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白鷺の剣~ハクロノツルギ~  作者: 友崎沙咲
第二幕
6/14

別れ

◆◆◆◆◆◆

 

「明日からは刀作りに入らなきゃならない。一度仕事にかかるとかなり集中しなきゃならないから構ってやれない」


白鷺が朝御飯を食べながら私に視線を向けた。


「……そう……頑張ってね」


白鷺の元にはしょっちゅう手紙が届く。多分遠方の依頼人からの注文書なのだろう。それだけ白鷺の日本刀は人気だということだ。


「俺は……夜に鍛練するから、一緒にいてやれない」


白鷺は私が未だにこの世界の夜に慣れないのを心配しているのだ。

幕末と言えども、江戸時代の夜は驚くほどに暗い。

白鷺の家には行灯や蝋燭があるけど、それでも現代の暮らしに馴れきっている私には暗すぎて怖い。おまけに風が強い夜はガタガタと戸口が鳴る。その度にビクリとする私の手を、白鷺が静かに握ってくれていたのだ。


「……大丈夫だよ」


私は頷いた。

刀作りの邪魔までしたくなかったから、平気だと言うしかなかった。その時、ふと思った。宗太郎は?宗太郎なら、夜は仕事じゃなかったりして。

太刀とか普通の刀だったら二人で鍛練するかもだけど、小太刀とか脇差とか、短い物なら独りで叩くんじゃ?……明日宗太郎に聞いてみて、夜に仕事じゃないなら一緒に寝てもらおうかな。いや、決して変な意味じゃない。ただ、手が届く距離で並んで寝てほしいのだ。


