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召喚先が皆巨人過ぎるので私はヒールを極めます  作者: しゅか
本編外ショートストーリー
7/7

恋までの距離



 異世界召喚をされてもうすぐ5年、ニチカはハイヒールへの情熱を傾けながらも、この世界での日々に慣れ切っていた。

 もっと正直に言えば、ハイヒールに傾倒しすぎて、元の世界へ帰るという意識がさっぱりポンとなくなってしまっていた。

 図書館通いはしているものの、調べものは遅々として進まず、半ば惰性で通っているようなものである。


 そんなある日、午後に設けられた自由時間にニチカは花を眺めながらのんびりと窓際で日向ぼっこをしていた。

 そよそよと風が気持ちよく、このままだと昼寝をしてしまいそうだとあくびをした。


 窓際で日向ぼっこをしていると、たまに中庭を通る人の声が聞こえてくる。その日も誰かがやってくる話し声が聞こえてきたので、ニチカはその話に耳を傾ける。

 聞こえてくる話題でよくあるのは最近人気のお菓子の話や、誰それが付き合ってる等の恋バナ、神官の誰がかっこいいなどの話だった。

 今日はどんな噂が聞こえてくるんだろう。

 わくわくと耳を澄ましてみれば、聞こえてくるのはこんな会話だった。


「そういえば、今年の理想の夫婦ランキングが出たわね。」

「あ、私も見たわ。今年はとうとう一位が変わったわねぇ。」

「私あまりにも嬉しくて、家族に自慢を…」


 通りすがりの会話は断片的で、そんな会話が過ぎ去っていく。


「…理想の夫婦ランキング?」


 ニチカは首を傾げる。

 サーリやユリア、アリシアからは聞いたことのない話題だった。

 むくりと起き上がって後ろを振り返ると、ユリアだけがそこにいる。

 他の二人は休憩や別の用事でいない。自由時間は、よほどの予定がない限りはニチカについている侍女の内1人だけが付いている様にシフトが組まれている。


「ユリア、ユリア」

「はい。何かございましたか?ニカ様」


 ユリアは初めてニチカ会った頃よりちょっと皺の寄った目じりを綻ばせて応える。


「理想の夫婦ランキングって、なに?」


 次の瞬間、笑顔が硬くなった。


「聞かれたくない事?」

「え…えぇと…そう、ですわねぇ。」


 困った顔で動きもぎこちないユリア。

 ニチカは何かピンときた顔をした後、じっとユリアを見る。

 ユリアはいつもであればニチカを褒めたりたしなめたりと、どこかお母さん味のある優しい美人で、とてもちゃきちゃきとした人である。

 そんなユリアがこうも言葉に困っているのはとても珍しい。そして、ニチカに言いづらい事だという反応にも、ニチカはいぶかしむ。隠し事をされているのだろうか。


 そこへ、休憩の終わったアリシアが明るく戻ってきた。


「失礼いたしますー。アリシアもどりましたー…って、あれ。何かありました?」


 なんだかいつもと違う雰囲気に、アリシアはあっけらかんと聞く。

 ニチカはこれ幸いとアリシアに聞いてみることにした。


「アリシア、理想の夫婦ランキングが出たんですって?」

「あ、そうなんですよー!今年のランキングはとうとう…ニカ様と神官長様が一位になって、もー私嬉しくてー。」


 あっけらかんと言われる言葉に、ニチカは愕然とした表情になり、アリシアはやってしまった…と額を抑えた。


「あれ、ユリアさん、何かまずかったです?」


 アリシアは2人の雰囲気にきょとりとする。


「ふ、ふ、ふ…」

「ふ?」


 変な声をとぎれとぎれに上げるニチカ。

 ぷるぷると震える手元はきゅうっと握られ、顔は真っ赤に染まっていた。


「夫婦ってなに!?わ、私、誰とも結婚してないよ!!」


