このままでいいのか
◆◆◆◆◆
「おい、いつまで寝てんだよ。起きろ」
「いっ……」
眉間にカツン!と固い物が当たり、私は眉を寄せるとうっすらと眼を開けた。
見ると、至近距離からこちらを覗き込む建御雷神が、剣の柄を再び私の額に打ち付けようとしているところだった。
「ミカヅチのバカッ!!死ねっ!」
「痛っ!!」
私は構わず、ミカヅチの顔面に再びビンタをしてやろうと右手を振り上げた。しかしあっけなくその手首を掴まれ、私はミカヅチを睨み上げた。
「なんだよ、キレてんじゃねえよ」
ミカヅチの背景は見慣れた空間で、私はすぐに現在に戻ってきたことを理解した。
「さすがは白鷺だぜ」
ミカヅチの手には私が持ち帰った剣が握られていて、
「でかしたな、柚菜」
なにが、『でかしたな』だ。
私はムカつきながらも、白鷺が作ってくれた剣をマジマジと見つめた。
あの時は部屋が暗かったし別れが悲しかったしで、まだじっくり見ていなかったのだ。
これって……!明らかに鋳造じゃない。この剣は……鍛練してある。けど日本刀みたいに反りはなく、片刃じゃない。
剣の製法に多い鋳造品じゃなく、日本刀と同じような作り方だと思われるのに直刀で反りがなく両刃。焼きも入ってるし刃も先だけじゃなく全体に入っている。素晴らしいとしか言いようがなかった。
「これであの神社に住まなくてよくなるぜ。おいお前、明日ジジイとあの破戒僧んとこ行って来い」
「なんでよっ!しかも六道さんは、宮司!」
「白鷺の剣を奉納して、俺の剣にかけられた封印解くんだよ」
私は箱からミカヅチの剣を取り出し、白鷺の作ってくれた剣と見比べた。
「白鷺の作った剣があまりにも立派すぎて、ミカヅチの剣じゃないってすぐにバレるんじゃないの?」
瞬間、ミカヅチが私の頭をパシッとはたいた。
「痛いじゃん!」
「無礼なブスだなお前はっ!……お前は白鷺に剣を作らせた当人だからそう思うだろうが、ジジイも六道もまさかこんなにすげえ剣が何本もあると思うわけねーだろ。俺の名が刻んである剣が別物だなんて考えねえよ」
そうだろうか……。
私はミカヅチに手を伸ばし、白鷺の剣を受け取るとジッと見つめた。
明日になったらこの、白鷺の剣とも別れなきゃならないんだ。
白鷺……。
ポロリと涙が頬を伝うと、私は堪えきれなくなって俯いた。切なくて、胸が痛くて、どうしようもない。
「なんだよ……一体どうし……」
ミカヅチは私に問いかけたけれど、白鷺の剣を胸に抱いて泣く私を見て唇を引き結んだ。
白鷺にもう会えない。彼が一振りしてくれたこの剣とも、明日でお別れだ。
明日になれば私と白鷺が過ごした日々の証も、私の手から離れてしまうのだ。あんなに帰りたかった二十一世紀なのに、私は胸が苦しくて喜ぶことが出来なかった。
白鷺に会いたい。もう一度、顔が見たい。
「お前もしかして……白鷺が好きなのか」
押し黙っていたミカヅチが、静かに口を開いた。
「……うん……」
彼はポロポロとこぼれる私の涙を暫く見ていたが、やがて溜め息をついて私に手を伸ばした。
大きな親指で私の頬を拭うと、
「困ったヤツだな、お前は。なんでそーなるんだよ」
煩そうに長い前髪をガシガシとかき上げると、ミカヅチが黒曜石のような瞳で私を覗き込んだ。
「説明しろ」
面倒臭そうな口調とは裏腹に、その瞳は柔らかくて優しい。
私は少しだけ息をつと、ポツリポツリと話し出した。白鷺と過ごした日々を思い返しながら。
◆◆◆◆◆
「ふーん」
幕末に飛ばされてからの日々を詳しく話し終えた私を一瞥しながら、ミカヅチは腕を組むとバキバキと首を鳴らした。
そんなダルそうなミカヅチを私はジト眼で見上げた。
「なにその態度。大体ミカヅチのせいじゃん!」
私がそう言うとミカヅチはハハンと鼻で笑い、横を向いた。
「惚れたお前が悪い」
うっ!
