第十話 ハデスの蔑視2――暴露
楼香は持っている服の中でも一番ブランドとして品位のある服を選び、徹底的に身なりを気にした衣服にした。
ふんわりとしたオフホワイトのシフォンワンピースを選び、薄紫のストールを身に纏い。靴元は赤いヒールで纏めておく。
瞳の色と合わせた赤い色で、ヒールはエナメル質だ。
バッグは持っている中で一番お気に入りの、高めのブランドバッグ。
祖父が生きていた頃は気にしてなかったが、蒼柘榴に誘われた店は祖父が生きていた頃によく連れて行ってもらった高級レストランだったのだ。
祖父がいなくなってもレディとして振る舞えるようにならなければならない、その店の中では。
それが祖父のお気に入りの店だった店への、礼儀だった。
楼香の家に着いた一台の車からは運転手と一緒に青いヒトダマが乗っていて、ヒトダマが楼香が玄関に出るなり纏わり付く。
『ワタクシは人の姿だと狭いのでこのまま直前までエスコートしまス、すみません。ルールに背いてしまい』
「あ、いや、構わねえよ、狭いのは想像つく」
楼香はしょんぼりとしたヒトダマに慌てて手を振ると、ヒトダマにエスコートされて、車に向かう。
視線を感じて家を見上げれば、窓に鶯宿が見つめていてふいと視線を外した。
不思議に感じながらもレストランに向かうため車に乗り込み。白い屋敷のこじんまりとした一軒家に着けば、そこからは一日一組限定の接客が待て居る。
階段をエスコートされる、その頃には蒼柘榴はドレスシャツに黒いスラックスの出で立ちで。首元にサファイアのついたループタイをしていた。
中の店主は丁寧に接客してくれて、店員が二人のタイミングを見て料理を運んでくれるのに、料理の温度は適温。
ふんだんに旬の野菜に、国産の野菜、国産の牛肉に魚を使った料理。
この店は国産にとくに拘り、調味料でさえも拘りが強かった。
食事マナーに気をつけたフルコースは味がしないけど、お腹は膨れる。
久しぶりの肩が凝る場所に緊張していれば、蒼柘榴は微苦笑した。
「もっとリラックスしテいいのに、慣れてるでしょウ、こういうお店」
「無理よ、此処お爺様ときたことあるもの、お爺様お気に入りの店で失礼はできない。フォークが笑い出しそう」
「フォークが笑う年頃のときにもご贔屓にしていただきました」
店員が楼香を見て笑い、楼香も会話に入ってきた店員に笑った。
あっという間のデザートを食べる頃にはBGMにかかっていたクラシックも、ピアノの伴奏からヴァイオリンメインのものになっている。
シェフと会話をしてから、蒼柘榴につれられて、店を出ると階段で手を引かれる。
「うちに来ませんカ」
「家に誘うっていっても艶っぽい話じゃないんでしょ」
「ふふ、すぐばれてしまうのもつまらないものですネエ。ワタクシというものを、説明しようと思いまス」
蒼柘榴が申し訳なさそうな笑みを浮かべ、車の中にまた入り込めばそこは黒い洞窟に繋がっていて、中を楼香は歩いて行く。
暗がりの洞窟に炎がぽつりぽつり時々、燭台の蝋燭で照らされている。
道を暗いながらも照らされた範囲で、蒼柘榴の手を借りて歩いて行けば、船橋につく。
そばには豪華客船が停泊しているし、船を浮かばせる真っ黒い海も漂っている。
楼香は蒼柘榴に連れられて船に乗り込む。
客室や船室には、窓を見ればギリシャランプの明かりがぎっしりと詰まっていて、時々物凄い大きな女性の声が聞こえる、艶っぽい色だ。
「ああ、耳が穢れまスよね。妻です。正確には兄の妻」
「お兄さんがいるの?」
「ワタクシは、一人を三人に分けて役割を全うさせているんでス。その一人を兄と呼んでいまス」
「……そろそろ打ち明ける気になった?」
「はい。ワタクシは、ハデス。冥府の王です」
ふわりと、蒼柘榴は王冠と漆黒のマントを身に纏い、それまでドレスアップしていた衣装を黒い漆黒の全身黒で纏めたスーツに仕上げた。
喪服だ。
「ワタクシは、楼香くんのご両親に喚び招かれた冥府の王。ワタクシが神域に帰る行為が出来るようになるのは、楼香くんのランプを管理し終わるまで」
「それなのにランプが見当たらないから困っていた、ってわけね」
「然様。楼香くん、ワタクシは嘘をつくのにとても、そのう、向いてないみたいネ。心苦しくなる。だから、打ち明けました」
「……今、もしかしてこの世界って冥府? 死んだ世界?」
「そうなんです。あの世に生身でこさせましタ。ご両親以来のお客様でス。どうか、ワタクシと縁を切るならお返しします。でも、かりに。少しでも、ワタクシに関わりたいなら、これを食べてクダサイ」
「……柘榴?」
蒼柘榴はふわりと虚空から赤茶の柘榴を取り出して、楼香に手渡す。
「この身は、楼香くんに馴染んだ重ね陽の気質を少しだけ抑えまス。倒れる回数も減っていく」
「陽がなんだか判らないけどなら食べるよ」
「楼香くん、デメリットも疑わずに食べるのはやめなさい。冥府の食べ物の意味も分かるでしょう?」
蒼柘榴は人間であるならば、神話で冥府の物語の一つにこの世界での食べ物は、冥府の住人にする逸話があるのを知っているはずだと眉を下げた。
そのうえで食べるのか、とたしなめていた。
実際そんな効果のある実を渡したわけではないが今回に限っては。それでも、楼香は疑わないのも気になる。
敢えて意図的に含みを持たせて問いかければ、楼香はきょとんとした。
「あんたは人との約束を破る奴じゃないと思っているよ。とくに、命がけでやってきた夫妻の娘を、頼まれ毎とは裏腹に殺したりしない」
楼香は躊躇いも無く、柘榴を口にした。
果汁は甘酸っぱく、じゅわりと果汁が口端から滴り落ちていく。
柘榴を口にすればなるほど、少し体がふんわりと軽くなった気がした。
蒼柘榴は、たったそれだけで、楼香の気持ちを認めた。
「君が、ワタクシの、最後の炎になればいい」
蒼柘榴は破顔して、柘榴を食べた楼香を一瞬で、抱きしめ。その瞬間に楼香は消えた。
自宅へ戻したのだ。蒼柘榴は手元を見て震える。
船は変わらず女性の声がひっきりなしでうんざりする。
楼香はあの妻にはない品の良さを感じる。




