残念だよ(未来)
「私を裏切って、私だけを死なせて、処刑させて、自分だけは聖女面してのうのうと、あがめられて生きてきて、どういう気持ちだったんだよ?全ては、私が悪かったというの?私が唆したから悪いと言うの?勇者が・・・勇者の存在がこの世界にとって危険な存在になる、あの力は危険だ、とお前も言っただろう?今さら、そんなことは言っていないというのかよ?私が処刑台に連れていかれる時、断頭台に力ずくで押さえ込まれた時、どんな思いだったかわかる?あんたなんか、無茶苦茶にして、もう殺してというまで弄びたい気持ちだよ。」
大声は出さなかった。その方が、効果があると思ったからだ。心の奥底からの声だった。聖女は、祈りが終わってといういうふうに、ゆっくりと体の向きを変えた。エスペランサの顔を真正面からじっと見た。
「変わっていませんね、グレイス様。」
と聖女は静かに言った。
「お前も変わっていないな。」
と彼女も心の中で答えた。続けて、
「あの頃よりも、ずっと聖女らしくなっている。」
とも思った。
「そうですね。本当にあなたの言われる通りですね。私は裏切った、あなたを。罪の意識から、勇者様を殺した罪の重さから逃げようとしたのです。自分のために、あなたを裏切ったのです。あなたが怨んでいるのは、当然のことですわ。私は罰を受けるべきです。清貧な修行の日々を過ごし、人々に癒しや救いを与え、神への祈りを毎日捧げ、勇者様の冥福を祈りつづけようと、私の罪は消えませんね。どうぞ、私を殺して下さい。思う存分弄んでから、殺して下さい。」
静かに、穏やかに言って、彼女はエスペランサの前で頭を下げた。
「これで楽になれるわ。」
という気持ちが伝わってきた。それが、エスペランサを一層苛立たせた。本当に凌辱の限りを尽くして殺してやろうと思った。フィエラの気配、それ以外の人間の気配がないかも確認もした。
「こいつを楽などさせてやるものか。もう殺して下さい、と言うまで切り刻んで、弄んで、凌辱してからだ、殺すのは。」
と心の中で叫んでいた。そのことに何の疑問も感じてはいなかった。
「ああ、殺してあげるわよ。絶対楽には死なせないからね。覚悟なさい。」
と、恐ろしく聞こえるだろう口用で出来るだけ言った。聖女は、動揺している素振りはなかった。
「まずは、服を切り刻んで全裸になってもらうわよ。少しばかり肌や肉を切っちゃうかもしれないけど、許して頂戴ね。」
エスペランサは、自分が狂ったような笑顔になっているだろうと感じた。彼女の剣が動いた。
「え?」
何か金属性の音がした。その直後、ほとんど同時なのだが、衝撃を腕に感じた。それから、大した時間がたっていないはずではあるが、金属が床に落ちる音が耳に入った。事実だと認めたくはなかった。彼女の剣が真っ二つに折れていた。いや、真っ二つに斬られていたのだ。聖剣ではないし、名刀の部類ではないが、軟な剣ではない。それに、彼女の魔法で、何重にも強化されていた・・・はずだった。
もう一度見た、剣先が半分なくなっていた。そして、その先に、すぐそばに、聖女の傍らに1人の男が立っていた。覚えのある、長身、黒髪でやや地味な顔。
「ま・・・まさか・・・ゆ、勇者?いや、あの時死んだはず?まさか、お前も未来に転生したのか?」
頭より口が先に動いたように感じた。目の前に立っている男は、かつて殺した勇者フレブレ・トリスタンだった。
「忘れもしない・・・こいつはあいつだ・・・勇者だ。」
心の中でも叫んだ。
「え?」
エスペランサの言葉に一瞬対応できなかった、聖女は。だが、直ぐに回復して、頭をあげると、彼女の視線を追って自分の左横を見上げた。
「ゆ、勇者・・・様?勇者様。本当に勇者様ですか?まさか・・・生きておられたのですか?」
戸惑う目から、輝く目に変わった、聖女は。
その聖女に、トリスタンはにっこりと微笑んだ。
「あの時、僕も死んだと思ったんだよ。でもね、息を吹き返したんだよ。それで、自分が望まれていないことを知って、いい機会かもしれないとそのまま逃げたんだよ。それから、ずっと辺境で冒険者をやっていてね。」
と聖女に説明をした。
「でも、何故ここに?」
「君に会いに来たんだよ。ある程度のことは辺境の噂で聞いたよ。それでそろそろ、皆僕のことを忘れたろうと思って・・・。今さらだけど、君に言えなかったことを・・・君を愛していた、今もそうだと・・・を告げるために。遅くなってごめん。ずっと前に、あの時より前に言っていればあのような事には・・・。全ては魔王を倒してから、と思っていたのが間違いだった。もう、遅すぎるかい?」
と少し悲しそうな顔をしてみせた。
「そんなことはありません。」
と聖女はばねのように立ち上がると、彼の胸の中に飛び込んだ。
「そんなこととは知らず・・・申し訳ありません。許していただけなくても・・・ご一緒にいさせてください。」
「許すも許さないもないよ。僕と、僕の妻として一生ともにいてほしい。」
「はい。」
「おいおい、私を無視してイチャイチャしないでくれる?」
ようやく我に返ったように、エスペランサは勇者に向って言った。
「生きていたとはね。いい気なもんだ。お前のおかげで、私がどんな仕打ちわ受けたか?全てお前のせいよ。この糞勇者。」
彼女の罵りに、
「言いたくはないが、君の処刑は自業自得だと思うよ。それにだね、あのまま君を、そのままにしておいたと思うのかい?多分口封じで・・・。まあ、君にはうまくやれる自信があったんだろうけどね。」
と少し彼女を揶揄うように言う勇者の言葉に、何となく同意しつつも、なおさら腸が煮えくりかえった。
「そんな屁理屈聞きたくないわ。全てお前が悪いのよ、この糞勇者。」
エスペランサは、長剣を捨てて、短剣を抜いた。同時に火球を連発して放ち、勇者に斬りつけようとした。
「残念だよ。君は変わってくれなかったんだね。未来に転生しても。」
彼女の耳に彼の言葉が入ってきた。痛みが感じる前に、知が噴き出るのが見えた。痛みが遅れてきた。だが、直ぐに記憶が薄れていくのが分かった。
「もう一度チャンスがあったら、今度こそ間違えないでくれよ。」
勇者の声だった。




