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胸糞回かな〜?
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喉を潤し、辺りを散策する。
転がっているのは人の肉片ばかり……。吐き気を通り越して、感動すら覚えている。
そんな自身の狂気を恐れてはいたが、少しばかり心地いいとも感じてしまった。
血塗られたゴミ袋には先程掻っ攫ってきたペットボトルがいくつか入っている。その一つのスポーツドリンクのキャップを開け、口に含みガブガブと浴びるように飲んだ。
いくら水分をとっても満足出来ない……まるで何かに飢えているかのように……頬についた血をペロリと舐めればなんだか満たされたような気分になる。一種の麻薬みたいな物だろうか?
タバコにも似た幸福感……幸せに包まれているかのような至福が一瞬だけ脳裏をするりとのたうちまわるウナギのように抜けて行く……。
ギトギトのぬめりを残し、さらに欲してしまう。麻薬とはこんなにも気分が良くなるものなのだろうか? 使ったことも見たこともない得体の知れない物にすがるその姿はとても物悲しい物なのだろう……。
「ひひひっ……」
引き攣った笑みが口から溢れる。
戦場の毒に侵されてしまったのか? それとも元から狂っているのか、誰かに狂わされているのかは定かではないが、今一つ言えるのは完全に夜見自身収集が付かなくなるほどに狂っている。
止められない、止まらない、止めたくもない……。
ドス黒い感情と、優しい感情が入り混じり、せめぎ合い脳裏を歪ませて行く。
「ここから出なくちゃ……」
僅かに残された生存本能だけか今の夜見の常識であり理性でもあり感情でもある。
『ただ殺したい』それだけのためだけに……。
千鳥足で割れたガラスを抜ければそこには地獄とも言い難い更にそれを煮詰めたような光景が広がる。
死臭とか、腐った匂いではない……生を穢す匂いだ。生きたいと思う思想、理念、概念、本能あらゆる物を根本からねじ伏せ、奪い、侵す毒のような匂いであり、気配でもありそして、殺気でもある。
耳を波立たせる様な小さな悲鳴、聞こえづらくとも聞こえる鬼の笑い声、咀嚼音、骨が砕かれ粉々にされる音……たまらなく胃が痛くなる。
道路を挟み車からはいくつも火が上がる。
植木鉢に植えてあったであろう花々は黒く萎れている。空は黒く曇り、今にも降りそうだ……太陽は身を隠す様に雲を探す。
それとどこを見ても死体が見当たらない……血だけは垂れているのに……きっと食べられたのだろうか?
これを食べたとしたら相当お腹が空いていたのだろうか?
分からないけど、胸糞悪い……!!
怒りを胸に抑え込む……。胃液が濁流するかの様に胃腸内が荒れる。
痰を吐くと少し赤みがかっていた。
体の方は限界が近い。無茶し過ぎたのだろうか?
そもそもどうして私は傷ついているのだろうか? 何度目か分からないほどこの問いを問い続けているが、やはり師匠がやったとしか思えない……もし仮にここを生き延びれたら問い詰めて私と同じ目に合わせてやるんだから!!
遠くの方で聞き覚えのある悲鳴が聞こえた。
人々は既に地下へと潜っているはずなのに聞こえる声…………この声、まさか!! 夏帆お姉ちゃん!!!!
「クソがーー!!」
声にならない悲痛な叫びをあげる。枯れ果てた喉から血が吹き出している。肺が締め付けられる様な感覚が襲う。とうに空気が吸えなくなっているとでも言うのだろうか?
そ今はそんなことどうでもいい……。
『瞬光!!!』
心の中で呟き、人の限界を突破した速さで声の主の元へ駆ける。
数秒駆けていると視界に薄っすらと見覚えのある服を着た女性が鬼に襲われているところがありみえた。
!!
やらせるものか!!!!!
◇
時間は少し戻り一時間程前……。
「夜見ちゃんは大丈夫かな?」
すっかり荒れ果てた見慣れた街をボロボロの服で歩く。
道中で餓鬼に襲われたり、転けたりと色々あったが夜見ちゃんに比べたらこんなものへっちゃら〜。
自身をそうやって鼓舞しないと立っていられないくらいには傷つき、衰弱していた。
身の丈ほどの木の棒を携え、千鳥足ながらも歩いて行く。
避難先からここまで歩くのには苦労した……美穂ったら急いで車飛ばすんだもん、シートベルトが胸に食い込んで息苦しかったな……はははっ。
病院まではまだ少しあるし、休憩でもしようかな? だめ、ここで呑気にしてたら夜見ちゃんまたなにやらかすか分からない……まぁ、こんな事してる私もなにしてるんだろうかな?
美穂にはこっ酷く叱られるんだろうな……あんなこと言っちゃったし、美穂怒ってないかな?
