あなたでしたか?(未来)
「お久しぶり。聖女様。」
エスペランサは、聖像の前に跪いて祈りを捧げている聖女オスクラ・マーロの後ろに立つと声をかけた。彼女が遅い夕食後、身を清めてから、一時間以上、小聖堂でじっと祈りを捧げているということをフィエラから聞き取って、それを狙ったのである。警備の者などはいない。戸締りは一応してあるが、単純なものでしかないから、魔法など使わなくても簡単にはいってこれた。他の修道女も雑用係もいたが、修道院の大きさに比べると少なすぎるし、夜は部屋を出るものはいない。あとは、気配と足音を消して入り込み、目的の場所まで歩いて行けばいいことだった。静かに聖堂の扉を開くと、祈りを捧げる聖女の姿が薄暗い光の中で見えた。フィエラが邪魔などしないか、注意を払いながら進んだ。
「さすがにさ、一応面倒を見てくれた相手だからさ、殺すのに加担するのはちょっとね・・・。もちろん裏切らないし、邪魔なんかしないよ。」
とか言ってどこかに姿をくらませた。彼女の言葉をエスペランサは、半分も信用はしていなかったが、単純に聖女を助けるとか、密告するとか、自分を殺すとかは考えてはいなかった。なんの利益にもならないからだった。金のありそうなところを捜しているのだろう、くらいにエスペランサは考えてはいたが、念のため警戒は怠らなかった。
後ろからの声に聖女は、ビクッとしたのは確かだった。彼女の体と心に、嗜虐的な快感が走った。そして、聖女はゆっくりと顔を後ろに向けた。驚いて、目が大きく開かれた。動揺している表情だった。しかし、それから後はエスペランサにとって期待外れだった。直ぐに、目を閉じ、また、ゆっくりと顔を聖像の方に向けて、祈りを捧げた。それから、
「グレイス様、あなたでしたか。私を殺しに来たのですね。」
と静かな声だが、断固とした調子で言った。
「どうして私が、今、ここにいることを聞かないのかい?」
ちょっと苛ついた。聖女は直ぐに答えなかった。それでも、さほど長い時間黙っていたわけではなかった。
「処刑されたあなたが、ここにいること自体が驚くべきことですわ。それ以上何かを言っても仕方がないことでしょう。」
と返した。それは、時間を稼ごうともしていないし、怯えてもいないようだった。
「つまらないな。」
と思った。何か、もう少し言わせてから殺してやりたい、とも思ったむ。
「私を裏切った結果が辺境の小さな修道院とは哀しいことだな。」
とわざと挑発してみた。
「私は、私の良心の慟哭に耐えきれなかっただけですよ。この地の、この修道院で私は、毎日勇者様に対する過ちを、毎日悔い改めているだけです。私は、勇者様を裏切った。この地で、その罪の重さを感じることしかできませんよ。」
との聖女の言葉に、
「面白くないな。」
とまた思った。
「あんたの裏切りのせいで全てを失った私へ何か言うべきことがあるんじゃないか?聖女様?」
と言って剣を抜いた。わざと鞘と剣が音をたてるように抜いて、剣の刃先を聖女の肩に置いた。
「そうですね。私は、理由はどうであろうと、あの時勇者様を裏切ってしまったわけですから、あなただけが処刑になってしまったことは許されないことですね。私も本来は処刑されるべきだったのかもしれませんね。こうして、勇者様のご冥福を祈っていることなど贖罪にもなりませんね。私も、最近思うようになったのです。私は処刑されるべきだ、誰かが私を殺しに・・・いえ、私に本当の裁きを下しにきてくれないかと。グレイス様がこうして、復活なされてここにおられるのは、神の計らいなのでしょうね。私を楽に・・・私に裁きを与えて・・・処刑して下さい。その代り、もう私だけにして、あとのかつての私達の仲間達には手を触れないで下さい。そして、復讐などは忘れてあなたの幸福を掴んでください。」
それは、何かから解放されたような、穏やかな感情のように、聖女は自分自身のことながら感じることができた。エスペランサにもわかった。だが、それが、彼女をさらに苛立たせた。