以前の私なら赤の他人、しかも男と並んで寝るなんて不謹慎だと思っただろうけど、宗太郎や白鷺だからそんな風には思わない。むしろ、独りは絶対嫌だ。

白鷺の家は入り口から数メートルが全面土間で、私の太股の高さくらい上に床と畳に分かれている十六畳程の部屋がある。

セキュリティも二十一世紀とは比べ物にならないし、ガチで怖い。もうすぐ宗太郎がやってくるし、ダメ元で聞いてみよう。

私がそう思いながら床に直並べしたお漬物の器を見ていると、


「だから今日は……少し出掛けて見ないか?」

「えっ?」


白鷺は私を見ることなく続けた。


「買い足しておきたいものがある」

「……うん。……ご馳走さまでした」

「よう!」


ザルに食べ終えた器を入れて立ち上がったところで、宗太郎の声が部屋に響いた。


「あ、宗太郎、おはよ!」

「柚菜、今日も可愛いな」

「宗太郎も相変わらずカッコイイよ」

「なら……俺と所帯を持つか」

「私でいいの?」


宗太郎との冗談の掛け合いは面白い。

幕末の人間とでも、こんな風な会話ができると言う事実が私をリラックスさせてくれるのだ。

土間に降りた私に宗太郎が近付くと、クシャリと頭を撫でてくれた。


「少しは元気になったみたいだな」

「……うん、ありが……痛っ!!」


グイン!とのけ反りそうになって、私は思わず部屋の縁にドスンと座った。仰け反った拍子に私の髪を引っ張りながら冷たく見下ろす白鷺が視界に入り、ギクリとする。

白鷺は私の髪から手を離すとムッとしたまま口を開いた。


「器を洗ったら行くぞ。着替えろ」


言い終えるとツンと横を向く。また怒ってるよ……。

ニヤニヤ笑いながら私を見つめる宗太郎に小さく溜め息をついて見せてから、私は前の小川へと向かった。


◆◆◆◆◆◆


「じゃあな!酒とスルメを忘れんじゃねえぜ!」


刀作りの下準備があるからと宗太郎が留守番を買って出たから、私は頷きながら手を振って白鷺と砂利道を下った。

この時代の初夏の風は私の住んでいた時代より断然涼しい。

私は二十一世紀の、肌にまとわりつくような風を思い出しながら白鷺の後ろを歩いた。

その時、ふいに白鷺が立ち止まって私を振り返った。途端にバチッと眼が合う。

脇の木々から垂れ下がった枝の葉がやけに濃くて、白鷺の白っぽい着物を淡い緑に変えている。蝉に加え、名前の分からない虫達の声がやけにうるさい。


「早く来い」

「……うん」


私がぎこちなく返事をすると、白鷺は小さく溜め息をついた。


「……宗太郎との方が良かったか」

「……どうして?」


私が首を傾げて白鷺を見ると、


「別に」


白鷺は短くそう言うとクルリと背を向けた。怒られても仕方ない。だって白鷺一翔を奪われたんだもの、私のせいで。だったら、ストレートに責めて欲しい。


「白鷺」


私の声に白鷺が再び脚を止めて踵を返した。


「ごめん。本当にごめん。私のせいで刀を以蔵さんに奪われてしまって」


白鷺がホッと息をついた。


「もういいと言っただろう。それにあれはお前のせいじゃない」

「本当に刀の事、怒ってないの?」

「ああ」

「じゃあ、なんで不機嫌なの?」


白鷺がぎこちなく私から眼を反らした。


「不機嫌でもない」

「絶対なんかおかしいもん。いつもそうじゃん。私といる時はいつも機嫌が悪いじゃん」


胸が苦しくて、どうしていいのか分からない。


「何か思ってるなら正直に言ってよ」


本当は、迷惑がられている事くらい分かってる。けど、私には行くところがない。正直に言われたら出ていかなきゃならないし路頭に迷う。でもこれ以上迷惑はかけたくない。

ギュッと両手を胸の前で組んで、私は覚悟を決めた。


