生き霊の正体
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翌日。
白鷺の普段とまるで変わらない様子とは対照的に、私はソワソワと落ち着きがなかった。
白鷺が生き霊の正体を知ってるって……。生き霊は誰?白鷺はどうしてなにもしないの?胸の中がモヤモヤして、朝御飯なんて喉を通らない。
するとお箸を手にして視線をさ迷わせる私を不審に思ったのか、白鷺が食事をする手を止め、涼やかな眼でこちらを見つめた。
「どうした?具合でも悪いのか」
その声にギクリとして思わずガチャンと器を鳴らしてしまい、私は焦って口を開いた。
「……別に。少し気分が悪いだけ。……ご馳走さま」
独りになってゆっくり考えたくて、私は器を持って立ち上がると部屋から出た。…誰なんだろう、生き霊は。
私は家から数メートル先の小さな川の前にしゃがむと、水面を見つめながら考え込んだ。
好きになった欲目を差し引いても、白鷺はとてもかっこいい。顔も整っているし、スタイルだっていい。
いつか二人で町へ行った時だって、何人もの女性が眼をハートにして白鷺を見ていたもの。
……過去に付き合っていた人だろうか。それとも、通りすがりに一目惚れした女性?一体、生き霊になっているのは誰なの?!
知りたい。けど、知るには白鷺に直接訊かなきゃならない。
……白鷺はきっと教えてくれないだろう。でもこのままでは、いつか白鷺は生き霊に殺されてしまうかもしれない。そんなの嫌だ。そんなこと、許せない。
「柚菜」
その時後ろから低い白鷺の声がした。ドキンと心臓が脈打つ。白鷺が好き。この人を守りたい。
意を決して立ち上がると、私は白鷺を振り返った。
「……白鷺、話があるの」
「……どうした?」
心配そうに僅かに眉を寄せた白鷺を見上げて、私は着物の袖から懐剣を取り出した。その懐剣を見た途端白鷺が息を飲むのが分かり、私は弥一さんの言葉を実感した。やっぱり白鷺は知っているんだ、生き霊の正体を。
「これ、白鷺が一振りしたのよね。……持ち主は誰?」
眼を見開いて私を見た白鷺の顔が、みるみる苦痛に歪む。
「答えて、白鷺」
「柚菜……」
苦し気に私から顔を背けた白鷺に一歩近付いて、私は再び彼に問いかけた。
「白鷺、答えて」
その時、
「それは私の物よ」
少し離れたところから凛とした声が響き、私は心臓を掴み上げられたような衝撃を覚えた。
「雅……」
先に白鷺が声のした方を見て呟き、私はそんな白鷺の横顔を見つめたままコクンと喉を鳴らした。
雅さんが生き霊の正体なの?!彼女が生き霊……!?
何故?!
頭が混乱し、身体までもがいうことをきかない。
「お嬢さん」
澄んだ声で雅さんが私に話しかけた。控えめな草履の音が私のすぐ横で止まる。
「探していたの。きっとこの間、白鷺に会いに来た時に忘れて帰ったんだわ」
雅さんはそう言うと、スッと私に手を伸ばした。
「ありがとう」
差し出したままだった懐剣をそっと手に取って胸元にしまうと、雅さんは白鷺を見上げて甘く笑った。
「白鷺、部屋に行きましょう」
「雅、俺は……」
グッと眉を寄せて突っ立ったまま動かない白鷺の胸に、雅さんが頬を寄せた。
「会いたくて来たのよ……抱いて、白鷺」
ガツンと殴られたような感じがして、私はクラリとよろけた。胸がえぐられるように痛い。
雅さんは恋してやまないといった表情で白鷺を見つめていたけど、白鷺は彼女とは対照的な顔をして、血を吐くように言葉を発した。
「雅、それは出来ない。俺はもう」
白鷺がそう言いかけたとき、雅さんが唇を引き結んで白鷺の胸元をキュッと掴んだ。
その顔には先ほどの甘さはなく、僅かに何か別の感情が浮かんだように見えた。
なんだろう、この瞳の光は。苛立ちにも見えるし、焦っているようにも感じる。
その時、ふと雅さんが私を見た。
異様に光る瞳は何だかひんやりとした空気のようで、私は思わず眼を見張った。
「お嬢さんは……確か何度かお見かけしたわね?あなたは……白鷺とはどういう」
「雅」
白鷺が身体の向きを変えて、私と雅さんの間に肩を割り込ませた。
「部屋へ行こう、雅」
「白鷺……嬉しい」
ドクドクと鼓動が耳元で響き、窒息しそうな程苦しい。
彼女を抱く気なの、白鷺。嫌だ……嫌だよ白鷺。
白鷺の顔を見て私は悟った。白鷺は望んでいない。本当に彼女を愛しているなら、そんな苦痛に満ちた顔なんてしない筈だ。
こんなの間違ってる。間違ってるよ、白鷺!
私に背を向けた白鷺の身体に、雅さんがしなだれかかった。
「白鷺っ!」
涙声になりながら、私は白鷺を呼んだ。
「白鷺!」
ゆっくりと白鷺は足を止めたけど、私を振り返ろうとはしなかった。
「柚菜……宗太郎に言伝てを頼む。今日は来なくていいと」
グッと喉の奥が重くなって痛かった。止められなかった、白鷺を。
絶望に押し潰されそうになり、私はこの場にいるのに耐えきれず身を翻すと駆け出した。
白鷺は雅さんを抱くんだ。そこに愛がなかったとしても、今から彼女の頼みを叶えるのだ。
グシャグシャと胸を潰されるような痛みに、頬が歪む。
沸き上がる涙のせいで砂利道がぼやけ、私は派手に転倒した。
唇が痺れて口の中でジャリッと嫌な感覚がしたけど、そんな事はどうでもよかった。
「白鷺……っ、白鷺」
届かないと分かっていながら、私は白鷺を呼ばずにはいられなかった。
心が痛くて苦しくて、身体が裂けてしまいそうだった。
白鷺は何を秘めているの?どうして雅さんは生き霊になって白鷺を苦しめるの?こんな頼りない私は白鷺を救えるの?
これから先が怖くて不安で、私は声をあげて泣き続けた。




