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切ない ―後宮に消えた忠誠と復讐の記録―  作者: 雪燈
第2章 欲と愛が交差する後宮
22/22

第22話 綻び

※本作には、心理的に重い描写や残酷な表現が含まれます。


苦手な方はご注意ください。

朝の空気は、昨日と変わらなかった。


整えられた廊下。

揃えられた足音。


何も起きていないように見える。


——だが。


雪瑶は、ほんのわずかな違いに気づいていた。

視線が、減っている。

露骨に見られることはなくなった。


その代わり。

見えないところで、測られている。

そんな気配だけが残る。


「……慣れた?」


不意に、明鈴が隣に並ぶ。

軽い調子。

だが、どこか様子を探るようでもある。


「はい」


雪瑶は短く答える。


明鈴はふっと笑う。


「雪瑶って面白いね」

「普通さ、もうちょっと怖がるんだよ」


からかうような声。

だが、嫌味ではない。


「怖がらないと、危ないよ」


ぽつりと落とす。


その言葉に、雪瑶はわずかに視線を動かした。


明鈴はすぐに笑ってごまかす。


「今の忘れて」

「また怒られちゃう」


軽さに戻る。


だが、その一瞬だけ残る。


言葉の温度が。

昼前。

仕事の合間。

静雲の姿が見えなかった。

珍しいことではない。


だが——


戻ってきたとき。

何かが違っていた。

表情は、変わらない。

いつも通り、整っている。


だが。


「……終わりました」


報告の声が、わずかに柔らかい。

ほんの一瞬だけ。

その直後には、消えている。

雪瑶はそれを見逃さなかった。


「静雲、どこ行ってたの?」


明鈴が気軽に聞く。


「用事です」


短い返答。


それ以上は言わない。

明鈴は深く追わない。


「そっか」


それだけ。


だが。

雪瑶の中には、引っかかりが残る。


用事。


それだけで済む場所ではない。


ここは、後宮だ。


すべての動きに、意味がある。



昼を過ぎる。


恵玉の宮は、変わらず穏やかだった。


笑い声もある。

叱責もない。

整った空気。

乱れない秩序。


「恵玉様ってさ」


明鈴がぽつりと言う。


「ほんと、すごいよね」


手を動かしながら続ける。


「誰に対しても同じだし」

「怒らないし」

「ちゃんと見てくれるし」


少しだけ、声が柔らかくなる。


「……優しいよ」


言い切る。


迷いがない。

信じている声だった。

雪瑶は何も言わない。


ただ、聞く。

その後ろで、静雲が淡々と動いている。

変わらない。


いつも通り。


——本当に?


その言葉が、胸の奥に浮かぶ。


消えないまま、沈む。



夕刻。


空気が、わずかに変わる。


まだ大きな変化ではない。


だが、どこか張りつめる。


女官たちの動きが、ほんの少しだけ早くなる。

音が減る。


無駄な会話が消える。

雪瑶はその理由を知らない。


だが。


何かが始まる前の空気だと、直感する。


「今日は、静かにしててね」


明鈴が小声で言う。


軽い口調のまま。


だが、目は笑っていない。


「余計なこと、しない方がいいから」


それだけ言って、離れる。


理由は説明しない。


説明する必要もない。


ここでは、それが普通なのだ。



夜。


宮の灯りが、ひとつずつ整えられていく。

雪瑶は、自分の役目を終え、静かに下がる。


その途中。


回廊の端で、足を止めた。

気配。

誰かがいる。

視線ではない。


もっと、はっきりとしたもの。


だが、振り向いたときには、何もいない。


ただ、風が抜けるだけ。


——気のせい。


そう片づけるには、

あまりにも確かな気配だった。


部屋へ戻る。


戸を閉める。


静けさが戻る。


だが、落ち着かない。


今日一日。


何も起きていない。


それなのに。


何かが、ずれている。


明鈴の言葉。


静雲のわずかな変化。


整いすぎた宮の空気。


そして——


見えない視線。

目を閉じる。


だが、すぐに開く。


眠りに落ちるには、まだ早い。


雪瑶は、ゆっくりと息を吐いた。


後宮は静かだ。


だがその静けさは、


何もないからではない。


すべてが、隠されているだけだ。


——そう、思った。

次回更新は【金曜日22時】を予定しています。


よろしくお願いいたします。

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