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錬金術師の過ごす日々  作者: らる鳥
五章

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「そりゃあもちろん構わないけど、ルービットはそれでいいのかい?」

 ヴィールを少し預かって欲しい。

 僕の頼みにバルモアは、少し意外な反応を示した。

 断る訳じゃないけれど、それでいいのかと僕に問う。

 こちらからお願いしてる事なのに、一体どうしてそう思うのか。


「いや、ヴィールを預かる事じゃなくって、その理由の方さ。大樹海の氾濫を予測する為の研究、ね。それが本当にできるなら、イルミーラに住む誰もがルービットに感謝するよ。もちろん、アタシだって同じさ」

 余計に意味が分からなくて、僕は首を傾げる。

 それのどこに、バルモアは引っ掛かりを覚えてるのだろう?

 いや、違うか。

 彼女はどうして僕を心配してくれているのだろう?


 するとバルモアは苦笑いを浮かべ、

「いや、アタシの考え過ぎなら良いんだけどね。ルービットは今はアウロタレアに暮らしてるけれど、一ヵ所で、同じ事をし続けられる性質じゃないと思ってたからさ。皆の感謝で、イルミーラに縛られやしないかと思ってね」

 そんな言葉を口にした。

 あぁ、いや、でも、そうかもしれない。


 僕がこのイルミーラにいるのは、キューチェ家の家督を争わない為にイ・サルーテを出て、それでも錬金術の研究を続け、ホムンクルスを完成させる環境が欲しかったからだ。

 そしてホムンクルスであるヴィールが、こうして培養槽の外でも活動できるようになった今、ここに留まり続ける大きな理由は……、戻って来るといったディーチェを待ってる事くらいか。

 しかしそれも、ヴィールの置かれる状況次第では、別の場所に引っ越したり、イ・サルーテを訪れる必要だってあるかもしれない。

 ディーチェとだって、居場所さえ知らせておけば、どこでも合流はできる。


 バルモアは感謝が僕を縛るというが、そもそもイルミーラという国の力を借りて、広い規模で大樹海の魔力を調べる事になったなら、僕を縛るのは立場だろう。

 氾濫を予測できるかもしれないって、好奇心を満たす事ばっかりに目が行って、その辺りは全く考えてなかった。

 例えば氾濫を予測する機関のようなものが作られて、そこで責任のある立場を拝命されたなら、僕は一介の錬金術師じゃいられなくなる。

 確かに大樹海の魔力を調べ、氾濫を予測する研究は興味深いが、それに一生を捧げようという熱意は、今の僕にはない。


 僕の望みは、安定した立場を得て同じ研究を続ける事でもなければ、立身栄達でもない。

 それを教えてくれたのは、かつてはバルモアも、傭兵として自由な生き方をしてたからだろう。

 きっとその忠告は、彼女からしか出なかった物だ。


「そうだね……、ちょっとそれは、考えなきゃいけないな。バルモア、ありがとう。ただ他の誰かに引き継ぐにしても体裁は整えとく必要があるから、ヴィールの事は、暫くお願い」

 僕が氾濫の予測という新しい事を成し遂げてイルミーラで立場を得れば、実家であるキューチェ家はきっと喜んでくれる。

 イ・サルーテから遠く離れた場所であっても、錬金術師の地位を高める為に、大きく貢献してるから。

 またヴィールだって、立場を得れば守り易くなる。


 良い事ずくめではあるけれど、代わりに失う物は身軽さか。

 どうにか一介の錬金術師としての身軽さを失わぬまま、メリットだけを得られぬものかと、そんな風に考えてしまう。


 これに関しても、バーナース伯爵に相談するべき事柄だった。

 仮にイルミーラが僕を召し抱えようとしても、先に僕がバーナース伯爵に仕えてアウロタレアでの立場を得ていれば、それが断る口実になる。

 バーナース伯爵とはそれなりに付き合いもあれば、色々と貸しもあるから、厄介な仕事を投げられる事はあったとしても、一つ所に縛り付けようとはしないだろう。

 その上でイルミーラには、イ・サルーテからキューチェ家と繋がりのある、立場を得たい錬金術師を招聘して貰えたら、僕としては実に都合が良くて最高なのだけれど……、流石に無理かなぁ。


 いやでも、このイルミーラで外交を担当してるカレデュラ大公には、バーナース伯爵を通してではあるけれど、少しばかりの縁がある。

 その縁を手繰り寄せれば、或いは。


「ルービット、随分と悪い顔してるよ。まぁ、その方がらしいけれどもさ。じゃあ、気を付けて行っといで。ヴィールはその間、きっちり面倒見ててあげるから」

 そう言って、バルモアは快くヴィールの事を引き受けて、僕を大樹海へと送り出してくれる。

 正直、新婚の彼女にヴィールを預けるのは、少しばかり気が引けたけれど、バルモアはアウロタレアでも最も頼れる友人だから、何か土産を持って帰る事で、許して貰おう。

 土産を持って帰って来たら、変な気を使うなって言われるかもしれないが、受け取ってはくれるだろうし。


「マスター、いってらっしゃい」

 ヴィールが、少し寂しそうな顔をして、僕に向かってそう言った。

 それはかなり心が痛むが、仕方ない。

 大樹海の浅層、森ならともかく、中層ともなると、僕もヴィールを庇える余裕がないのだ。


 せめてもう一着、彼の為に隠者の外套を用意できたらいいのだけれど、これは錬金術師協会が定めるところの、流通禁止品である。

 マジックバッグのような流通制限品は、ちゃんと手続きを申請すれば割と許可も下りるのだけれど、流通禁止品は自分で使用する目的以外の許可は、ほぼ下りないと言っていい。

 これを破ると、キューチェ家に所縁の僕であっても、恐らくただでは済まないだろう。

 いつか、ヴィールの存在を錬金術師協会に認めさせ、その上で彼自身が錬金術師の資格を取り、自分で隠者の外套を作れるようになったら、話は別なのだが。


 でも、まだまだ先かもしれないけれど、ディーチェも動いてくれてるし、錬金術師協会も、いずれはホムンクルスを認めるだろう。

 ヴィールも、錬金術師としての訓練を始めた。

 いずれはきっと、そうなる筈だ。


「うん、いってきます」

 その未来を楽しみに、僕は一人で町を出て森に、大樹海に、足を踏み入れる。



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