ズキンと胸が疼いた。
「だって……」
「ああ!もう泣くなっ!」
刀部屋に私のすすり泣く声が響く。
「とにかく明日、お前は白鷺の剣を六道の神社へ奉納してこい。話はそれからだ」
私はズルズルと鼻をすすると頷いた。それしかすることが出来なかったから。
◆◆◆◆
不思議な事に、あれだけの日数を幕末で過ごしていたのにも関わらず翌日とは、あのミカヅチと初めて出逢った日の翌日だった。
……厳密に言えば午前零時を回っていたから、同じ日だけど。
「ちょうどええわ。さっきな、グランドゴルフの練習の時にな、六さんと約束してきたんや。あの箱の剣を奉納するから柚菜もきい」
なんとグッドなタイミングなんだ。
「うん」
私は意気揚々と身支度を整えるとお祖父ちゃんと家を出て六道さんの神社へと向かった。
昼前だった。
◆◆◆◆◆◆
「よう来たな、柚菜ちゃん!上がり上がり!」
鳥居をくぐる前に一礼していた私とお祖父ちゃんを見付けた六道さんは、大きな身体を揺らして小走りで近付いてきた。
「早よ入り!本殿へGOやで!」
……GOって……。
白い紋の入った、これまた神々しく白光りした袴を着た六道さんは物凄いオーラがあって、『本殿へGOやで!』を突っ込む勇気が私にはなかった。
後で聞いたところによると六道さんは宮司の中でも最高位とされる宮司さんの一人だそうな。
だから剣の箱を開けた時、一瞬眉を寄せたのかも知れない。
「これ……えらいハイレベルやな!前見たヤツと一緒か?!前見た時はもっとショボかったけど剣の中に、凄まじい力がこもってたように感じたけどなあ。今はそんなもんが微塵もないわ。その代わり、技術及び芸術的な観点からするとピカ一やな!」
さ、さすが六道さん!
そりゃ前に見た剣は正真正銘、本当の建御雷神が作った剣だもの。
私は冷や汗の出る思いで六道さんと白鷺の剣を交互に見つめた。
「写メするわ、六さん!なんやほんま、前見たよりずっとええヤツに見えるわ!あれ、前はたしか鋳造や思たのに……見てみ六さん、鍛練してあるで!」
「鋼を鋳造するゆーのは昔ではあり得んから見間違いやないか?」
もうこの会話、いつまで続くのーっ!
……早く祈祷して本物のミカヅチの剣の封印解いてよーっ!
はやる気持ちを押さえながら私は、
「御祈祷が済んで無事奉納が終わったら呼んで。私、神社の中を探索してるから」
そう言って私は二人から離れると、社務所へと歩を進めた。
◆◆◆◆◆◆
夕方。
私が泊まっている実家の部屋で、レースのカーテンから射し込む西陽を身体に受けながら、ミカヅチが文句を言った。
「おせーんだよっ!」
「そんなのあの二人に言ってよっ!」
私だってグッタリだ。祈祷が始まるまでが、長かったのなんのって!
