはんを食べつつ、知ってる人を探そうか。さっきアマネさん達もいたしね。
……と、アマネさんは見つかったけど、なんか話し中だ。相手は何だか態度のデカい、ヤな感じが漂う20代半ばくらいの男性だった。うーん、金騎士団のシンさんに似てる気がするけど、でも髪の毛黒いし、ぺったりしてるしなあ。なんて戸惑っていたら、
「あっ、リンさん! お久しぶりです! ……じゃ、私はこれで」
アマネさんの方がわたしを見つけて、その男に別れを告げると嬉しそうに駆け寄ってきた。
「あなたを出しに使ってしまってごめんなさい。でもあの人、あんまりしつこかったので助かりました。あれだけ私達を裏切って、戦いを仕掛けて来たくせに、私に声を掛けてくるなんて……しかもあんな不埒な……! 全く、どういう神経をしているんでしょうね!」
アマネさんは顔を真っ赤にして、ぎゅっと拳を握りしめて言った。怒り心頭、って感じだ。そういえばなぜだかさっきまでいたカレンさんや他の親衛隊の人がいなくなってたから、絡まれちゃったのかも。でも今の話からすると……。
「さっきの人、髪型と髪色が大人しかったから、違う人かもって思っちゃいましたけど、やっぱりシンさんだったんですね」
わたしが聞くとアマネさんがうなずいた。社会人ぽかったし、ゲームの中だけは羽目を外したい、ってことなのかな。会社勤めも大変だなあ。
「そうだ、リンさんに会ったらお礼を言わなくては、と思っていたんです。ゲートを見つけて、ちゃんと閉じてくれたのですね。だからあの時、突然接続が切れたのでしょう? とにかく、ありがとうございました」
アマネさんは小声でそういうと、ぴしっとした姿勢で、きっちりとした角度に頭を下げた。その様子にわたしは恐縮してしまって、慌ててパタパタと腕を振り、頭を上げるように促す。
「いえいえ、わたしだけで出来た事じゃありません。アマネさん達がしっかり金騎士団に対応してくれたからですし、それに、カンやマドカさんがいたから――」
「そういえば、マドカさん……とカンさんも、見てませんね」
アマネさんが残念そうに言った。アマネさんってマドカさん大好きだもんね。会いたかっただろうなあ。それはわたしもだけど。
「アマネ! 漸く運営を捕まえたぞ! しかも強硬派の奴だ。これは質問のしがいがあるな!」
アマネさんと二人でがっかりしていたら、カレンさんの嬉しそうな野太い声が響いてきた。いつもの人を見下したような余裕の笑みはどこへやら、すっかり怯えて引きつった顔をしたスーツ姿のショウさんを引きずって、こちらに近づいてきた。
「白騎士団のリンか! ソリドゥスでは世話になったな。ありがとう」
カレンさんはわたしに気づくと、にこやかにそう言ってペコリと頭を下げた。ちなみに彼女は今日は、カットソーに青のショールカラーのカーディガン、黒のテーパードパンツ、とシックな装いだった。やっぱりスカートははかない派かなあ。
「ああ、カレン。ご苦労様でした。では早速、この方に今までの事や今後の事を問い詰めましょう。ではリンさん、そういうことですので、ごきげんよう」
そっか、さっきあいさつで、その辺にいる運営が質問に対応するって言ってたっけ。気になること、いっぱいあるもんね。それじゃあ、と立ち去ろうとしたら、ふいにアマネさんがこちらを振り返った。
「……あ、そうでした。その前にもしよかったら、連絡先を交換しませんか? 今後も仲良くできたら良いな、と思うのですけど……」
アマネさんがやや目を伏せて、遠慮がちに切り出した。突然のあり得ない出来事にちょっと戸惑ったけれど、すぐにわたしは「もちろん!」とうなずき、スマホを取り出す。わー、聞きたいけど絶対教えてくれないかな、なんて思ってたからすごくうれしい。アマネさんとカレンさんの連絡先ゲットだ。青井 天さんと志位 花蓮さん、というのが二人の本名だった。
「ありがとうございます! これからも、仲良くして下さい! じゃあ、お二人は忙しいみたいですから、わたしは、これで」
わたしは二人に頭を下げて、その場を立ち去った。
さて、どうしよう。あ、いつの間にかブッフェボードにデザートが増えてる! これは取らなきゃ!
