15.禁句
勢いよく閉じられた扉。びりびりと空気を震わせてミーティアの身をすくませる。
マルキリスはそれらを困ったような顔で眺めてから、萎縮したままのミーティアをなだめるように背中を軽くたたいた。
「大丈夫か、ミーティアちゃん。あいつにとっては禁句だったってだけのことだから気にしなくてもいいぞ」
「禁句……ですか?」
「まあ一種のトラウマってやつだな」
トラウマ、とミーティアが声に出さずに口の動きだけでつぶやく。
「ようするに、だ。ヴォルの名前なんだが、なぜ火山なんて名前だと思う?」
火山といわれてふとミーティアが思い浮かべたのは、ヴォルケイノーに生まれた時期を聞かれたときのことだ。ミーティアは噴火の後に生まれたが、ヴォルケイノーは噴火の直前に生まれたということだった。
まさかこんなことがと思いながらマルキリスに確認したが、あっさりとうなずかれてしまった。
「そう。あいつが生まれた直後に火山が噴火したからだ。ただそれだけでヴォルは悪魔の子だと言われて、火山の噴火もあいつのせいにされた。しかもヴォルには膨大な魔力がある。そこでヴォルこそが魔王だと言わ……」
マルキリスがそう言ったところで突然テーブルの中央に設置してあった声を届けるためのマイクが爆発でもしたかのように砕け散ったのだ。
悲鳴をあげて頭を抱え込みながら椅子から転げ落ちるようにして床にしゃがみこむミーティア。
マルキリスとリベルトはあきれた眼差しで粉々になったマイクの残骸を見つめていた。
ミーティアはそっと顔をあげる。ゆっくりとあたりを見まわしてマルキリスとリベルトが落ち着いている様子を確認してからおもむろに立ち上がった。
「なにが起きたんですか?」
「……話の内容が内容だから一応音が飛ばないようにマイクにかかっていた術を無力化してたはずなんだが、それでもヴォルのやつが嗅ぎつけて腹いせに破壊したみたいだな」
「そこまで……ですか?」
それほどまでに『魔王』と呼ばれることが嫌なのかとミーティアが改めて確認すれば、マルキリスとリベルトは同時にうなずいた。
「ああ。ここまでするほどに、ってことだ。だからミーティアちゃんも今度からはあいつに対してあの単語を絶対口にしないようにしろよー。たとえ冗談や揶揄であってもこれに関してはあいつは情け容赦なく反撃してくるからなー」
命は惜しいだろうとしみじみとした口調で言われては、ミーティアとて絶対口にしないようにしようと心に刻み込むしかない。
ギュッと両の拳を握りしめるようにして力強くうなずいたミーティアに対して、マルキリスとリベルトは見慣れぬものを見たといった感じでわずかに目を見開いたまま数度瞬きをしたあとで軽く微笑んだ。
テーブルの上に散らかったマイクの残骸をリベルトが片づけているあいだに、マルキリスがミーティアの椅子を戻して彼女を座らせた。
ミーティアとリベルト用のお茶とマルキリス用のウオッカが再びテーブルの上に用意され、一同はいったんのどを潤す。そうしてまた話し合いへと戻っていった。
「さてそれじゃ話を続けるぞ」
そうマルキリスが切り出して話し始めたのはヴォルケイノーのことだった。
「つまりな、そうした理由からヴォルは両親を含めて村のものたちに嫌われてずっと暴力を受けていたんだよ。で、それを見かねた俺があいつをさらって逃げて、行き倒れかけていたところをリベルトに拾われたというわけ」
さらっと言われたが、かなり大変なことだったのではないだろうか。しかも。
「あのー、ルキさん。それはルキさんとヴォルがいくつの時の話ですか?」
「ヴォルが赤ん坊のころの話だから、俺が七歳だったかな」
思ったとおりマルキリスはフルカルスと同じ年だったようだ。それはさておき。
「赤ちゃんの頃だったら、魔、あ、いえ、えっと、周りの人にそんなふうに言われていたことなんてわからないんじゃ……」
ふつうは赤子のころの記憶などない。もちろんミーティアとて覚えていない。しかも言葉すらわからない。赤子の時にすでに村を出ていたのであれば耳にすることもなかったのではないだろうか。
「あいつな……全部覚えているんだよ」
「全部って……赤ちゃんの頃のこともですか?」
「そう、全部。周りの人間があいつに対して口々に罵りの言葉を吐き出していたんだが、それを覚えているんだよ。もちろん一語一句ってわけじゃないんだが。たとえばこうやって話していることのおおよその内容はミーティアちゃんだって覚えられてもすべてそのままってわけじゃないだろう? そんな感じで丸ごとじゃないにしてもどんなことを言われているかは理解していたし記憶にも残っているっていうんだよ」
「だから『トラウマ』ですか?」
「そういうこと。町のはずれにこぶのようにくっついていた村だったから余計に人目を気にしたりもしていたな……」
マルキリスは一瞬だけどこか遠い目をした。
けれどすぐに黒い瞳に現実を映してミーティアに向けられる。
「ヴォルにはミーティアちゃんのような神託はなかった。だがヴォルも予言の勇者の条件にあてはまっているんだ」
思いもよらない告白にミーティアは一瞬息を止める。再び呼吸が戻ると今度は混乱する思考のままに瞳がせわしなく動き回る。
そんなミーティアの目の前でマルキリスがパンっと両手を打ち鳴らした。その瞬間ミーティアの視線はマルキリスの手に向けられて停まり、やがてゆるゆると視線が持ち上がってマルキリスの瞳を捉えた。
「落ち着いた?」
こくりと小さくうなずいたミーティアの頭をゆっくりと撫でたマルキリスは首をかしげた。
「まあ混乱するのもわからなくもないけどとりあえず最後まで聞こうな」
今度はポンポンと軽く頭を叩いてから去っていった手の持ち主は、ここで話をやめるという選択肢は与えるつもりは無いようだった。どうあっても最後まで聞かない限りは解放してもらえないらしい。ミーティアは数度深呼吸をして改めて覚悟を決めた。
「取り乱したりしてごめんなさい。続きをお願いします」
マルキリスは笑顔で応えた。
「予言書に書かれていた内容だが」
そうしてようやく話は『復元された予言書』へとつながっていった。
唯一勇者の登場についての記載があった『復元された予言書』。そこに書かれていた内容とは、
『最後の村の最後の子供が勇者となって魔王を倒す刃の一つとなるだろう』
ただそれだけ。
最後の村とはどこで、最後の子供が誰なのかはわからない。
もっと言えば『最後の村』という名前の村で最後に生まれた子供なのかもしれないし、はたまた世界で最後に残った村で生まれた最後の子供なのかもしれない。
「こうやって読み取れるすべての可能性を引き出していけば、勇者候補は数人いるということになる。フルカルスは占いが得意だったんだが、あいつが占った勇者が現れるという日時と場所にヴォルが向かったところミーティアちゃんが現れたというわけだ」
「じゃあ……」
やはりミーティアが勇者ということは事実で魔王を退治に向かわなくてはならないのか。ミーティアは退路を断たれたような気持ちになって胸元をぎゅっと掴んだ。