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13.マジックネーム

 マルキリスは上着の内ポケットから携帯用の瓶酒を取り出すとそのまま口をつけた。ふたを開けた瞬間に広がるのはウオッカの香り。

「ルキさんは相変わらずお酒が好きですね」

 いつでもどこでも飲酒をしている印象がマルキリスにはあった。実際に何度も目撃してきたミーティアはそうしたことを思い出してくすりと笑った。

「これが俺の鎮静剤だからねー」

 にやりと笑ってマルキリスがウインクする。

 つられるようにミーティアもさらに微笑んだ。

「よし。落ち着いたところで続きをやろうか」

「続き……ですか?」

「そう。これはまだ仮止め状態だから固定しないと」

 そうしてマルキリスはミーティアにシジルとなっている柄の上に両の掌をかざすように指示した。

「そのままの姿勢であのシジルのもとの文章を唱えて」

 ミーティアは目を瞠った。

「大丈夫なんですか?」

「今は二人だけだから問題ない」

「それは……」

「うん、詳しくはあとで説明するから先にやってしまおうか」

 どこか急くようなマルキリスに促されたミーティアはあきらめたように眉尻を下げて手元に視線を向けた。

 こくりと唾を飲み込む。

「我が敵すべて滅せよ」

 静かな声音で発せられた言葉だったが、威力は大きかった。

 反射的に目をつぶってしまったほどの閃光がほとばしり、一瞬ののちにその光は柄のシジルへと吸い込まれていった。

 ミーティアがほっとしたようにもらした吐息に重なるようにマルキリスからも安堵のため息がこぼれ落ちる。ミーティアにはそれが不思議だった。

「ルキさん? 大丈夫ですか?」

「ああなんとかな。間に合ったみたいでよかったよ」

 そして困惑するミーティアを見たマルキリスは苦笑した。

「悪かったな。詳しく説明できなくて。シジルの修復が仮止めのあいだは魔力が安定しなくてちょっと危険な状態だったんでな。魔力の暴走を抑えるのが精いっぱいで俺も余裕なかったんだよ」

 がしがしと頭を掻きながらマルキリスはそう言い訳した。

「剣も安定したことだし、これからはミーティアちゃんの疑問に順に答えてやれる。が、ちょっとだけ休ませてくれるか?」

 そういってさらに別の内ポケットから携帯用の酒瓶を取り出すと一気にウオッカを呷った。

 ミーティアも改めてお茶を入れなおして互いに一息ついたところで話の続きへと戻る。

「まずはなにから聞きたい?」

「そうですね……。ではさきほど魔力の暴走を抑えるって言われてましたけど、ルキさんはそういう魔術が得意なんですか?」

「あ……いや、ん……」

 どういえばいいのかとつぶやきながら腕を組んで唸っていたマルキリスはややあって腕をほどいた。

「少し話はそれるけど、ミーティアちゃんが言っていたセカンドネーム。あれはたぶんマジックネームのことだと思うんだよ。これは魔術魔法が使えるものなら誰でも持っているんだが、マジックネームもセカンドネームもミドルネームもどれも基本的には名づけ親と本人にしか違いはわからない。でもマジックネームは必ずいずれかの神や女神、悪魔の名前がつくことが多いから魔力があることさえわかれば必然的にマジックネームだと判断がつけられるわけだ。ここまではいいか?」

「はい」

 ミーティアは余計なことを聞かずにただ答えだけを返した。最初にわざわざ『少し話はそれる』と言ったということは、この問いもなにかしら関係があることだと判断したからだ。

 マルキリスは了解したというように小さくうなずくと話を続けた。

「そんなわけでミーティアちゃんの思考を術で読んだヴォルや治癒魔法が使えるリベルトももちろんマジックネームを持っている。で、俺ももちろん魔力を持っているわけだが、俺の場合は特殊でな……。俺の名前はマルキリス・スリキルマっていうんだが……」

 マルキリスは気まずそうに頬を掻く。

 ミーティアは眉を曇らせた。

「そんな名前の神様や悪魔はいなかったと思いますが……」

「そうなんだよねー。つまりね。俺の魔力は魔術魔法を無力化するんだよ。まあそれしかできないんだけど。でもまあそんな能力だからこそむやみやたらに相殺していたら俺がそこにいるだけで必要な魔術魔法すら使えなくなるだろう? だから鏡文字というか鏡名前にして俺が意図的に無力化しようとしなければこの力が発現しないようにしているってわけ。こんな術を使えるのは世界で俺だけだと思うから、マジックネームに鏡名前を持っているのも俺だけだろうね」

