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森に入って、僕は育成度合いの違う数本の木の皮を少し剥いだり、土や石を幾つか採取し、それを溶液に浸して保有する魔力を調べる。
どうしてこんな事をするかと言えば、例えば木々は環境の魔力以外に、種類や育成度合いで保有する魔力が違うかもしれないし、土や石も成分で大きな違いがあるかもしれない。
今はそれすらわからないから、安定した指針となる物を見付ける為にも、色々と調べてみるより他になかった。
また大樹海の浅層である森と呼ばれる部分も、深度によって危険度が違う。
つまり環境の宿す魔力は違う筈だった。
森の区分けは四つだが、その最も外側で、人の手も多く入った最外層は、魔物も少なく、比較的安全な場所とされる。
現れる魔物は精々小鬼が数匹で、普通の獣である狼の方が危険なくらいだ。
検出した魔力は、木々も土も石も、どれもが想定通りごく小さい。
そこより内に入れば、魔物の数も種類も増える外層。
小鬼の群れは大きくなり、魔蟲や植物タイプの魔物も姿を見せる。
とはいえ、数は増えても、魔物の強さが極端に変わる訳じゃないから、一定以上の実力を持った冒険者なら、然程に危ない場所じゃない。
魔力は、木々はグッと増えてるけれど、土と石は微増に留まった。
……どうやら、最外層の木々は何度も人の手で切られているから、保有する魔力が少ないらしい。
しかし外層になると樵も簡単には木を切れないから、有する魔力も大きいのか。
外層よりも更に森の内、そのままの呼び名だけれど、内層に入れば魔物は格段に手強くなる。
小鬼はこの環境では幾ら群れても他の魔物に勝てないから生きられず、姿を見掛ける事はない。
普通の獣もあまりおらず、大型の猪や熊が多少いるくらいか。
尤も大型の獣も、内層では単に捕食される存在だけれども。
そう言えば獣で思い出したが、ペーロステーで起きた氾濫では、主に獣タイプの魔物、魔獣が襲ってきたそうだ。
魔獣は、アウロタレアの氾濫で襲ってきた魔人種とは違って、基本的には知能は低いし、違う種類が協力し合う事もあまりない。
けれども、だからこそダイアウルフや二首狼、猛轟猿といった魔獣が、お互いに喰らい合いながらも何千と町に押し寄せてくる光景は、さぞや恐ろしかったろう。
それはさておき、内層の魔力も想定通りに全てが増えてる。
魔物の手強さ狂暴さと、環境の魔力、更に木々や土、石といったその断片の魔力も、ほぼ比例すると言っていい。
内層まで来ると、魔力を調べてる最中に魔物に襲われる事もあったが、返り討ちにしながらも作業を続けた。
ちなみに内層で見かける中鬼、体長が2m程の魔人種を一対一で、或いは群れをチームで倒せれば、強さを貴び、実力者が多いイルミーラでも一人前の冒険者として扱われる。
ただ人間よりも巨大で、魔物であるから力も強い中鬼は、決して容易い相手ではない。
イルミーラの一人前の基準は、他の国に比べると、かなり厳しいと僕は思う。
内層を抜けて更に進むと、森と呼ばれる大樹海の浅層では最奥、最内層に辿り着く。
最内層には、森の中でも上澄みの強さを持った魔物が生息してるが、ここには時折、大樹海の中層で縄張り争いに敗れた魔物がやってくる。
縄張り争いに敗れた個体であっても、大樹海の中層の魔物は、森の魔物に比べて格段に強く、厄介だった。
最内層で活動できる冒険者は、ベテランの域にあると判断されるだろう。
その時折流れてくる大樹海の中層を狩れたなら、森の魔物を相手にするのとは、文字通りに稼ぎの桁が変わる。
故に多くの冒険者は、最内層での活動を目標に、自分を鍛えているそうだ。
最内層の魔力も、……これも大体は想定通りか。
ここまで調べてみた限り、木々はやはり育成度合いに保有する魔力が左右されるから、近い場所でもブレが大きい。
土や石に関しても、その木々の葉が積もったり、魔物の糞等が混じるのであろう表面近くは、若干ブレる。
尤も少し深く掘れば、近い場所では殆どブレなく似たような量の魔力が測定された。