△
「夏帆! あなた正気? 鬼が跋扈してるこの今外に出て夜見ちゃんを助けに行くなんて……自殺行為も甚だしいよ。確かに貴方が夜見ちゃんを大切に思っている事は私も分かるし。それに、私だって夜見ちゃんの事が大切なんだよ!」
暗い地下……ジメジメとした空気が淀み暗い気分をもっと暗くする。
草木の一本も生えず、唯一ある明かりも点滅している。きっと長い間使われなかったせいか掃除もろくにされていない。
埃まみれで、チリも積もればなんとやらだ。
ここには私と夏帆、それと私の両親、夏帆の両親がいた。
町外れの小さな小屋に隠されている割と小さめな隠れ家だ。
そんな小さな隠れ家で今まさに喧嘩が始まろうとしていた。きっかけは私……夜見ちゃんを救いたいというワガママのせい……。
「美穂聞いてるの?」
「うん、分かってる。分かってるけど夜見ちゃんはまだ子供でなにもできなくてなにも、なにも……」
涙がこぼれた……。
あまり感情的になるのは良くない事だけど……だけど夜見ちゃんだけは救ってあげたい……たとえ私が死んだとしても。
あの子だけはなんとしても守ってあげなきゃいけない……そんな気がするの。
あの子はまだおしゃれも美味しいご飯も、まだお話ししたい事が沢山あるの。
だから、まだ死んじゃいけないんだ!!!
「美穂それでも私は行かなくちゃいけないの……分かって」
「だめ、そこまで行きたいなら私を倒してからにして! じゃないとじゃないと私夏帆の事嫌いになっちゃうんだから!」
「……うん、分かった」
「分かってくれた?」
私は拳にぐっと力を込めた。
「美穂、ごめん……私行くから」
美穂の腹部に強い衝撃が来た。思わず美穂は声にならない声を上げた。
「夏帆……そこまで、そこまで夜見ちゃんのことを…………」
「私行くね……ごめんね美穂」
△
あんなこと言っちゃったけどもう、私あそこに戻れないかもしれないな……。人を殴るってこんなにもつらくて痛くて涙が止まらないんだね……夜見、ちゃん。
◇
「夏帆お姉ちゃーーん!! 今、今そっちに行くから!!!!!!」
全力で叫んだ! 声が枯れてもいい。喉が潰れてもいい。だから死なないでお姉ちゃん。
鬼がお姉ちゃんに刀を振り下ろし…………た。
グサリ……鈍い音がした。
とうに聞こえなくなっていたはずの耳がわずかな音を聞いた。
夏帆お姉ちゃんは最後の最後まで抵抗していた。地べたを這いずり回り。あの鬼から逃げようと必死になっていた。
短い悲鳴と苦痛に満ちた声……。
許さない……許さない許さない許さない許さない!!!!
お前だけは絶対に許さない。
鬼は新しい獲物を見つけたようで広角を上げ喜んでいた。
「坂巻流剣術……八式、天照!!!!!」
すでに声は出ない。
刀を、地面に当て引きずる。
そして、瞬光。
次第に刀が赤く紅蓮に光り輝く。
そして、その紅蓮は赤く燃える炎へと変わり次第に刀を包み込むような形で地面を燃やして行く。
「死ねーーーーーーー!!!!!」
下から突き上げられた刀、鬼は刀で防御しようとするが間に合わず。
真っ二つに斬り伏せられ心臓も脳髄も燃やしきり二度と再生出来ぬ形で絶命した。
あれほど苦戦していた鬼がたったの一撃で屠られた事にもはや驚きはない。だがしかし夜見の体はもう……。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
「夜見、ちゃん……生きてたのねお姉ちゃん嬉しい……ゲホッ」
「喋らないで、血が止まらない……」
夏帆はそっと夜見の顔に手を当てる。
「可愛い夜見ちゃん……私はもうダメみたいだから……ね。見捨ててもいいんだよ……ねゲホッゲホ」
口からは青い塊と血を吹き出す。
血と肺の一部なのだろう。
肺もやられて呼吸なんてろくに出来ないはずなのに私と話すがためだけに痛む肺を無理やり動かして……。
「くそ! なんでなんで優しいお姉ちゃんが死ななくちゃいけないの……なんで、なんでなんで」
「ケボ、夜見ちゃん……私の話をよく聞いて。一度しか言えないからよく聞いて」
私の手を強く握る夏帆お姉ちゃんは満面の笑みだった。
それがとてもとても悲しい。
「あのね、夜見ちゃんはこれからもっと苦しい事とか辛い事があると思うの……でもねそれを人のせいとか、あいつが悪いとか思っちゃいけないよ……その人がいかに憎くても嫌いでもゲホッ、嫌いになっちゃダメだよ……これ、お姉ちゃんとのやくそ……く」
「お姉ちゃんねぇ、目を開けてよねぇ!」
私の手を握ると力が徐々に弱まってゆく。顔に置いてあった手は既に力なく地面に項垂れていた。
「チッキショー!!!!!」
車の音が聞こえた。
物凄い爆走で聞こえた。
私にどんどん近づいてくるのがわかる。
視線を移すと見慣れた車で乗っているのは美穂お姉ちゃんだった。
私は視線を逸らした。
いても立ってもいられなくて、その場から立ち去ろうとした。
「待ちなさい!」
美穂お姉ちゃんの怒声が聞こえた。
美穂お姉ちゃんは私の近くで車を止めると、エンジンを切るのを忘れそのまま車から飛び出して来た。
「……夜見ちゃん、夏帆はなんて言ってた」
「…………」
「夜見! 夏帆は何て言っていたのか聞いてるの」
「人を嫌いになっちゃいけないって言ってた」
美穂は目を瞑り、ゆっくりと腰を落とした。
「夏帆、ゆっくり眠りな……後は私がなんとかしてあげる。夜見ちゃんをしっかりとした子にしてあげるから、ゆっくり眠りな……」
そう言うと美穂は夏帆の瞼をそっと閉じたのだった……。
おひさーなんて言ったらみんな切れそう……




