14.復元された予言書
ミーティアはもう二度とヴォルケイノーに親切心なんか起こすものかと誓って先を促した。
「だったら話を続けましょ。ルキさんが言った『あれ』とやらをさっさと出してちょうだい」
半眼でヴォルケイノーを見返したミーティアを、ヴォルケイノーも同じように冷ややかな眼差しで見返しつつも軽く鼻で笑ってあしらった。
ミーティアがなにかを言う前にヴォルケイノーの腕が上がる。
なにもない空間にただ四角い線を引くようにヴォルケイノーの指先が動く。
小さく口の中で呪文を唱えたようだがミーティアにはなにを言っているのか全く聞き取れなかった。
ただヴォルケイノーが口を閉ざすと同時にその縁取りをしたところにピッタリとはまる本がそこに出現していた。
ミーティアがぽかんと口を開いて見つめる先で、ヴォルケイノーはその本を掴む。ちゃんと実体として表れているようだった。
「それは……」
ミーティアのつぶやきが聞こえたからかどうなのか。ヴォルケイノーは本を頭の高さに掲げるようにして表紙をミーティアへと向けた。そして。
「これは『復元された予言書』と呼ばれているものだが、その名に聞き覚えは?」
そんなものは見たことも聞いたこともなかったためミーティアは首を横に振ると、すでに答えがわかっていたらしくヴォルケイノーは相槌を打つように一つうなずいた。
「だろうな」
その言い草にカチンときたミーティアだったがここは話を進めることを優先した。同い年だというのに今必要とされていることを見極めて淡々と話すヴォルケイノーに負けたくないというだけの理由でしかなかったが。
「それで。その予言書にはどんなことが書かれていたの?」
「世界の終焉についてだ」
「世界の終焉?」
「そうだ。どうやって世界が滅んでいくのか、どんなふうに人間が減っていくのか、いつ終焉を迎えるのか。そういったことが書かれている。で、だ。この予言書によれば今年初めの人口は百四十四万一人。この半端な一人ってのが最後の勇者――つまりはミアのことだ」
わずかに残された歴史書によれば、多いときには七十億もの人間が住んでいたといわれるこの地上。今はたったそれだけの人口しか生き残っていない。
プレーリーのように食料が自給できる地域で生活している定住者がおよそ三割。教会に身を寄せている信者たちが二割弱。残りが世界を放浪している旅人たち。それが今現在地上で生活している人間、百四十四万一人の内訳。
そしてこの百四十四万一人も世界が終焉をむかえるころには一割にあたる十四万四千人となっていることだろう。
「そう……書かれているの? 居場所や立場に……最後まで生き残る人間の数まで?」
「そうだ」
「それを予言したのは誰?」
「さあな。署名すらないからわからない。筆跡からも手がかりは見つかっていない。まったく状況がつかめないから、もしかしたら人間以外の生き物が書いたものかもしれないとまで言われている」
ミーティアは目を見開いた。
「誰が書いたのかもわからないような得体のしれないものを信用しているの?」
仮に著者が判明したからといってそれが信用に繋がるわけではないが、それでも人外の存在が作成したものよりはまだましだろうと思ったミーティアだった。むしろヴォルケイノーこそそう言って一顧だにしないで即座に切り捨てそうなものだ。
だがミーティアの予想に反してヴォルケイノーはこの予言書を支持している。それはなぜなのか。
「理由は予言の内容が今まで一度も外れたことがないから。予言書としては『一度も外れたことがない』というのがなにより重要だろう」
言うまでもないことだといった感じで答えたヴォルケイノーは、そこで軽く首をかしげた。楽しげに煌めく瞳からよからぬことをたくらんでいそうな気配をひしひしと感じる。
ミーティアは逃げたくなったが、逃げることはできないこともまたじゅうぶんわかっていた。
