Side-11
その後シエルは昏睡と覚醒を繰り返した。
私とヒューイが見に行った時には目を開いてどこか一点を見つめ何の反応も見せず、ニルヴァの元にいた男をこの施設で見張っていたガヴェインが見に行った時には、昏睡状態に陥っていたという。
ファロスからも同様の報告がなされた。
「シエルはちゃんと元に戻るんだよね」
元に戻る、という言い方は正しくないのかもしれない。
でもそう言いたくなるほどの状態であることは確かだ。
「まだ、何とも……。一度でも意思の疎通ができれば大丈夫だと思うんだけどね」
私の言葉にセスは表情を変えずに答えた。
「そっか……」
大丈夫、という言葉が欲しかった。
そんな私とセスの会話を、少し離れたところからヒューイが辛そうな表情で聞いていた。
「ヒューイ中佐」
突然、扉の向こうからノックと共にヒューイを呼ぶ声が聞こえた。ファロスの声だ。
「入れ」
その言葉で勢いよく扉を開けたファロスは、どこか焦ったような表情をしていた。
「シエルに何かあったのか?」
ただならぬ様子にヒューイが聞く。
「目覚めたシエルと会話が成立しました。ですが騎士団の管理下にあることが信じられないようで、殺してほしいとしきりに口にしていて……どなたか来ていただきたいのですが」
殺してほしい。その言葉に胸がキュッと締め付けられた。
ファロスはシエルと面識がない。知っている誰かがいなければシエルとしては信じられないのだろう。
でも会話が成立したということはこれで大丈夫ということだろうか。
「行こうか」
ヒューイの言葉に頷いて部屋を出る。
だがセスは着いて来なかった。
「行かないの?」
「……君たちのことが認識できるようなら、後で俺も行く」
戻ってセスに聞くと、視線を合わせずにそう言った。
結論から言うと、私とヒューイが行った時にはシエルは再び昏睡状態に陥っていた。
その時はまた目が覚めたら、と思っていたのだが、シエルはそこから昏々と眠り続け一向に目を覚まさなかった。
なぜ目を覚まさないのか分からないと、セスとファロスは相当の焦りを見せていた。
何でも、刺激に対して何の反射も見せないのだという。ただ眠っているだけというわけではないらしい。
治癒術師たちを入れた4人で何度も原因を探り合い、ファロスはファネルリーデの文献がないかどうか城まで調べに行ったりしていた。
私もヒューイもガヴェインも、医術に携わる者がこぞって焦る様子を見て、シエルの身に予期せぬ事態が起こっていることは嫌でも分かった。そんなシエルの元をちょこちょこと訪れ声をかけたり手を握ったりと何もできないながらもシエルのために尽力した。
特にヒューイは忙しい合間を縫って頻繁に通っていたと思う。それだけ、責任を感じていたのだろう。
だがシエルは目を覚ますどころかピクリとも動かなかった。不安になって何度も息があるかを確かめてしまったくらいだ。
セスは仮眠も食事もほとんど取らずに、ずっとシエルの側にいた。
何度も何度も声をかけ、肩を揺らし、それでも何の反応も見せないシエルを前に、セスは辛そうな表情を隠さなかった。
まるで泣きそうな表情だと、私はそれを見て思った。調教施設で、出会う人間を片っ端から無表情で斬り殺した人と同じ人だとは思えなかったくらいだ。
そんなセスに、誰も何も声をかけられないまま、丸2日が経過した。
3日目に、やっと目を覚ましたと安堵の表情で報告に来たセスを前にして、私たちも心から胸を撫で下ろした。