第十一話 姫と庶民の差1――竹取の姫
楼香は慌てた様子で駆けていた、というのに、またしても曲がり角で人とぶつかり時間をロスする。
また出会ったのは竜道だった。
竜道はさら、と髪の毛を掻き上げると楼香を見つめた。
「じゃじゃ馬は相変わらずだなあ。危ないよ」
「うるっさい、今時間ないの、じゃあね」
「あ、待って楼香ちゃん。今度楼香ちゃんち、遊びにいっていい?」
「駄目にきまってんだろ!」
楼香の家は今は宿状態だ、怪異を泊まらせている。
といっても楼香の真意は伝わらない、焦って怒鳴った事実だけは変わらない。
竜道はそれでもめげずに自分の胸に手を置いて一礼した。
「有難う、今度遊びに行くよ」
「駄目っつってんだろ! 耳ついてんのか!」
「遊びに行くったら行くよ、聞いたんじゃなくて宣言したかっただけ」
建前上聞いただけだ、と悪びれる様子もなく竜道が言う頃には仕事の始業時間まであとすこし。
楼香は慌てて走って竜道を無視した。竜道は走り出した楼香の背中に手をひらひらとふっておいた。
始業時間は間に合い、文房具の事務仕事の始まりだ。
先方に業務メールを送ってから、報告書の作成、企画書の作成なども纏める、とオールラウンダーにこなしていれば、上司に声を掛けられる。
「白﨑くん、探偵さんが君に用事あるって。休憩時間まで待って貰ってるから、あとで受け付けなさい」
「え、何でですか、あたしに何のようなんでしょう、心当たりないんですけど」
「探し人が君に関係するそうだ」
上司からの指示に楼香ははあ、と返事を濁らせると仕事が少し鈍くなっていく。
時間が過ぎ去り。昼の休み時間になってから指定された場所におにぎりを持って向かう。
遠くからでも判った、いかにも探偵という出で立ちの美女が立っていた。
絶世の美女でいながら、探偵のパンツルック姿はどこか妖艶で。
真っ黒いゆらりと揺れたセミロングの髪でさえ奇跡で、茶色い瞳は吸い込まれそうな深みがあった。
「初めまして、佐幸輝夜です。お聞きしたいことがあるんです」
「あ、はい、何でしょうか」
「市松、という男を知ってますか」
怪異だ。
通常市松は怪異で、人に認識なんてされないはずである。
楼香は思わず警戒するも、輝夜はじっと楼香の様子を観察している。
「なるほど、ご存じなんですね」
「し、知らないよ、会ったこともない」
「嘘ですね。その真っ赤な瞳、怪異絡みでしょう。これでも私は怪異に引き込まれやすいものでして。少しだけなら判るんです」
「な、何を」
「日常的に怪異と話した覚えがある人かどうか――」
吸い込まれそうな瞳に敵意が混じる。
楼香は思わず身構えながら、観念した。
「一体市松に何の用事なんですか」
「私はあいつに助けられて、それからあいつは居なくなったんだ」
「なら貴方に会いたくない関わりたくないってことなんじゃ?」
「そうかもしれないけどそんなの知らない、私は会いたい、だから探している」
「相手の意思は無視?」
「そうだ、私は今まで待つばかりだったからな。動いて探したいんだ。あいつの足跡を」
輝夜はポケットから手紙を取り出して、手紙をそっと大事に胸元にしまい直した。
話の流れからして市松の手紙だろうけど、内容は分からないので憶測もできない。
そもそもが手紙など丁寧なものを出す性格に見えないのが市松だ。
「会ったらどうするんですか」
「帰ってこいっていうよ」
「ほっといたらどうなんですか、市松は元気でよろしくしてるみたいですよ」
「そんなの判ってる判った上で帰ってこいって伝えたいんだ」
「伝えるどころか従うまでつきまといそうですね」
「私とあいつには、因縁があるんだ」
輝夜がぶすっとふてくされて話せば、楼香は首を左右に振る。
「市松が自ら会いたいというまで、あたしは関わりません。知りません」
「……そうかね。わかった、今回は引き下がろう。だけど、私は君を見ているからな」
輝夜が楼香の言葉に不満げに引き下がれば、楼香はお昼を食べようとする。だが輝夜はまだいる。いったいどうしたのかと思えば、輝夜のお腹が鳴る。
「……おにぎり、いります?」
「うむ、助かるよ。有難う白﨑」