 わっと叫ぶニチカに、アリシアは目を白黒させる。

 なんとなく色々と察していた年上のユリアは、やっぱり…と、ため息を飲み込んだ。


「え、え、ニカ様、ご存じじゃないんですか?」

「なにを!?」

「神官長様は、神の子に最後まで寄り添う役目があるって話は…」

「それは聞いたけど!でも、私結婚なんてしてないよね!?」


 侍女2人は、ただひたすら困った笑顔でニチカを見つめる。

 この国の人間にとっては、神官長は代々神の子の伴侶として死が互いを分かつとしても、一生添い遂げるものであるのは当たり前の事だった。ただ、ニチカがこちらへやってきた時、彼女があまりにも幼い容姿だった為に誰も『夫婦』や『伴侶』といったニュアンスの話をしなかった。

 それが原因でこの状況を生み出してしまっているのだが、うまくとりなす方法を、侍女達は見つけられないでいる。

 まさか見た目年齢を気にしている本人に、この4年で一切見た目が変わらないが故に、なるほど成人済みだったのだなとやっと納得した。などとは言えるはずもない。


「うぅぅ…」


 2人のその顔に、明確な答えを得られないと悟ったニチカは、両手を握ってしかめっ面をしたかと思うと、駆け出した。


「いいもんっ。ザイーグに聞いてくるしっ。」

「えっニカ様!」

「ま、待ってくださいー」


 さすがにそれはあまりにあんまりだと、ユリアとアリシアはニチカの後を追う。

 だがしかし、タイミングの悪いことに今日のニチカは普段より踵の低い靴を履いていて、小さな体は身軽に飛んで行ってしまう。


「あぁ…ニカ様…」


 あっという間に廊下の角に消えてしまう背中に、侍女達の悲しい声が響いた。



「ザイーグ!」


 ノックは申し訳程度にされ、返事もない間に開けられた扉に、ザイーグと周囲は驚き、扉を見た。

 そこには、普段はほわほわと日々を過ごしているニチカが両手で扉を開いた状態で立っていた。


「どうされたのですか?ニチカ様が声を荒げるなど、珍しい。」


 驚きつつも、落ち着いた声でザイーグが問えば、周囲もこくこくと頷く。これまで、幼い幼いと言われてむくれたり拗ねたりすることはあってもこんな風に荒々しい様子を見せることはなかったニチカの初めて見せる様子に、戸惑いを隠せない。

 困ったりおろおろしたりしている周囲が見えていないニチカは、乗り込んだザイーグの仕事部屋にずんずん入っていくと執務机をぐるりと回ってザイーグの座っている椅子のひじ掛けに手を置き、ぐっと顔を近づけた。


「理想の夫婦ランキングってどういうこと!?私、結婚とかした覚えないよ!!み、みんな私とザイーグが夫婦だって思ってるって事!?」


 涙目になっているニチカ。大きな声で発せられた言葉が部屋中にこだまし、神官達は凍り付き、遅れて部屋にたどり着いた侍女たちはやってしまわれた…と、天を仰いだ。


「…なるほど。」

「なるほどって何!」


 ペチペチちひじ掛けを叩くニチカ。

 ザイーグは小さなため息を一つつき、部屋を見渡す。


「全員、部屋から出てもらえるかな。話し合いが必要そうだ。」

「た、ただちに。」

「承知しました。」


 神官達は口々に言うと、仕事に必要な物を即座に集め、退室していく。

 部屋の入口でそれを見守った侍女たちも、ザイーグと目が合い、はっとして扉をきちんと締めた。

 廊下で神官達と侍女たちは互いの顔を見、先ほどのザイーグと同じく小さなため息をついた。

 その時、全員の心は一つだった。


 おいたわしや。神官長様。


 部屋の中に2人きりになると、ザイーグはさてどうしたものかと思いながらチラリとニチカを見る。ニチカはじっとザイーグを見据えて、ちゃんと説明して。という顔をしている。