「思ってる事、隠さないでちゃんと言ってよ。私はその……ここでの暮らしに馴れてないけど、悪い所は直すから」


私がそう言うと、白鷺は黒い瞳で私をジッと見つめてゆっくりと手を伸ばした。

それから、少しだけ笑った。


「手を繋いでやるから早く来い」

「……うん……」


白鷺は私に、胸にある思いを打ち明ける気はないのだ。白鷺と私の間には、取り払われない壁があるのをヒシヒシと実感して寂しかった。


◆◆◆◆◆


思いの外、街は賑わっていた。

多分だけど休みながら二時間以上歩いて、白鷺と辿り着いたそこは私の住む二十一世紀の面影はなかった。

けれど私の生きていた時代よりも高い建物がなかったから、城が綺麗に見えた。

城の角度や見える大きさから、現在地の地名が大まかにだけど理解できる。ああ、昔の城はこんな感じなのか。私がいた世界よりは、男性的な感じがした。

きっと城の周辺には武家屋敷がズラリと並んでいるのだろう。

城が見えた瞬間、なんとも言えない気持ちが胸に込み上げる。


「柚菜?」

「はい」


けどそれを知られたくなくて、私はフワリと笑った。帰りたいかと訊かれるのが怖かったから。


「白鷺、何から買うの?」


私は自分が呼ばれたのに、先に質問をした。白鷺はそんな私を少し眉を上げて見ていたけど、


「先に茶屋に寄ろう。長く歩いて疲れただろう」


そう言って再び私の手を引いた。


◆◆◆◆◆


沢山の露店商や、品物を売り歩く人々を見るのは本当に楽しくて飽きなかった。


「俺は細々した物を買わなきゃならないから、柚菜はここで色んな店を見ていていい。あとで迎えに来る。欲しいものが見つかったら買ってやるから。あまり遠くへは行くなよ」


白鷺はそう言うと、私を置いて店がひしめく狭い通路へと消えていった。


◆◆◆◆◆


どれくらい経ったのかはわからないけれど、私は辺りの店を十分堪能した。たまにお店の人が、


「あんた、変わった髪をしてるねぇ!異人かい?」

「いいえ。これはね、染めているんですよ」

「へえ!洒落てるねえ!これ、持ってお行き」


女将さんはニコニコと笑うと、私に笹でくるんだお団子をくれた。


「ありがとう!今度必ず買いにきます!」

「待ってるよ」


私は女将さんに手を振ると、白鷺が向かった道の方をジッと見つめる。

背が高くて短髪の白鷺はよく目立つ。なんというか、あか抜けているから。でも……いない。どこなんだろう。

本当は一緒にお店を見て歩きたかったから、私は白鷺を探すことにした。……たしか白鷺はこっちの道へ入っていったよね。

狭い幅の道は人が溢れていたけれど、白鷺らしき人はいない。この道を抜けて別のところへいっちゃったのかも。私は踵を返すと元来た道へと帰った。

その時、目の前に白鷺が現れた。

見たところ一軒の民家のような戸口から、フラリと白鷺が出てきたのだ。綺麗な女性と。


「世話になったな」

「白鷺のためなら……無理もするわよ?だからまた来て。私が出向いてもいいわ」


心臓が掴み上げられたような気がした。

それから全身に冷水をかけ流されたように、身体が冷えていく感覚。

この人……あの人だ。白鷺に抱かれてた……あの女性だ。

すぐに背を向けて見てない振りでもすればよかったのに、私にはそれが出来なかった。

白鷺も女性もはまだ私に気づかない。

鼓動が早くなって苦しくて、周りを確認する余裕もなくて、私は勢いよく後ろから身体を押された。


「おっとごめんよ、お姉さん!」


慌てて立ち上がる私に、二人が気付いた。


「柚菜」

「あら……」


二人を見ることが出来ない。白鷺と女性が人並みを縫うようにして私のもとにやって来た。固い表情で眼を伏せた私を二人が見つめる。胸がグーッと圧迫される苦しさに、頬が歪んだ。


