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第十一話 姫と庶民の差2――そして狐は笑った

 家にくたくたになって帰れば、帰宅した家には市松にポップコーンを投げている鶯宿の二人がリビングでレースゲームをしていた。

 楼香が帰宅すれば鶯宿は気づき、風呂を暖めに向かった。気の利く男だ。

 市松はレースゲームで一位になりながら走り抜けると、鶯宿がいなくなって焦れたのかポップコーンを直接袋から食べ始める。


「おやお帰り楼香さん」

「今日あんたを尋ねに人がきたよ、いったいあんた何をしたの」

「ええ? どなたがきたの」

「佐幸輝夜っていう、すごい美人」

「あっはっはっはっは!!!!! 先生! 先生ついに僕の場所つきとめたの!」


 楼香の話を聞くなり、市松は大笑いして突っ立ってる楼香に抱きしめに向かった。

 市松は楼香を抱きしめると、くん、と薫る。


「確かに先生の香りがする。まあまあ、焦れたのね」

「どんな知り合いなの」

「僕のとてつもなく、大事な赤い靴ですよ」


 楼香の言葉に市松は機嫌良く台所に向かって、市松は楼香にお茶を淹れてみる。

 ミックスベリーの紅茶は甘いフレーバーが香り、ずっと嗅いでいたい香りが漂った。


「楼香さん、ちょっと出かけない? 帰宅されたばかりだろうけど」

「どこへ?」

「お散歩しに、ああ、可笑しい」


 市松は笑いの名残を見せながら、戻ってきた鶯宿に視線を向ける。


「鶯宿、今日ご飯作れる? ちょっと先に食べてて。市松と話があるんだ」

「それは構わないが、夜も遅い。気をつけてな」

「判った、市松、オーケイよ。行こう」


 市松と楼香は鶯宿が食卓の用意をしている間に会話を散歩を終わらせようと意思を一致させた。

 楼香は帰ってきたら肉じゃがを作る予定だったし、材料もあったので、鶯宿に肉じゃがを指定してから外に出かける。


 市松と最初に出会った梅の公園まで出かければ、ベンチに楼香は座った。此処で話せという意思表示で、市松は頷いた。


先生かぐやは僕がずっと守っていた方でした、諸事情で。でも、その諸事情が終わっても守っていて。先生の一番厄介な怪異事件が終わる頃に、僕は身を挺して守ったのね。そのあと行方不明になったの僕」

「何で会おうとしないんだ」

「だって一生懸命僕の存在で頭一杯にしてほしかったの。その後は考えてない、ただ頭一杯僕のことで考えてたら素敵だなって思ったの」

「……輝夜のこと好きなの?」

「ええ、愛してますよ」


 さらりと告げる市松に、楼香は少しだけ寂しさを味わう。

 この気持ちが何なのかは判らない。

 好かれるのが羨ましいのか、美人だから好かれやすいという妬みなのかは判らない。

 ただ輝夜を気に食わないと感じた。


「あんたはそれでいいの」

「それで、とは?」

「真正面に会って言ってやりたい言葉もないの?」

「僕はね、あのまま善に狂っていて欲しいの。狂ってくれないと、僕は寂しいの。それにはきっと僕の存在は邪魔なのよ」

「善に狂う?」

「先生はね、偽善を美徳としている。偽善をするのはそうしたほうが美しいから、で行っている。命をなくしかけてもね」

「偽善って何を持って偽善なの」

「本心から選び取るわけじゃないから偽善なのです。そうしたほうが好かれるから、そうしたほうが美しいからで、人を守ろうとする」

「美しいじゃない。その行動の何がいけないの」


 楼香の切り返しに市松は驚いて、楼香の話を聞こうとする。

 楼香は指先に馴染む湿気の含んだ空気に、指先をさすり合わせて、手元に吐息を吐いた。

 少しだけ寒そうだ。


「好かれたいのも、美しいからって選ぶのも大事じゃない」

「貴方もまさか……赤い靴履きなの?」

「何言ってるかよくわかんねえけど、あたしは綺麗に見える行動って好きだ。綺麗な行動は語り継がれる、それこそ童話のように神話のように。英雄伝のように。それの何が悪い、偉人は全部偽善か?」

「……驚いた。先生だけかと思ったら、貴方もわりと狂ってるほうねえ」

「狂ってるってなんだよ。綺麗な物はみんな好きでしょ? あたし、宿を開いて良かったんだ、嬉しかったんだ。あたしの存在が肯定された、心の美しい怪異も訪れる。人の間では見れない綺麗な遣り取りを見られる」

「……宿を開いてずっとそれを思っていたの?」

「あたし、財産騒動を見てきたから人間があまり得意じゃない。彼氏は浮気女にとられて、婚期を逃すし。ずっとずっと人間が憎くてたまらなかった。それでも、大事な人もいるけど、それとこれとは別」


 楼香は立ち上がると葉の茂る梅の木に手を伸ばし、指先に葉を絡めてぴんと飛ばした。

 楼香の周りを、葉がゆるりと撫でるように風が吹く。

 暗い夜明かりに、月が楼香を照らし。ぼんやりと楼香の縁を夜の中から区切る。


「あたし、怪異のほうが好きだ。純真で、真っ直ぐで。不器用だけど嘘つかない。ついても、すぐにばらしてくれる」

「……嘘をつかれるのはお嫌い?」

「とっても」

「ならその怪異に僕は入らないね。僕は貴方にとっても大きな嘘をついてる」

「でも、あたし、あんたのこと気に入ってるよ。最初に守ってくれたのは、あんただった。縁が出来たのは、あんたで。始まりは全部あんただ」


 楼香は市松に歩み寄ると、市松の狐面をぱっと取り上げて外させた。

 顔を象ろうとした市松に、楼香は睨み付けた。


「顔をつけなくていい。その姿まるごとであんたでしょう」

「……楼香さん」

「今更知らん顔するなよ、あたしに何を隠していようと何を嘘つこうと、あんたは善人であたしを騙せやしないんだ。あんたは、悪人になれないんだ」


 楼香の言葉に市松は思わずのっぺらぼうの顔のまま噴き出し、大きく声をあげて大笑いし、楼香に手を制する。


「ごめんなさいね、馬鹿にしたんじゃないの。久しぶりに馬鹿をみた」

「馬鹿にしてるじゃねえか!」

「馬鹿をみたって、褒め言葉よ。僕が大好きなのは、善に狂う馬鹿。貴方はきっと、美しく在りたいから善に拘る馬鹿ね」


 楼香は市松の言葉を否定しない。

 確かに美しい景色や、漫画で見るような美しい友情や恋愛の話は憧れる。

 怪異が好きなのもそんな理由もあった。怪異なら夢にならない気がしたのだ。

 美しい友情や誤解があっても河原で殴り合うも、敵いそうな気がする。

 そんな美しい関係であれば、見ていたい。


「市松は、悪い奴になれねえよ」

「だといいですね」





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