43_地下への降下
夜明け前の空気は冷たく、焚き火の残り火がまだ赤く光っていた。
コウキは革袋を膝の上に置いて、一本ずつ取り出した。鍵器具が十二本、地面に並ぶ。細い金属の棒で、長さはどれも同じくらい——人差し指ほどの太さで、先端に刻み目がある。廃中継所の地下で初めて手にしたあの一本から始まり、南の標塔、第四格納庫、第五格納庫、北北東、北東北寄り、南東——七か所を経てここに揃った。
焚き火の光の中で、一本一本を確かめた。傷はなかった。
「全部あるか」とルウが横から覗き込んだ。
「あります」
「数えた」
「数えました」
ルウがそれ以上何も言わずに自分の水筒に手を伸ばした。背後でセレナが補給品の確認をしている音がした。革袋を開ける音、ロープを束ねる音。アレクは少し離れた場所に立って、北東の空を見ている。標塔の輪郭は、夜明け前の薄明かりの中でまだ影のように立っていた。
「準備ができたら声をかけろ」とアレクが言った。振り返らずに言った。
コウキは十二本を丁寧に革袋に戻した。
「今日が終わったら、何が変わる」とルウが言った。
コウキは少し考えた。「何かが変わります。何かは変わらない」
「もっとはっきり言えないのか」
「今の自分には、これが正直なところです」
ルウが鼻から息を出した。不満というより、確認を終えたような音だった。「まあいいか」
東の空が少しずつ白んでいた。標塔の輪郭が影から実体に変わり始める。滑らかな金属光沢が、夜明けの光の中で最初に浮かび上がる。コウキは意識の端を北東に向けた——根元が「そこにある」という感触が、今朝は昨夜より一段重かった。
* * *
夜が明けてから三十分後、全員が蓋の前に立った。
石造りの蓋は低い丘の北側の斜面にある。半ば草に覆われた外周に、十二個の記号が一定間隔で刻まれている。コウキは屈んで、刻み目を指でなぞった。廃中継所の蓋は記号が三個だった。南の標塔は十六個。ここは十二個——鍵器具の数と同じだ。
「始めます」
誰も返事をしなかった。それでよかった。
コウキは革袋から十二本を全部出した。ナクロが無言で手を差し出し、一部を受け取って持ってくれた。
一本目の先端を一番左の記号の差込口に合わせ、ゆっくりと押し込む。かちりという感触があり、刻み目が嚙み合った。二本目。三本目。慌てずに、確かめながら進んだ。五本目で軽い抵抗があり、差込口の向きをわずかに調整した。七本目からはナクロが手渡すリズムができていた。
十一本目が入った。
残り一本。
コウキは最後の鍵器具を受け取り、最後の記号の差込口に合わせた。
全部が入った瞬間、光が走った。十二個の記号が全て青白く光り、光が蓋の全面を走って縁に達した。地下から何かが「目を覚ます」感触がコウキの足の裏を通って体に伝わった——廃中継所の蓋のときとは桁違いだ。大きな何かが、長い眠りから醒める。
蓋が内側から持ち上がった。自重でゆっくりと、音なく開く。
冷えた空気が下から上がってくる。石とも鉄とも違う、乾いた匂いだった。二千年分の静けさのような——コウキにはそう感じられた。
ダグが松明を持ってきて、穴の中を照らした。梯子が下に続いている。深さは十二メートルほどか。梯子の金属は古いが、腐食した様子はなかった。
「俺が先に降りる」とダグが言った。
「一緒に降ります」とコウキが言った。「気配は私が見ます」
ダグが一拍置いて「わかった」と言い、二人で降り始めた。
* * *
降り立った先は、円形の空間だった。
直径は十五メートルほどある。天井は高く、松明の光が届かない。壁は壁一面が薄い金属板で覆われ、細かい文字と記号が刻まれている——数が多すぎて、一目では把握できない。
中央に、太い柱が立っていた。
直径三メートル。今まで見た標塔の「根」の中で、桁違いに太い。表面は他の格納庫と同じ滑らかな金属だが、近くに立つと肌に感じるものが違った——振動、ではない。静かな存在感のようなものだ。
「これが根か」とルウが言った。
「これが、この標塔の根です」
ナクロが壁の金属板に近づいた。しゃがんで文字を確認し、帳面を取り出した。「全部写せない」と呟いた。「数が多すぎる。重要そうな部分だけにします」
「そうしてください」
アレクが空間の全体を見回した。「通路は」
「北側です」
コウキには分かっていた。観測網の感触が示している——円形空間の北側の壁に、暗い開口がある。
コウキは中央の柱に近づいた。手を当てる前に、一度だけ深く息を吸った。
手を当てた。
今まで感じた観測網の断片が、全部繋がった。
像が浮かぶ——広大な空間に標塔の銀色の点が千六百九十二個、一定の間隔で広がる。その下を、水脈の青い流れが球殻の内壁に沿って走る。あちこちに薄茶色の霧——拡散MTMだ、コウキには分かった——が漂っている。南東で大気層に向かって濃くなり、北西で水脈を避けるように薄れている。
