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あいつが前世を愛さずとも  作者: 甘
推しについて
31/49

盲目



――今日のこと、思い出さなくなっても、別にいいんです。



あれは誰の言葉だっけ。



ドッと跳ね返る凄まじい声の嵐に、いともたやすく意識を吹き飛ばされた。


真っ白になった頭の中、一目散に飛び込んだのは、麗しきご尊顔。巨大なスクリーンに好きな人がドアップで映し出されている。スクリーンの真下にあるステージには、実物がたたずんでいた。


360度イケメン。アイドルの中のアイドル。


アタシの、最推し。


汗を拭き、笑い、水分補給をし、笑い、また笑った。今。この瞬間。この空間。すぐそこで。アタシと同じように息をして、アタシと同じように笑っている。


まぎれもなく、ホンモノ。



マイナスに近い寒さに凍えてしまいそうな肌も、気づけば高熱に浮かされていた。内臓は焼かれ、体液がぐつぐつ煮込まれる。真っ白な吐息は、みるみる蒸気へと変換されていった。


彼の吐いたその色をも奪い尽くす勢いで、アタシは口を豪快に開けた。




「フーゴおおおおお!! 好きいいいい!!!!」




あぁ、サイコー。


アタシ、このためにがんばった。



かのイケメン、名をフーゴ。


4人組ボーイズグループ『GaoR』のリーダー。


新年を迎えた今日は、彼らのライブツアー初日。ツアータイトルは、王位継承の儀。



洒落と厨二病のどっちつかずなツアー名が、公式発表されたのが、半年前のこと。


それからずっと、今日のために生きてきた。


バイトのシフトを増やし、ダイエットをし、ごみ拾いをし、金に美容に徳まで積んできた。おかげでチケット争奪戦では負けなし。ファンクラブ会員数300万人越えでも、全通は確定している。


ただし、席ガチャはハズレ。今日は1階スタンド席2列目。ステージに近いほうではあるものの、特別いいわけでもない。徳が足りなかったみたい。もっとごみを拾って、バスや電車の席をゆずって、バ先の客に愛想を振りまけばよかった。



でも、許してあげる。そんなことでいちいち文句をつけるような、厄介オタクとはちがうもん。


ツアー初日。セットリストすら出回っていない、新鮮かつ神聖なスタートライン。新年早々ここに立ち会えたことが何よりの幸せ。今年はいい年になりそうだ。


スターターピストルの代わりとなったのは、デビュー曲『我王(ガオウ)』。イントロから光と炎の演出をふんだんに取り入れ、ボルテージが上がり、ギラギラに輝いた推しを拝められた。もうそれだけで、元は取れたも同然!


それに、ライブは明日も来週も参戦するし、ここにいる観客の8割以上を占める女の子ファンよりも大好きな自信あるし、2割以下の男の子ファンよりもファンサをもらってる自覚あるし、あ、ほら今も。「俺も好きー」って手を振ってくれた。かわいー。


隣の席で、絶叫が弾けた。駅ビルにあふれたワンピースを着た、俗にいう量産型女子が、お友だちと飛び跳ねながら騒いでいる。明らかにセルフなネイルのつけた手には、フーゴの顔面が貼られたうちわ。同担か。拒否したりしないよ。推しの味方は多いほうがいいに決まってる。


ちょっとだけ、可哀想に思うだけ。


だって、どう見てもぜったい、フーゴはアタシのことを見てた。アタシに向けて手を振って、好きーって、笑ってくれた。


アタシたち、見る目あるね。あんないい男、めったにいないよ。好きでいてよかったって、何回も、何十回も、想わせてくれるんだもん。



たぶん、フーゴは、特段ファンサをするタイプじゃない。グループ内では、ほかのメンバー、たとえばギミーのほうがファンとの距離が近いイメージがある。


MC中も抜かりなくアタシたちを愛でてくれるギミーとは対照的に、彼はメンバーとばかり目を合わせる。メンバー愛が随一大きなことは、ファンの間では有名すぎて、もはや常識の範疇だ。メンバーとだけ過度なスキンシップをとり、自分のことのようにメンバーの自慢をし、ハプニングがあったときはリーダーらしくフォローする。


でも、わかってるよ。


自分を指すうちわにだけは真面目に反応してくれるところ。好きには好きを返してくれるところ。はじめましてじゃないことを覚えてくれているところ。SNSで盛り上がったエピソードを話題に出してくれるところ。


ちゃんとファン(アタシ)のことも見てくれている。

アイドルなのに、たしかに心を感じる。触れられる。生の質感が、伝わってくる。


同じ学校だったら、ぜったいみんな一度は恋していた。


好きにならないほうがむずかしい。



近くにいそうでいない人。

アタシが、今、好きな人。



もう何度目だろう、彼を惚れ直した今日も、きっと忘れられない日になる。


あわよくば、この甘さにずっと溺れていたい。




――忘れても、今この瞬間ここにいたことは、消えたりしませんよ。




ふっと照明がうつむいた。


暗がりの中に大好きな姿が隠れてしまう。




「みんな、ありがとう」




顔が見えなくてもわかる、フーゴの声だ。けど、なんだろう、いつもとちがう。


人前では泣かないと決めている――いつだったか、インタビューでそう答えていた。なのに、今の声は、少し震えていた気がした。いつものやさしい声音に、雨の匂いを感じた。


3時間のライブが終わる。その現実をいやでも思い知らされる。


アタシもありがとうって笑い返すべきなのに、正反対なことをして困らせてしまいたくなる。




「最後は、俺たちの大事な新曲。特別にここにいるみんなにだけ先に聴かせてやるから、忘れんじゃねーぞ!」




聞き間違いだっただろうか、一瞬で調子を戻したフーゴのひと声で、世界が純度の高い光をまとった。




「新曲『王冠』」




爆発力のある音色に、全身総毛立つ。


熱気のうずまく渦中、メインステージからセンターステージまで伸びるレッドカーペットを、メンバー4人が一列となってゆっくり進んでいく。


ハズレの席からでも、その姿がよく見えた。


派手なエッジボイス、見栄えのいい踊り方、凛と咲きほこる笑顔。初雪を浴びたような汗が、スポットライトに反射し、内側からきらきらと発光している。フーゴがオリジナルパーカーをたくしあげると、大胸筋の引き締まったラインがあらわになった。


頭のてっぺんから痺れ、喉が痙攣した。得も言われぬ快感。たまらずラブコールを送る。声が枯れてきた。いつものことだ。


あのオリジナルパーカーはグッズとして販売されており、もちろん2着購入した。おそろいだ。明日着ていこう。


センターステージに立った4人の前に、アンティーク調の椅子がひとつ、せり上がる。王族が実際に使っていたかのような豪華絢爛な椅子に、黄金の光沢を持つ冠が座していた。4人がそれを護るように背中合わせになると、ぐわんと空気がうねった。


あ。来る。サビが、来る。




「エンジンよ響け!」




赤い閃光が、会場を駆け抜けた。円形のステージを火花の特効が囲い、やがて燃え盛る火柱となる。


うちわとともに掲げていたペンライトが、自動で赤と黄のグラデーションに変化していた。そんなことにも気づかずに、アタシは夢中で両腕を振り回した。



熱い。苦しい。心地いい。あぁ、たまんない。



さっきまで何を考えていたっけ。


なんだっけ。誰だっけ。フーゴのことだっけ。


ちがうかも。


じゃあなんだっけ。


なんでもいっか。


うん。なんでもいいや。



そんなことよりも、推し! ライブ! 新曲!


こんなに楽しいなら、ここに永遠に監禁されていたい。



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