全てを腐らせる土地
シリーズに入れてますが、他の短編のキャラはいません。
同じ世界、土地の外側の話です。
「…しまった、食い物が尽きてしまったぞ」
「えっぇー…ガリムは大食いなんだから、多めに食料持たないとって言ったじゃないか」
国渡りの道中、森の尽きた荒地を移動している時に食い物が尽きた。なかなか由々しき問題だ。
とはいえ。
「ニョイル、お前がつまみ食いをしていたのを、俺が知らないとでも思っているのか?」
「…なんのはなしだか、わかんないですねえ」
薄い緑の髪をなびかせて、荒野の風と戯れるニョイルを俺はジト目で見ざるを得ない。
荒野の風になぶられないよう、フード付きマントとゴーグル、底厚のブーツを装備している俺と異なり、肩口より少し長い髪をなびかせ、薄布で出来た袖なしの長い上衣に裾を軽くしぼったハーフパンツ、革紐のサンダルにスカーフと身軽な姿でふわふわ浮いているニョイルは、人間ではない。
別に飯を食う必要もない『風の精霊』という存在でありながら、食事を欠かさない食いしん坊が、このニョイルだ。
そもそも、俺一人なら余るくらいの食料を持って移動していたと言うのに、こんな所でそれが尽きてしまうのはこいつのせいなのだ。
いや、わかる、うまい飯を食うのは幸せだ。それ自体を止めるつもりはないんだが。
満腹というものを感じないニョイルは、手持無沙汰だとつまみ食いをする。気づくと食ってる。
そんなのどれだけ飯があっても足りるわけないだろう! ちなみに、うまくない携帯食料であっても食い尽くされる。
水は俺しか摂取しないから十分な量が残っているのが救いではあるが。
「ったく、まだここが森の中ならどうとでもできるんだが…」
見渡す限りの荒野。人が住んでいそうな人工物も、ちょっとした茂みも存在しない。
先の国で入手した近隣の地図にも、この辺りに人の住んでいる所は記載されていなかったから、地図は正しかったと言う事だ。
休みなく丸一日程歩いて戻れば、越えて来た森には戻れるが、さてどうするか…。この先の森まではあと三日はかかるだろうから、戻る方が安全ではあるが、ニョイルが「戻る」のを嫌がるんだよな。
そう思案している俺の視界の端で、何かが動いた気がした。荒野では見ないような色をした物…。
首を巡らせると、少し離れた所の地面が途切れている。崖か斜面かはわからないが、見えたのはその先だろうと思って端まで移動した所、そこにありえないモノを見た。
重苦しい紫の靄に包まれた、地図にない都市を。
足元から続く斜面の先、低くなった土地に、見渡すばかりの紫の靄。その中に、城らしきものを中心にした都市がある。
どこかの国の首都だと言われてもおかしくない規模の街と、その周辺の農地は、よく見えないが靄が晴れていそうだ。
なぜか農地より外側に、立派な屋敷がぽつぽつと建っているのも異様だが、そのどこか長閑にも見える街より外側、紫の靄の下に沈んでいる土地が、いまいるここ以上に何もない…岩一つ枯れ木の一つも見えない事の方が異常に見える。
「あれは街…? 廃墟……には見えねえし、随分と広いな…なんだ、これ」
「あっ…! ガリムだめだよここは」
知らんふりして明後日の方向を向いていたニョイルが、俺が移動した事に気付いて寄って来たかと思えば、慌てたような声を出す。
「なるほど、お前はアレが何なのか知ってるんだな」
「………しりませぇん…」
「あそこに生きた人間は住んでるのか?」
「……しらない」
全く目を合わせようとしないニョイルはいっそわかりやすくてありがたい。
あの街が何であれ、生きた人間が住んでいるなら食い物はあるだろう。
やや距離はありそうだが、森まで戻るよりは遥かに近い。今はまだ午前の早い時間だから、昼までには街に入れるはずだ。
あとは、あの靄を越える事ができるかどうかだが…。
「当座をしのぐ食料を得るために、あの街に行くのと、一日かけて森まで戻るのとどっちがいい?」
「戻るのヤ……でもボクはあそこには行けない」
「じゃあ俺が行くのは?」
「行くことは、できる」
すねたように目線を合わせないニョイルに、向かおうとしている先がなかなか危険な所なんだなと思う。
大抵の事は笑って誤魔化して、自分に都合の良い様にしてしまう、それが風の精霊の性質であり、能力でもあるが、それが通用しない土地なのだろう。
行って食料調達するだけなら、夕方くらいには戻って来られるはずだ。
「じゃあ行ってくる、お前はここで待ってろ……何か気を付ける事はあるか?」
「……調理されたモノは、買わないで……現地で食べても、ダメ」
「調理…燻製肉くらいなら平気か?」
「燻製肉とか乾き物は大丈夫、でも、パンとかの焼き物はだめ、焼く前のパン種とかは大丈夫」
パン種…乾パンがあるなら欲しかったが、それはだめそうだ。パン種を売って貰えない場合は焼き物は諦めよう。
土地の物に、現地の人間が手を加えて完成した食物は持って来るなと言う事のようだ。
「わかった、すぐ戻って来る」
「まって、加護を強めておくから」
ニョイルがそう言うと、普段俺の周りで穏やかに廻っている風が密度を濃くした。
人を遮る程ではないが、軽い物なら押されて避けていきそうな風に、少し驚く。
「あの靄は、触れたモノを腐らせる…気を付けて行って来てね、ガリム」
「わかった、ありがとうな」
ニョイルの頭を軽く撫でて、俺は斜面を降り始めた。
斜面を俺の身長程降りたあたりから、地面が薄く靄がかって来た。
進むほどに靄は濃くなり、どんどんと体が靄に沈んでいくような感じだ。実際は、ニョイルの加護で靄が止まるので、風の膜で靄を避けながら進んでいるわけだが。
全身が靄に沈むあたりまで来た所で、足元に違和感を感じた。今まで転がっていた砂利等を全く感じなくなったのだ。
足元を見れば、そこには踏みしめている地面と靄以外、何も存在しなかった。
ここから先、屋敷がまばらに建っている領域までは全てがこの状態らしい。
「全てを、腐らせる、ね…」
なるほど、ニョイルが嫌そうな顔をするはずだ、と苦く笑う。
加護なき風さえも腐らせるのだろう。何も動かない、死んだ土地。総毛立つような感覚を覚え、さっさと用を済ませてしまおうと足を早めた。
ここは通りすがりに嘴を突っ込んで良いような所ではない。