全種類制覇はとてもムリなくらいバリエーションに富んだブッフェボードから、欲望のおもむくまま好きなものをドンドン大きなお皿に載せる。定番のイチゴショート、フルーツたっぷりのロールケーキ、いつぞやセイが食べてたザッハトルテ、ティラミスにドライフルーツ入りのパウンドケーキ、そしてアップルパイ。なんて素晴らしい! ダイエット? 明日からに決まってる。
「あ、やっと見つけたよ! 良かった! 何か質問ある? 答えられるかはわからないけど」
コーヒーも取って、どこかのテーブルに混ぜて貰おうと思ってきょろきょろしていたら、突然後ろから軽い調子の声で呼び止められた。
「レイさん? 質問て……何やってるんですか?」
振り返るといつもの白い運営の制服ではなく、びしっとグレーの三つボタンのスーツを着てネクタイを締めたレイさんがニコニコと立っていた。それで黙っていてくれたら紳士服のモデルみたいでかっこいいんだけどな。
「いやー、運営スタッフとしてプレイヤーの皆さんと談笑したり質問に答えたり、親睦を深める係なんだけど、みんなしつこくて面倒でねぇ。君に対応しているってことにして、サボろうと思ったんだよねー」
ほら、口を開くと残念な感じ。レイさんは変なところだけ正直だ。面倒とか言っちゃだめだと思う。お仕事なのに。でも、聞きたいことはもちろんあるし、ちょうどいいや。
「じゃあ、噴火はどうなったんですか? ミライ達、無事ですか?」
レイさんの案内で、すみっこの、なぜだか誰も近寄らないテーブルに移動したところでわたしは尋ねた。
「ごめん、ゲート閉じちゃったから確認はできてないんだ。ただ直前までの火山活動の観測結果だと恐らく回避できたんじゃないかな……」
「そうですか……。でもきっと、二人は大丈夫ですよね!」
そう信じよう。ううん、あの二人なら絶対大丈夫だ。わたしが心配するまでもないよね。
「そういえば、さっき社長さんの挨拶でこれからは家庭用のVR装置で販売を予定しているとか何とか言ってましたけど……? これからも別の形でサービス、続くんですか?」
「ま、君達のおかげで今まで通りには行かないから、形は変えないとね。ゲームとしてシステムは作ってあるから、もうちょっと稼ぐつもりみたいだね。課金の仕方は変わるけど。商魂逞しいねぇ」
レイさんはそう言って肩をすくめた。まるで他人事のような運営の言葉にわたしが眉をひそめると、
「僕はゲームには関係ないのさ。フォルトゥナ社には諸々の研究のために親会社から出向していたんだよ。もう目的は果たしたからね、帰るんだ。そうだ、名刺あげるよ。何かあったら、連絡してね」
パチンとウィンクして彼はひょいと名刺を差し出した。見てみると大手総合電機メーカーのロゴと、主任研究員の肩書と、河瀬 怜人という名前があった。おおぅ、よく分からないけどエリートさんなんだね。
「リン! 今度はアンタがレイのサボりに付き合わされてるのね。あら? 名刺? 肩書で釣ろうとしてるのかしら?」
手を口元にあて、クスリと笑いながら冷たい視線をレイさんに注ぐのは、ヒラヒラとフリルたっぷりの白いシャツからぶ厚い胸板を覗かせた、大柄な角刈りの男性だった。ボタン開けすぎです。
「マドカさん。いやそんなつもりはないよ、全く。大体肩書なんて僕の手持ちの中で一番つまらないものだよ、そんなもので勝負はしないさ。それに何よりも、僕は馬に蹴られて死にたくはないからねぇ」
「マドカさん! 会えて嬉しいです! でも今までどこにいたんですか? 全然気づきませんでした。すぐに気づきそうなものなのに……」
レイさんはいつもの調子で軽く笑って、わたしは会えないと思っていた人に会えた嬉しさ全開の笑顔でそれぞれマドカさんに答えた。でもホント、何で気付かなかったんだろう? こんなどこで売ってるんだか謎すぎる服を着た、やたらごつくて大きな人を見落とすなんてありえない!
「さっき来たのよ。社長の挨拶とかどうでもいいもの。パスよパス。でもまた会えてよかったわ。そうだ、じゃあアタシも名刺アゲルわ。アタシのお店、良かったら遊びに来て。初回はサービスするわよ」
と、マドカさんが手渡してくれた名刺には、結果が出ることに定評のあるフィットネスクラブのロゴと、エメリタストレーナーという謎の肩書と、円 建という名前があった。マドカって苗字だったんだ……源氏名だと思ってた。色々違った。
そういえば確かここのクラブって格闘技ベースのフィットネスもあったから、そっち系の人なのかな。普段からやってたら、あれだけ強かったのも納得だよね。
「ま、こっちは副業だけどねん」
そんなわたしの考えを見透かしたのか、マドカさんはパチンとウィンクしてそういった。本業は……何かコワそうだから聞かないことにしようっと。
「それはともかく。今日はワンピース? 良く似合ってるわよ。可愛いじゃない!
そうそう、言うのが遅くなったわね。お疲れ様。リンは自分のしたいこと、最後までできたみたいね。良かったわ」
にっこり、優しく微笑むマドカさんに、わたしは感極まって、気が付いたらその逞しい胸に飛び込んでいた。そんなわたしを、マドカさんはぎゅっと包んでくれた。
安心感のある暖かさに、ほっとしたのも束の間。
「それにしてもまったく、こんな可愛い子がおめかしして待ってるってのに、それをほっぽって一体何してるのかしらねー。あのコ、ホント困ったもんよね」
上を向くと、いたずらっぽく笑うマドカさんの顔があった。
お読みいただきありがとうございます。次回が最終回です。
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