ただこの深く掘ればブレがなくなるというのは、周辺の環境の影響を受け難い、つまりは氾濫が起きそうな変化が起きてる時でも、地中の土や石は魔力の変化が乏しい、或いはゆっくり変わるって事かもしれない。
結論を出すにはまだ早いけれど、やっぱり広く色んな物の魔力を測定して、変化を観測した方が良さそうだ。
例えば、帰り道では水場に立ち寄り、水に含まれる魔力を測定してみるのもいいだろう。
森に足を踏み入れてから、七日。
普段は五日ほどで踏破する森を、調査やら何やらで時間を喰った結果、僕は二日余分に掛けて抜け、大樹海の中層へと辿り着いた。
大樹海の中層は、魔術を扱わない人間でも分かるくらいに、踏み込めば明確に空気が変わる。
生える木々も、一回りは優に大きく、これまでの森とは全く違う環境だ。
ここに踏み込めるのは、一流や、超一流と呼ばれる、本当に限られた人間だけ。
例えばアウロタレアでは、バルモアとかシュロット・ガーナー辺りだ。
尤もバルモアが大樹海の中層に来れてたのは、同等の仲間とチームを組んでの話だから、傭兵を引退した今となっては、彼女がここにくる事はもうないだろうけれども。
シュロットは単身でもここまで何ら問題なく来るだろうだから、彼は、そう、紛れもなく超一流と呼ばれる人間だった。
一応、僕も中層には来れるけれど、それは錬金術で作ったアイテムの、主に隠者の外套の性能だから、シュロットとは随分と意味合いが違う。
そしてイルミーラには、その超一流の更に上、四英傑と呼ばれる存在がいて、何でも大樹海の中層を超えた先、深層に生息する魔物とすら互角に戦うらしい。
冗談みたいな話だけれど、実際に氾濫では深層の魔物が遥々やってくる事があって、それでもイルミーラが滅びてない以上、それは真実なのだろう。
アウロタレアの武闘祭では常に優勝者であるシュロットが、王都で行われる大武闘祭では覇者でないのだから、それ以上の強者がイルミーラにいるのは間違いないのだ。
まぁ僕は、そんな彼らと違って普通の人間なので、できる限り魔物は避けながら、中層の魔力を調べたり、ついでにちょっと素材の採取を行う。
いや、森で得られる素材はともかく、大樹海の中層で得られる素材は、依頼を出しても中々手に入らないし、自分で採りに来るにしても割と手間だから、折角ここまで来たのだから、できる限りは持ち帰りたい。
ヴィールを預かってくれてるバルモアにも、何か土産を持って行きたいし、この中層まで来なければ見つからない果実、酒精の実なんてどうだろうか。
酒精の実は、人の頭くらいはある大きな果実で、硬い殻に包まれてるが、これを開けると中は甘い果肉と果汁が詰まってる。
ただこの果汁の方が、どういった原理かは僕にもわからないのだけれど、自然に発酵した酒になっているのだ。
故に酒精の実と呼ばれるのだけれど、この酒には強い滋養強壮効果があった。
ちなみにこの酒に錬金術で手を加えれば、強壮剤にもなるし、人を惑わす媚薬も作れる。
新婚の、子を持つ為に傭兵を引退したバルモアには、些か余計なお世話かもしれないが、向いた土産になると思う。
中層の魔力は、木々に関しては更に跳ね上がり、他も森とは比較にならない程に、強い。
おおよそ、僕の想定を裏付ける結果だった。
環境の魔力は、その断片にも反映される。
しかし断片はあくまで断片であり、環境の魔力以外の影響も受けるから、色々な断片を測定しなければ、環境の魔力は測れない。
もちろん今回の測定だけで、氾濫に繋がる何かがわかった訳ではなかった。
氾濫に繋がる何かを得る為には、繰り返し、長い期間、広い範囲で測定を続ける必要がある。
但し、僕が必要とする最低限の体裁は、一応ではあるが整ったと言い張ろう。
測定のデータなんて全く溜まってないけれど、これらの研究を採取の傍らにチマチマとやってたから、僕はあのペーロステーの氾濫を、偶然にも察知できたのだと。
今はそれで十分だし、それ以上の何かを作る時間は、足りてない。
後は、そう、バーナース伯爵と口裏を合わせて、今後の僕がどうするかを決めるだけだ。
……バーナース伯爵への土産も、酒精の実でいけるだろうか?