 だから。

「さっきのミーティアちゃんの質問の答えになるけど、だからこそシジル魔術の影響を受けるかもしれないヴォルやベルは内容によっては口にできないからミーティアちゃんの質問に答えられないし今も席を外している。俺はある程度の魔力の暴走なら止められるくらいの能力を持っているからこの役を引き受けているってわけ」

 そう締めくくって、マルキリスはまた一瓶ウオッカを呷った。

「さて、ほかに質問は?」

 そう促されて考え込んだミーティアはふと思いついたことを尋ねてもいいのかどうか悩んだ。その思いがそのまま顔に現れていたようでマルキリスが笑いながら促した。

「なんでも聞け聞け。こんな機会はもうないかもしれないぞ?」

 たしかにこんな風に場を設けてなんでも好きに聞いてもいいなどということがこれから先あるとは思えない。ミーティアは自分自身に言い聞かせるように小さくうなずくとゆっくりと口を開いた。

「夕方ヴォルが外で言っていた……、黙示録にはそんなことは書かれていないっていうあれは……。あれは、勇者が魔王を倒すと定められているわけじゃないっていう意味……ですよね?」

 どこかたどたどしい口調なのは考え考え言っているからでもあるが、そのことをミーティアがいまだにどこかで認めたくないと思っている表れでもあった。

 ヴォルケイノーだけでなく、やはりマルキリスにもその辺の心情は筒抜けのようで、マルキリスは苦笑しながら手を伸ばしてミーティアの頭を撫でてきた。

 優しい身振り。けれど優しいからこそごまかしもなかった。

「ミーティアちゃんが考えたとおりだな」

 魔王の存在と対のように人間は勇者を語るが、黙示録には魔王アバドンの登場は記載されていても勇者についてはなにも書かれていない。

 聖書の本来の内容を知る資料――時代とともに改変されてきた聖書の原型を残す貴重な資料として有名なのは死海写本ではあるが、死海写本は破損も多く完全には解読できていない。しかしわかっている範囲内のどこにも勇者の存在が示されてない以上物語と混同してそうした認識になったとしか思えない。

 識者が知らないことを民間人が知っている。通常であれば否と思われがちだが、民間伝承というものがあるからにはその地域に昔から住んでいる人たちにしか伝わっていない秘話があっても不思議はない。そうしたことを全否定できない事例など歴史を掘り下げていけばきっといくつも見つかることだろう。

 だがミーティアの場合はいずれにも当てはまらない。

 彼女の場合は女神アスタルトの神託に村人が従ったに過ぎないので、それがありもしない予言だったと言われれば存在意義さえおぼつかなくなるほどにショックを受けもするだろう。悩むのが人としてあたりまえの反応ともいえる。

「だけどな、一つだけ勇者の出現を示す書物もあるんだよ」

 ミーティアを励ますためだけとも思えないその言葉に彼女は救いを求めるように飛びついた。

「それはどんな書物ですか!?」

 そこへ療治を終えたヴォルケイノーとリベルトが戻ってきた。

 ミーティアはヴォルケイノーの体に素早く視線を走らせて傷が一切見つからないことを確かめるとほっと一息ついた。

 マルキリスはちょうどいいと言って彼らの登場を歓迎した。

「ヴォル、いいところに戻ってきた。さっそくあれを出してくれ」

 その一言に慌てたのはミーティアのほうだった。

「ルキさん、いきなり現れたヴォルに『あれ』だけじゃ話が伝わらないんじゃ……」

 けれど彼らは心配無用と言う。

「どうしてですか?」

「話を聞いていたからに決まっているだろう」

 そう言ってヴォルケイノーはテーブルの上に置いてあった飾りを指差した。テーブルの中央にはウズラの卵くらいの大きさの黒い球がついた置物があった。

「これはなに?」

「失われた技術の中にあったマイクという音を拾う道具を真似たもので、この石の周囲の音を拾って離れた場所へ届けるように術をかけている」

 この食堂の中であればどこにいても声を拾える程度の性能があり、ヴォルケイノーが己の右耳にはめている耳飾りが、届いた音を聞き取るための装置になっていた。同じものはリベルトとマルキリスの耳にも取り付けられている。

「だから俺たちが席を離れていたあいだにおまえたちが話していた内容はすべて把握している。だから説明は不要だ」

 いつもの俺様っぷり口調のヴォルケイノーがそこにいた。

(こんなやつ心配なんかするだけ無駄だったわね!)


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