第十一話 姫と庶民の差3――兎は嗤う
寒くなってきた、空気は六月初めの湿り気を帯びる。
明日は雨になるかも知れない、そんな寒さが過る。
しかし寒さは天気の問題ではなかったのだ。
市松と一緒に帰ろうとすれば、公園の入り口に兎仮面の男が現れた。
兎男が近づいてくると寒気が増す。
「ご機嫌よう」
市松は嗤うと手をひらひら振って、背中に楼香を隠す。
兎男に聞かれないように市松は楼香へ囁く。
「反対方向に出口がありますね? そこまで走って、さあほら。そこから帰って」
市松の小さな囁きに頷き、ただごとではない空気を嗅ぎ取れば楼香は後ずさりをし、そのまま逃げ込む。
外では楼香を守る術もない。ルールも関係ない。
楼香は慌てて走り出すと勢いよく公園の反対方向に向かう。
若干遠回りになるが確かに自宅へ帰る道もある。
「っは……っは……!」
楼香は息切れしながら走り出せば、兎太郎が追いかけてこないか振り向いた。
振り向けば、邪魔していた市松が殴り飛ばされ吹っ飛んで、梅の木で気絶している。
「市松!」
楼香は市松を見棄てておけず、出口まで駆けだしていた道を戻りかけたが、市松からの「行け!」という怒号にびくっと身を竦める。
楼香は頷き、そのまままた走り出した。
「お嬢ちゃん、追いかけっこ楽しい? 小生は追いかけっこあんまり得意じゃあねえのよ」
兎太郎が地上に腐った犬を二匹現せば、楼香を追いかけさせて自分は花唄で歩む。ゆっくりと。
楼香は腐った犬から逃げ惑っていれば、家まであと五百メートル。
全力で走っていると、ふおんと梅の香りがした。
「お前が危ない目に遭うの、珍しいな。いいぞ、守ってやる」
楼香を踏んづけてから、腐った犬の前に飛び降り現れたのは鶯宿だった。
中々帰ってこないのを心配してきたらしい。
鶯宿は瞳に金と赤を珈琲とミルクのようなまだら模様で混ぜながら現れ、ぎっと腐った犬を睨み付ければ次々と殴りつけ、犬の頭を二匹掴むと、ぐぐっと力を込める。
犬はきゃいんきゃいん泣いている、可哀想だと鶯宿は少し手を緩めば腐った犬は遠慮無く鶯宿に襲い掛かり、噛みついてきた。かみ殺されそうな勢いだ。
鶯宿は痛みに呻きながら、月に手を伸ばし、月の色を目に宿す。
完全に月の色が目に下りれば、ぎらりと瞳は金色に輝き、鶯宿は犬の頭を掴み。ばりばりばりっと引きちぎるような所作で体と魂を切り離させ、腐った犬二匹はばたりと倒れた。
犬の魂を握りつぶすと、鶯宿は目を眇めて自分の手を見つめた。
「……奪魂鬼の力が残っている……なるほど、退職金代わりか。大丈夫か楼香」
「有難う……鶯宿、目がきいろい……」
「え?」
「お月様みたいな色してる」
「それは神様の色だ、俺がなれるわけがない」
「ほんとだって! すげえ綺麗な金色だ!」
楼香はポケットからコンパクトミラーを取り出して鶯宿に見せれば鶯宿は息をのんで感動している。
その後にはっとして「今はそれどころじゃないだろ!」と叱りつける。
やってきた兎太郎は鶯宿の目を見るなり、ぎっと歯を噛みしめた。
「っち、覚醒したか、神域に」
「今なら見逃してやる、退け」
「やだなあ、ちょっとした挨拶だぜエ? ジョークセンスないやつは嫌われるぞお」
「なら間違いない、お前は嫌われ者だ」
鶯宿は兎太郎の頬すれすれち拳を交わし、ちゅいんっと風ごと兎太郎の頬を切れさせた。
目を見開き睨み付けた鶯宿は、静かに命令する。
「退け」
「……わ、わかった。あんたがいるなら今日はもう撤退してやるよ、くわばらくわばら」
鶯宿の凄みに兎太郎はじりと後ずさり速攻でいなくなる。
くたりと力の抜けた鶯宿がしゃがみこめば、楼香は戸惑う。鶯宿も心配だが、先ほどの市松も心配だ。
さてどうするかと思案したところに、あとを付けていた輝夜が現れた。市松に肩をかし、重たそうに歩いている。市松はぐったりとしていた。
「大丈夫か! どこか休めるところないかね、白﨑」
「うちがそばにある、連れて行こう」
「助かる有難う。市松、お前無理するんじゃないよ」
「……あれしか、選択肢がなかったんですよ」
市松はぐったりとして、咽せるとそのまま意識を失った。