そして北東の深部に、一点の白い輝き。
「経路が見えます」とコウキは言った。手を柱に当てたまま、声だけをアレクに向けた。
「北東の、下か」
「はい。この場所の、さらに下です」
像が消えた。コウキは手を柱から離した。掌が少し温かかった。
* * *
北側の壁の開口は、通路の入口だった。
幅二メートル、高さ二メートル。傾斜して下へ向かっている。壁の石材が、入口を境にして変わっていた——手前は測量隊が積んだ石工の仕事、向こうは均質な金属パネル。縁に小さな文字が刻んであり、ナクロが読んだ。
「『第四層下部接続通路』と書いてあります」
「第四層というのは」
「地表層のことだと思います。石板の記号と同じ体系です」
アレクがロープを確認した。「繋いで進む。先頭から二十メートル以内に全員が入るようにしろ。声が届く範囲で動け」
「わかりました」とセレナが答えた。
コウキが先頭に立った。ルウがすぐ後ろにつく。ダグが左側、ナクロがその後ろ。
通路に入ると、温度が下がった。体が感じる下り勾配は緩く、傾斜角は十五度ほどか。足元の金属が微かに反響する音を立てる。
三十メートルほど進んだとき、壁の素材がまた変わった。金属パネルから、継ぎ目のない一体の金属に変わる。測量隊の文字ではなく、より古い刻み文字——コウキには読めない。アレクも、ナクロも立ち止まって壁を見たが、首を振った。
「二千年前の文字か」とアレクが言った。
「多分そうです。タケルさんの記録にも、解読できない文字があると書いてありました」
「読めなくても構わない。前を見ろ」
「はい」
ルウが「冷たくなってきた」と言った。確かに、空気の温度が下がっている。湿り気のない、乾いた冷たさだ。コウキも感じた——これより先は、二千年前の領域だ、という感覚が体の中にある。人が入らなかった時間の積み重なった場所の冷たさ。
* * *
通路を六十メートルほど進んだ先に、扉があった。
石ではなく、金属だった。丸い形——直径一・五メートル。中央に手の形をした窪みがある。縁に刻み文字が並んでいた。扉の金属は壁の金属と同じ素材で、二千年の時を経ても傷一つない。
「開けられるか」とアレクが言った。
コウキは扉の前に立った。まだ触れていないが、観測網が「応答する」という感触を伝えてくる。あの扉は、触れれば開く。
だが同時に——向こうから伝わってくる何かがある。広大な縦の空間。微かな振動、ではなく振動の記憶。かつてここが動いていたときの残り熱のような感触が、扉一枚を隔てた向こうにある。
「開けられます」とコウキは答えた。「ただ——中に何があるか、入るまでは分かりません」
アレクが全員の顔を見た。ルウ、ナクロ、ダグ、セレナ。全員が頷いた。
「行こう」
コウキは扉の中央の窪みに手を当てた。
観測網が反応した。手のひらから何かが流れ出して扉の中に届く感触——標塔の格納庫の蓋を開けるときと同じ感覚だが、規模が違う。大きな錠前が複数、内側でゆっくりと動く感触が伝わってくる。
重い音がした。金属と金属が動く、鈍く深い音。
扉がゆっくりと外側に開いた。
向こうから風が来た。機械的な、循環した空気の匂い——滞留ではなく、今も動いている空気の匂いだ。薄い明かりが漏れている。光源は不明だが、暗闇ではなかった。
全員が扉をくぐった。
* * *
扉の向こうは、円筒形の縦空間だった。
見上げると、上はどこまでも続いていた。遠く、何かが白く光っている——標塔そのものの内部構造か、観測装置の一部か、コウキには判断できなかった。見下ろすと、鉄製の梯子が垂直に下へ伸びている。底は見えない。はるか下に、微かな白い輝きがあった。
コウキはそれを見た。
白い輝きが何であるか、まだ分からない。だがコウキの観測網がかすかに反応した——「あそこだ」という確信のみ。声には出さなかった。出す必要がなかった。
隣でルウが息を飲む音がした。
「下、か」とアレクが言った。
「下です」
「どれくらいある」
「分かりません。見えている輝きまでは、三十メートルか五十メートルか——降りながら確かめるしかない」
アレクが「わかった」と言い、ダグを見た。「俺が先に降りる」
「私も降ります」とコウキが言った。「感知は私がします」
「セレナはここで待て。ナクロ、ロープを繋いでくれ」
「はい」
準備の音が始まった。ロープが金属の手すりに結ばれる音、ダグが松明を確認する音。コウキは梯子の上段に手をかけ、もう一度下を見た。
白い輝きは変わらずそこにある。二千年前から、ずっとそこで待っていた何かが。