「理想の夫婦ランキングというのは、どこで聞かれたのですか?」

「噂してるのを耳にして、アリシアに聞いたら…私達が、一位に入ってたって…」


 改めて聞かれて、ニチカは夫婦という内容に恥ずかしくなり、モゴモゴと答える。

 結婚もしていなければ、彼氏もいないのに、なんで…と思っている顔をしているニチカ。


「私も、あまり市井でのはやりを把握しているわけではありませんので、なぜそのようなランキングに名前が挙がっているのかはわかりませんが、その要因となるものに心当たりはあります。」


 落ち着いたザイーグの語り口調に、ニチカは徐々に暴れていた心が落ち着いていくのを感じながら相槌を打ち、先を促す。


「代々神官長は、神殿長によりそい、最後まで付き添い続けます。それはお話ししたかと思います。」

「うん。前に教えてもらったの、覚えてる。」

「先代の神官長は44代様が息を引き取られた時神官長を退き、今はその眠りの番をしております。先々代の神官長は43代様と共に灰になることを望み、同じ場所で眠っております。」


 ザイーグの語る歴代の神官長の話に、ニチカは目を丸くする。

 その表情だけで、お互いの関係性への認識にどれほどの隔たりがあったのかがわかる。ザイーグは優しくニチカに笑いかけ、その頭を撫でた。


「ニチカ様をお呼びする時、私もその最後を見送り、死ぬまでそれに寄り添っていくのだと思っていました。そうした在り様から、神官長は神殿長の『伴侶』として寄り添うものだという意識が根強く…民もその様に私共を『夫婦』と認識しているのかもしれません。」

「でも…そんな…結婚式もしてないし…」

「はい。」

「そもそも、こ、恋人とかでもないし…」

「そうですね。」

「私の育った場所では恋愛結婚が主流だったし…」

「それは初耳ですね。」

「周りに言われてそういうものかって思う事なんてできないし…」

「ニチカ様はニチカ様の心のままでよろしいかと。」

「そもそも、ザイーグだって別に恋心があって側にいるわけじゃないでしょう?」

「…」

「ザイーグ?」


 混乱しながらあたふたと言い訳のように言い連ねるニチカに、今度はザイーグが優しく相槌を打っていたが、はたと反応が止まった。

 表情はそのままに、返答のないザイーグにニチカは不思議そうに顔を覗き込む。

 じーっと見つめあう事数秒、ふむ…と、ザイーグは顎に手を当て、何かに納得した様な仕草をした。


「ニチカ様」

「え、うん?」


 そして、徐に立ち上がると、普段ニチカの顔を覗き込むのと同じように片膝を床につけ、片手を差し出した。


「この国で、告白や求婚をする時は必ず男性がこうして片膝を付き、手を伸べるのですよ。」

「…え…」


 その動作に慣れ切っていたニチカは、当たり前のように伸ばされた手に自分の手を置いていた。手が重なってからやっと言葉の意味が染み渡り、顔が真っ赤に染め上がる。


「私は常にあなたと共に。ニチカ様」

「!!!」


 声にならない声が上がる。

 かちこちに体を強張らせて、ただひたすら目をパチパチとする様を見上げながら、ザイーグは声をあげて笑った。


「ニチカ様のペースで考えてくださればそれでよろしいのですよ。」


 ニチカはたまらず、ぷしゅーっと空気が抜けたようにへたり込んだ。

 大変な程に心臓がバクバクいっている。こんなに心臓が動いていたら、あっという間に人の一生分の鼓動を使い終えてしまうのではないだろうか。

 顔や耳だけじゃなく全身が熱くて、頭がぼーっとする。

 これはしばらく立ち上がれなさそうだなと、ニチカの様子を眺めていたザイーグは、ニチカがおびえないようにゆっくりと近づくとそっと抱き上げた。


「いつか私の乞いに答えが出たら、どうか教えてくださいね。」


 ザイーグの顔をどうしても見れず、その肩に顔を埋めながらミチカは小さくコクリと頷きだけを返した。






お読み頂きありがとうございました。


これにて、ショートストーリーも書きたい事は書き終えました。

評価、ブックマーク、感想、どれもありがとうございます。


また別の作品でも皆様に楽しいひと時を味わっていただけたら幸いです。


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