「あなたは確か……」


鮮やかな桔梗があしらわれた着物が、なんともよく似合っている。

爆乳美女が唇に笑みを浮かべたまま私の全身を舐めるように眺めた。値踏みするような、品定するような彼女の眼差し。

その後フッと笑みをこぼすと、なんと彼女は白鷺の首に腕を絡めて、彼の唇にキスをした。


グサリと胸に何かが刺さった。


「じゃあ……またね、白鷺」


嫌だ。もう嫌だ。

私はなにも言わずに身を翻すと、人の波を避けるようにしながら逃げ出した。

他の表現なんかない。

正真正銘、私は二人から逃げ出したのだ。逃げ出しながら、走りながら私は気付いた。私は白鷺を好きなんだって。ああ、だからこんなに胸が痛いんだ。

いつの間に好きになったのか、何がきっかけだったのかも分からない。

でも、好きになってたんだ。

あの綺麗な人はカッコイイ白鷺にピッタリだ。並んでいると二人は本当に素敵で、それが私とじゃない事実。

不意にあの日、布団の中で座って抱き合っていた二人を思い出した。

白鷺に揺さぶられて切なく眉を寄せ、彼にしがみついていた彼女。


「……っ……!!」


息と一緒に嗚咽が洩れ、涙が頬を伝って散った。

あの時になかった感情が、今はこんなにも心の中で根を張り枝葉を広げていたなんて。

もっともっと走りたいのに息が上がって走れなくなって、私は大きな樹木に両手をついて俯いた。

私、白鷺が好きなんだ。けれどそれは叶わない想いで、いつか私は現代に帰る。

乱れる息の中で私は涙を拭い、眼を閉じた。

落ち着こう。

幕末の人間じゃない私は、ここに住めない。白鷺とは結ばれない。

彼にはあんなに素敵な恋人がいるんだから。なら、今のうちに諦めなきゃ。

この想いを封印して、彼に好きだという素振りなど一切見せずにいよう。それが、一番正しい。

私は深呼吸して息を整えた。逃げてきちゃった言い訳を考えなきゃならない。

樹木に背を向けて辺りを見渡すと、遠くに私を探し回っている白鷺が見えた。

さあ、苦笑して、申し訳なさそうに笑って……。


「白鷺!」


私は白鷺に向かって駆け出した。


◆◆◆◆◆


その日の夜。


「うまー!」

「良かった!宗太郎は美味しそうに物を食べるね!」


宗太郎は満面の笑みで私を見た。


「柚菜がよそってくれた飯だし、柚菜が注いでくれた酒だぜ?美味いにきまってる」


白鷺の家で私達三人はささやかな飲み会を開いていた。

明日からは刀作りにはいるから二人とも気が抜けないし、忙しくなる。

白鷺は私に視線を合わせることなく、静かに飲んでいる。私も白鷺の顔を見ることはなかった。てゆうか、見れない。


「ところでお前ら、喧嘩でもしたのか?」


酒を注ぐ白鷺の手が僅かに止まる。私は焦って口を開いた。


「喧嘩?!喧嘩なんかするわけないじゃん。違うの。あのね、私具合が悪くなっちゃって、それだけ」


……小学生か、私!けど、うまい言い訳なんてまるで思い浮かばないんだもの。


「そ、そんな事よりさ、宗太郎。明日の夜中も仕事?もしそうじゃないなら、一緒に寝て!」


白鷺が私を見たのが分かった。コロンと宗太郎が盃を手から取り落とした。口も思いきりポカンと開いている。


「あ」


私は咳払いをすると宗太郎の手に盃を持たせて酒を注いだ。


「あのね宗太郎、変な意味じゃなくて……」


宗太郎が甘い光を瞳に宿しながら私を見てニヤッと笑った。


「やっと俺の魅力に気付いたか。いいぜ、ゆっくりと可愛がってやる」


私は慌てて首を横に振った。


「ばかっ!いやらしい事がしたいんじゃなくてその、」


宗太郎はこちらに身を乗り出すと、グイッと私の肩を抱いた。


「俺が添い寝して、その気にならない女なんていないぜ?」


間近に宗太郎の逞しい身体を感じて、私はカアッと顔が熱くなって狼狽えた。


「もうっ、宗太郎ったら!そうじゃなくて、」


するとその時、白鷺が静かに口を開いた。


「宗太郎、柚菜をからかうな。お前に比べたらまだ子供みたいなものだ」

「こんなにソソる子供がいるかよ」


思わず眼をあげると、私を見つめる白鷺と眼が合う。

涼やかな眼と通った鼻筋、綺麗な唇。この全部があの人のものなのだ。

なのに私……。

ズルい。ズルいよ白鷺。なんであの日、私にキスなんかしたの。白鷺にしたら魔が差したのかもしれないけど、私は……!