お祖父ちゃんと六さんじゃなけりゃひっぱたいてるかも知れないわ。いや、嘘だけど。
「まあ、いい。これで自由に動けるぜ」
ミカヅチはニヤリと不敵な笑みを浮かべて私を斜めから見下ろすと、バキバキと首を鳴らした。
美しいミカヅチの顔が生き生きと輝いている。
「良かったわね、感謝してよね」
私が見上げると、彼はフッと笑った。
「ああ、感謝してるぜ」
「じゃあね」
「おい待てよ、愛想のねぇ女だな」
「ひとりになりたいの」
私はポツンと呟くと、部屋から出ようとした。
「待てって」
「なに?」
「お前、俺が言った言葉忘れたのかよ」
「は?」
何だっけ。眉を寄せて狭い空間を凝視してみるも、全然思い出せない。
そんな私を見てミカヅチは盛大にため息をついた。
「言っただろ、それなりの礼はすると」
ああ……そう言えば。
「別にいいよ。欲しいものなんかないし」
そうだ。何もない。帰りたかった二十一世紀に戻れたのに、白鷺がいない世界なんて嬉しくもなんともないのだから。
「アホかお前は」
ミカヅチが、イラついたように私を睨んだ。
それから、低い声で私に問う。
「このままでいいのか」
「……え?」
声が掠れた。
「もう会えなくていいのか?白鷺に。惚れちまったんだろーが」
ギュッと胸が軋んだ。それって……。
「ミ、カヅチ……」
白鷺の広い肩幅や、端正な顔を思い出すと切なくて苦しくて、私は口を開けて震える吐息を漏らした。込み上げる涙を堪えることが出来ない。
そんな私を、ミカヅチは至近距離から見つめた。
「連れてってやってもいいぜ。六道の封印が解けた俺は無敵だからな」
私の返事はとっくに決まっていた。白鷺に……白鷺にもう一度会いたい。
「連れていって、ミカヅチ」
「バカだな、お前は」
本当にバカだ、私は。ここにいたら進んだ文明や美味しい料理が味わえるのに。なのにそれよりも白鷺に会いたい。たとえ叶わない思いでも。
「連れていっ、」
そう言いかけて、私は口をつぐんだ。そうだ……私、大変な事を忘れていた。岡田以蔵に……白鷺のひと振りを奪われてしまったんだった。
以蔵さんに返してもらわなきゃならない、『白鷺一翔』を。
だって白鷺一翔は妖刀で、人を斬る度にその血を吸って更に妖気を増すって……。
白鷺は言ってた。
『白鷺一翔は、俺の生み出した化け物だ。多分俺は……己の作る刀で死ぬんだろな』って。
次に以蔵さんの言葉が蘇った。
『白鷺一翔こそ、人斬りの俺に相応しい刀だ』
人斬りが妖刀を……。
私は大きく息を吸い込むと眼を閉じて深呼吸し、それからミカヅチを見上げた。
「ミカヅチ、私を岡田以蔵の所へ連れていって」
「はあ?!」
「だから、あの幕末のあの時間の、岡田以蔵の所へ!私は白鷺の刀を取り返さなきゃならない!」
ミカヅチが眉を寄せた。
「お前本気かよ?!俺の力を無駄遣いすんな!本当は神々の理として、人の運命に関わっちゃいけない決まりなんだ。だから俺がお前にしてやれる事は限られてる。決まりを破ると神の座を追われかねないからな。それに次に白鷺のもとへ送ってやれるかは分かんねーんだぞ。ましてやお前の命の保証なんかもっと出来ねぇ!」
私は笑った。
「分かってるよ、ミカヅチ。私は貴方に守ってもらおうなんて思ってない。その後はなにもしなくていいよ。私はあの時の岡田以蔵さんに会わなきゃならないんだ」
ミカヅチは心配そうに私を見た。
「お前が最後に過ごしたあの日にしか戻せねえぜ?まあ、多少の誤差は生まれるが……出来るだけ岡田以蔵の近くに送ってやる」
漆黒の瞳を見つめて私は頷いた。
「うん、お願い」
ミカヅチが諦めたように頷いたのは覚えている。
けれど再び剣を背中に押し付けられて、私の意識は闇へと消えていった。




