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第十話 ハデスの蔑視3――分け合うご飯


「楼香さん、おはようございます、ってあら、暗いお顔」


 市松は明け方近くに楼香の部屋の窓を開けて、窓に腰掛ければ、眠れなかった楼香と目が合う。

 千夏はすややかに眠っているのか意識がないのか判らないが、とにかく呼吸のみで反応がない。

 千夏に顔を向けてから楼香に顔を向けて、市松は狐面をつけた。


「どうせ機嫌損ねたのでしょう、神域のちゃんと礼儀払いました?」

「神域かどうかはわからねえけど、なんとかしたよ。ただ期限は五日間だ」

「だとしたら、五日以内にこの方をどうにかしないといけないね。影がないなら、心当たりある怪異がいます」

「なら連れてきて欲しいな、市松。お礼はとびきり美味しいケーキ作るし、この間言ってた話題になってるフライドポテト専門店の奢ってもいい」

「素敵なお誘いね、何を狙ってらっしゃるの?」

「同じ釜の飯を食えばいいんだ! 少しは共有できるだろ、何かを。言葉にできないけど、それが一番良い気がする」

「どうしてそう思うの」

「食事を介した話し合いって、進みやすいしうまくいきやすいでしょ。接待ってやつだ!」


 楼香の瞳には覚悟が決まっている。これは市松の関わる隙もなかったかと、市松は楼香を見直し、お辞儀をした。


「四日目にお連れします。それくらいの期間はご容赦を。説得して参りますので」

 市松はそのまま窓から後ろに倒れ込む形で落ちると、その場から消えた様子だった。楼香は気付かず、窓を覗き込むと地面には姿がない。

 楼香は四日目の食事のメニューを一生懸命考え込んだ。

 影吸いの怪異の気に入るメニューにしなければならないのだ。

 楼香は部屋に転がるランプを手に取り、大事に手の中で温めた。

 千夏はランプを手の中で温めれば、くすりと夢の中で笑った。


 *



 四日後現れたのは背丈が猫背の目元に隈が濃く残る、トレーナー姿の男と市松だった。

 男は指先をがじがじと咬み、乱雑に髪を掻きむしる。

 あまり身なりが整っていない男で、女性ならば目を背けたくなる見目をしている。それでも楼香は気にせず招き、席へと案内した。

 席に最初にいた千夏を見ると、男はちいっと舌打ちして、顔を背けた。


 この日のメニューはホウレンソウのお浸しに、土佐煮、キュウリの漬物に。手巻き寿司にした。お吸い物はあさりで調える。

 手巻きの具は、サーモン、トビッコ、まぐろ、きゅうり、しそ。いかに、納豆にたくわんに、と多彩だ。

 カラフルな食卓に男は目をきょとんとさせ、お吸い物から薫る温かな出汁に、鼻を膨らませ、期待の籠もった目で楼香をみやった。


「たべる、たべる、たべていいのか」

「もちろん、だけど、マナーは守ろうね。いただきます、だ」

「い、いただきます」

「いただきます」

「楼香さん、出汁醤油とって。僕はたくわんとマグロにします!」

「俺はいかとしそにしてみるかな」


 男の声を合図に、市松と鶯宿が食べ始める。

 楼香も食べ始め、千夏に食事を勧めてみる。

 男は面食らっていたが、歓迎されていると錯覚するほどの和やかなムードにふわりと心解れ、男も美味しい食事を愉しみ始めた。

 徐々に男と千夏は打ち解け始め、千夏が最後のサーモンを譲ったのを切っ掛けに、男は千夏へ心を許した。

 男はかわりに、最後のいかを譲ろうとしたが市松がすぐに食べたのでむっとする。しかし千夏には感銘をうけたままだった。


「いいやつ、いいやつ、いいやつだおまえ」

「ありがとう。ねえ、これもおいしい。楼香の料理相変わらずね。高校の時もお弁当美味しそうだった」

「昔からこれを作れるのは天才、天才だ。褒めるぞ、褒める」

「ありがとう」


 楼香は純粋な二人の称賛に顔を和ませ。和やかな食事を終えれば、男は気まずい顔をして頬を掻く。


「ごちそうさ、ま。そうだな、一緒にご飯をくう、くうのは、仲間だけだ。仲間を死なせるわけにはいかねえ。返してやる」


 男は影を千夏に返せば、そのまま席を立ち上がり、ありがとう、と玄関から出て行った。

 楼香はランプを確認すればランプに油はたっぷりと重みをまし、ランプの先に火は灯るし、影もしっかりとある。


 ほっと息をついた。


「同じ釜の飯を食う、なるほど、馬鹿にはできませんね」

「実際それで俺やお前は仲良くなっていった節はあるよ」

「まあ、鶯宿さんと僕は元から仲良しだったでしょ!」

「気持ち悪いこと言うな、今でやっとプラマイゼロだ」


 鶯宿の気味悪そうな顔をみて、楼香は噴き出した。


 *



 深夜に蒼柘榴がやってくれば、千夏は蒼柘榴にランプを手渡す。

 蒼柘榴は目を見開き頬笑むと、ランプを受け取り、その場に大勢のランプを現すとその中の一つにしまい込み並べる。

 一瞬見えたランプの大聖堂は消えると、千夏は意識を失い、その場に倒れ込みかけるが蒼柘榴が受け止め。

 そのままベッドに寝転がせた。


「今より起きれば彼女はこれまでの記憶を失いまス」

「全部?」

「いえ、今回の顛末と騒動だけでス。楼香くん、ご迷惑をおかけしましタ。心より感謝を」

「もう脅かさないでよね。あんたの怪異姿は怖くてたまらないから」

「無理ですヨ、だってワタクシはやんごとなき御方ですカラ」


 どこか威張った様子で蒼柘榴は笑った。

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