序章「平和《ざんこく》な日常」
序章「平和な日常」
君たちは、この平和な世界を知らない。
20XX年。
今からほんの少しだけ未来のお話。
フルダイブ型ゲームプラットフォーム『いついつ』が登場すると、瞬く間に世界中へと普及した。
ゲーム内で稼いだ通貨を現実の買い物にも使える画期的なシステムを備え、日本の主要な電子決済サービスの一つに数えられるほど普及した。
***
『いついつ』の中のメインコンテンツ『バグレ』の世界。
閑散とした住宅街に金属音が鳴り響く。
マム猫「ここにも居るやん!」
前方には、自転車を運転しながらスマホを両手で操作している奴がいた。
周りには、学校終わりの学生や、社会人が歩いている。
マム猫「事故る前に処分せなね!」
そう言った瞬間、自転車は交差点を赤信号のまま通過していく。
マム猫は、事故らせまいと即座に風を切って走り出す。
違反者との距離が縮まると、思いっきり飛び上がりその勢いのまま、ドロップキックをかます。
マム猫「とりゃ〜!」
さすがゲームだ……。
思いっきり吹っ飛ばしたはずなのに、すぐに立て直し、スマホをしまう。
一連の動作を確認し、マム猫は乱れた髪を整え、肩に流した。
そして、何事もなかったかのように通話中の三人に報告する。
マム猫「よっしゃー!信無両手放スマやったわ!」
一緒に通話をしているミリにゃんが応える。
「まじ?ナイスー!さすがマムっち!二点て何となにやったん?」
マム猫「ん〜……信号無視とスマホ操作かな?」
ミリにゃん「意外と多いやつやん!」
猫マチ「相変わらず、"バグレ"でレア違反見つけんの上手いなー!」
表情は見えないが、照れたような声がイヤーカフ型ゲームデバイスから聞こえてくる。
マム猫「そんなことないよ!たまたまやって!」
そう言い終えると、自販機を見つけ、飲み物をゲーム内通貨で購入する。
マム猫「味だけなんだよな〜……これにしよ〜!」
そう言うと、お茶を購入しその場で飲み干す。
インベントリに入れると、ゲームだからかゴミは消えてなくなった。
マム猫が使っている狩場は、閑散とした住宅街だった。
(静かやからこそ、落ち着くし見つけやすいんよな〜)
暇な時に信号無視歩行者や、信号無視自転車や車を次々と駆除している。
まるで「お掃除♪」とでも言わんばかりに。
日頃のストレス発散も兼ねているらしい。
自慢したそうな可愛げな声が通話越しに聞こえてくる。
ミリにゃん「ウチも見つけたで〜!マムっちに負けへんさらにレアなやーつ!」
ジャンプしながらポニーテールを揺らしている姿を、通話しているほかの三人が想像する。
マム猫「なんやと〜!私に負けんとー?ミリにゃん、そんなん言うなら見せてみー?」
ミリにゃんは、慣れた手つきで共有アイコンを操作し、撮影したばかりのスクリーンショットを送信する。
(ピコン)
という音とともに画像アイコンが表示される。
スクリーンショットをタッチすると画像が拡大表示された。
マム猫が一番に興奮した声で反応する。
「エグイな〜!一攫千金ものやん!」
他のメンバーもそれぞれ反応する
猫マチ「これ、ツチノコが本当に実在したのと同じくらいエグい確率やん!」
ニャン助「ホンマそれな!」
ミリにゃんが送った画像には、ミリにゃんの後ろに、通称信無灯火両手スマ耳と呼ばれる違反を仕留めてピースしている様子が映し出されていた。
フルセットとは、夜間に自転車で走行している際……
ライトを点けない。
信号無視をする。
両手でスマホを操作する。
さらに、両耳にイヤホンを着けるか、ヘッドホンを装着し走行している奴のこと。
***
「信号無視よ!」
「あぶねえだろ〜!轢いたらどうすんだ!」
NPCの声が聞こえ、マム猫が「任せとき〜!」
と応え、信号無視した車を追う。
「こんにゃろー」と、持ち武器の扇子を投げ飛ばす。
風を切って進むのをみながら、車に接触するタイミングで「ジャイアント!」と唱え、両手を広げると扇子が巨大化し車を真っ二つに割った。
マム猫は、運転席・運転手の無事を扇子越しに確認すると、自分の方へ手をクイっと向け扇子を誘導する。
周りのNPCは、悲鳴を上げるどころか、逆に拍手を始めた。
「よくやってくれた!」
「ありがとう!」
「なんやろ……」と呟きながら、戻ってきた扇子をなでる。
今の光景になにか引っかかるものを感じた気がしたが、その何かは分からなかった。
気を取り直すと、再び仲間との通話に意識を戻す。
マム猫「相変わらず、いついつのコンテンツで、運だけは良いよねー!ミリにゃは」
ミリにゃんは、笑いながら応える。
「だって、私運だけで生きてる女やし?バグは、私の"敵"やし、ウチが"バグレ"で稼がんといかんからね…」
少し沈黙した後に、一緒にプレイしている猫マチが応える。
「いついつって、良いよね!俺ら学生でもさ、"選ばれし才能"があれば、お金稼げるし。俺は、平凡だからお菓子代の足しにしかならんけど……」
マム猫「そやねー!いついつで生きがいを見つける人もおるし、リアルでは出会えないような人に繋がれるし……」
ふと、マム猫が口走る。
「そういえば……最近、いついつで繋がったゲー友と連絡つかないんだよね…街の人も居るには居るんやけど……なんというか…減ってるような…」
「気のせいとちゃう?プレイ人口減ってるわけやないし、逆に増えとるぐらいよ!」
と、フルセットで稼いだ額を見てニヤニヤしながらミリにゃんが応える。
「現実もやし……ゲームもやよ」
少し不安そうに聞くマム猫に猫マチが応える。
「考えても分からんことはあるし、マムっちが違和感覚えてるんなら、なんかある。俺はそう思う」
"落ち込んでいる猫マチ"とは思えない返事がきて、少し困惑したマム猫だがすかさず
「そうやね…明日の放課後少し調べやん?」
間髪入れずに、ほかの三人が賛同する。
「了解!」
このときの四人は、まだ知らなかった。
自分たちが暮らしている「平和」が、少しずつ壊れ始めていることを……。