私は白鷺に見付からないようにギュッと奥歯を噛み締めてから宗太郎を見た。


「宗太郎、私、離婚しちゃったし恋人もいないの。だから、別に宗太郎さえいいなら、」

「いい加減にしろ」 


白鷺が、静かだけど響く声で短く言うと私を見つめた。


「白鷺は洒落が分かんねぇ男だせ」


宗太郎はそう言って笑うと盃をあおった。


◆◆◆◆


散々飲んだくれた宗太郎は、その場に仰向けに寝転ぶとガーガーと眠ってしまった。


「器は明日洗えばいい」


片付けを始めた私に白鷺が声をかけた。


「ん。じゃあ……もう寝るね」


器をざるに入れてまとめると、私は白鷺を振り返った。


「…………」

「…………」


き、気まずっ!ダメだ、胸が苦しすぎる。


「宗太郎、ちゃんと布団に……」


この雰囲気を変えたくて、私は床に膝をついて宗太郎を覗き込んだ。


「きゃあっ」


その途端、完全に泥酔状態の彼は私の首に腕を回して引き寄せた。

あれよあれよという間に、そのままゴロンと倒されて、私は宗太郎の抱き枕と化した。

こ、こいつはぁっ。

ガタイのいい宗太郎は当然重い。


「こ、こらっ、宗太郎っ……」


私がもがいていると上から溜め息が聞こえ、急に身体がフワリと浮いた。


「……っ、」


白鷺が私に絡まった宗太郎の腕を解き、引っ張りあげてくれたのだ。

けれどその後も何故か白鷺の固い胸に頬が密着したままで、私はそれが不思議だった。


「あれ、ごめん白鷺、ん?ちょっと、」


自分が独りで立っているのか、白鷺に寄り掛かってるのかが分からない。


「なぜ謝る?」


いつもより少し多めの蝋燭のせいで部屋自体がオレンジ色で、何だか綺麗だった。

そんな中で白鷺が私を見下ろした。

綺麗な瞳が間近にあって、次第に心臓がバクバクと煩く響きだす。


「もたれかかっちゃって……ごめん、また怒られると思って、その……」


私がそう言うと、白鷺が小さく息をついた。


「宗太郎と寝るな」

「……へ?」


いや、聞き違いかと思って。


「添い寝も、肌を許すのもダメだ」


白鷺を見上げて、私はコクンと喉を鳴らした。

どうやら聞き間違いではないらしい。

何も言わない私に、白鷺はイラついたように眉を寄せると両目を細めた。


「聞いてるのか」


なんで白鷺がこんなことを言うのかまるで分からない。

今の言葉は何?私が……好きとか……?いや違う、そんなわけない。だって白鷺にはあの人がいるもの。


「どうして?白鷺には関係ないじゃん」


理由を知りたかった。


「柚菜」


質問をした私を、白鷺が睨んだ。その瞳が私を疎ましいと告げているようで、私はこれまでの白鷺との出来事を思い返した。

剣は作ってもらえない。働かせてももらえない。

『白鷺一翔』は奪われてしまったし、暗い夜、独りで寝なきゃならない。それに二十一世紀には帰れないし、おまけに好きになった白鷺には嫌われてる。

私は息をついて身体の力を抜いた。……私には……なにもない。どうすることも出来ないのだ。

ポロリと涙がこぼれた。


「嫌いなら……そう言ってよ」

「柚、」


私は涙を止める事が出来なかった。


「私が嫌ならそう言ってよっ!そしたら剣はもう頼まないし、ここからも出ていくよっ!白鷺はずるいよっ!なんでキスしたの!?白鷺なんか大嫌いだよっ!」

「……柚菜」

「白鷺っ……」


眉根を寄せてギュッと眼を閉じると、白鷺は私を抱き締めて囁くように言った。


「嫌いなわけないだろう。俺は……」


白鷺の腕の中で私は次の言葉を待ったけれど、彼はそれ以上続きを言わなかった。

心臓がザクザク切られるように傷付いた感覚がするのに、何だか暖かい場所にいるみたいな心地よさと強い切なさが私を襲う。

嫌いじゃないの……?

本当……?

なら、白鷺。もういい。

嫌われてないならそれでいいよ。

だって私は白鷺が好きだから。

やがて白鷺が私から離れると数歩歩き、神棚へと手を伸ばした。


「……柚菜、これを」


嘘。

私は眼を見開いて、白鷺が手にした剣を見つめた。

これって、これって……!

声の震えを止める事が出来なかった。


「白、鷺、どうして」


信じられない思いで白鷺を見上げていると、彼は苦しげに笑った。


「柚菜が寝てる間に」


動揺しているせいなのか、いまいち状況が理解できない。

なんで?!なんで白鷺は剣を?!

あんなに頼んでも作ろうとしてくれなかったのに。


「……どうして……あんなに嫌がってたのに……それに私、お金が払えない」


白鷺の刀はとても高価だって……。


「金なら要らない。夜が明けたら剣を持ってもとの世界へ帰るんだ」


白鷺はそう言うと、私から視線をそらして横を向いた。

この世界へ飛ばされた直後の私なら、泣いて喜んでいただろう。

けど、今の私は……!


「白鷺、私がいない方がいいの?だから作ろうと思ったの?」

「…………」


白鷺は眉を寄せて瞳を伏せたまま押し黙っている。


「白鷺」

「夜が明けたら、さよならだ」


白鷺はそう言うと、踵を返して私に背を向けた。

蝋燭の炎が均整のとれた白鷺の身体を柔らかく照らしていて、私はその美しい姿を茫然と眺めた。

白鷺、白鷺。

白鷺の背中がグニャリと歪む。仕方がないよね、だって私は……。

私は大きく息を吸い込むと決心を固めて口を開いた。


「さよなら白鷺……大好きだったよ、いつの間にか」


眼の端に、白鷺が振り返るのが見えた気がした。

けれど私は身を翻して土間に飛び降りると、入り口の引き戸を開けて外に飛び出した。

こんな気持ちのまま明日の朝なんて迎えられない。

こんな気持ちのまま白鷺の傍にいられない。

ミカヅチ……!!ミカヅチ!!

私は剣を強く握りしめて、空を仰いだ。


「ミカヅチ!!」


その時、涙で滲んだ大きな銀色の月が剣にキラリと反射した。


「きゃあああ!」

「柚菜っ!」


白鷺に呼ばれた気がしたけど剣から放たれた月色の光に私の全身は包み込まれ、直後に物凄い風が巻き起こったために私は白鷺に返事をすることが出来なかった。

激しい光と風に包まれているうちに、意識が薄れる。強烈な眠気に耐えることが出来ない。ああ、私……多分帰るんだ、元の世界に。

白鷺、白鷺……。

薄れゆく意識の中で、私は白鷺を思い続けた。

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