「こんなことも知らないでよく勇者になろうとしたな。いや勇者としての務めを果たそうとしたのか……のほうがいいか? いったいなにがミアにそうさせるのか、興味があるんだが?」
どんな事情があるのか。
ヴォルケイノーが指摘したそれらの言葉がミーティアの体を拘束するように絡みつく。
睨みつけるような瞳が一転して怯えをにじませる。
図星をさされた。ミーティアはまさに全身でそう答えていた。
そも勇者とは『勇気ある者』という意味だ。
勇気を持って、己を立たせ、強大な敵に立ち向かっていく者。さしあたってそんなところだろう。
だがミーティアは違う。
己の意志で立ち上がった勇気ある者ではない。無理やり勇者という役柄を押し付けられたに過ぎない。しかも彼女の家族を人質にして、だ。
たとえ生まれる前から勇者としての役目を押しつけられてただそのためだけに育てられはしても恐怖がないわけではない。
尻込みするミーティアを村から旅立たせるために村人がとった行動は、彼女の両親を人質にすることだった。
陰からミーティアを監視して、逃げれば両親を殺害すると脅したのだ。
ミーティアがなんとか勇者として一人旅に出れたのも、両親が人質にとられていたからであり、勇者は死んだり怪我をしたりしないと聞かされていたからにすぎない。
けれどもそれは誤りだと知らされた。勇者もただの人でしかなく、死にもすれば病気や怪我もあたりまえにある。それを知ってなお魔王に挑戦できるものがどれほどいようか。
おそらく最初の勇者だけだろう。
武術に優れていただけでなく、膨大な魔力を持って自在に魔術魔法を駆使できたうえに、知略をめぐらせることにもたけていた最初の勇者。彼が世界各地に施した封印によってこの地は長い間魔術魔法はつかえないものとなっていた。けれどもそれも神災によって崩されてしまった。
封印は解け、魔術魔法が再びこの世に戻り、魔王も目覚めた。
人々は再び勇者の登場を期待するが、ミーティアには最初の勇者と同じことはできない。
なによりおおもとである七つの封印を解いたのはほかならぬ人間自身だ。だからこそ最初の勇者が施した封印も解けてしまい、黙示録に従って角笛が吹かれるたびに世界は終末へと一歩一歩進んでいく。
「人というものは、自愛はもとより慈愛も持ち合わせているにもかかわらず、他愛にはとことん縁のない生き物だな」
くつりとヴォルケイノーがのどの奥で笑んだ。
それがあまりにも人間味が感じられないほど冷ややかだったため、ミーティアはゾワリとした悪寒を覚えて体を震わせた。震える体を抱きしめるように反射的に持ち上げられた両手は、鳥肌の立つ腕をなだめるようにそっと撫でた。
そのことに気づいたマルキリスがヴォルケイノーに注意を促した。
「ヴォル、少し押さえろ」
ヴォルケイノーはミーティアを一瞥するとふっと息を吐き出した。それだけで震えるほどの冷ややかな気配が霧散した。
ようやく楽に呼吸ができるようになったミーティアは安堵のため息をもらしながら肩の力を抜いた。
「さっきのヴォルってばまるで魔王みた……ッ」
ほんのちょっとしたたわごとだった。冗談口をたたいただけ。
それなのに突然ヴォルケイノーがミーティアの首に手をかけて悲鳴すら呑み込まされたのだった。
「ヴォル!」
さすがにマルキリスも声を荒げて立ち上がった。
「止めろ!」
首を絞めているほうの手首をマルキリスに掴まれたヴォルケイノーは舌打ちをしてから手放した。
「二度と俺に向かってその言葉を口にするな」
平坦なようでいて激情をはらんだような声音でそう発したヴォルケイノーはミーティアの前に予言書を放り投げた。
「それはやる。あとは自分で考えろ」
「いらないわ」
咳き込みながらもそう返したミーティアを信じられないといった様子で見返したヴォルケイノーは、「後悔するなよ」という捨てぜりふと入れ替えるようにして予言書を掴んで食堂を後にした。




