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あいつが前世を愛さずとも  作者: 甘
先輩について
20/49

#3 ファンタジスタ⑴



『クピド』


歌:三つ子

作詞作曲編曲:NON(秘密基地)


 いまわ ただ

 うまれかわる まえと おなじくらいの たいおんと

 いきを とめてみた くるしさで うかぶ あかいろ

 あの はなぞのを ぬけて

 クピドは わらう

 うぬぼれた ぼくを あばいて



その歌を耳にしたとき、なつかしさよりも胸を裂く苦しさでどうにかなりそうだった。


マネージャーが運転してくれている車の中でなら、何を叫んでも許してくれるだろうけれど、なけなしの理性がそんな甘えを許さない。


車体がガタンと揺れた。


危うく携帯を落としかけ、あわてて握力に意識を向ける。その拍子に、見逃し配信で追っていた映像が、一時停止された。



サバイバルオーディション番組『オンステージ 2nd』の第1話。


オーディション参加者の1人が、自己紹介ついでにその歌をカバーした場面だった。


メロディーが転調するサビで、カウントがずれ、ターンが遅れた最悪なタイミングで止まってしまっている。



なんだか罪悪感を覚え、再生ボタンを押すと、やがて古い映像に切り替わった。古いといっても6年前、今や巷で無印版とも呼ばれている『オンステージ』の映像だ。


舞台上で、3人の少年が踊っている。裏で流れているのは同じく『クピド』だ。


元々この曲は、3人1組でのパフォーマンスが課題の3次審査で、番組が特別に用意したオリジナル曲のなかの1曲だった。


いざ本番、スポットライトを浴びた3人は、『三つ子』というチーム名のとおり、偶然にも背恰好が似ており、なおかつ花嫁のような純白のヴェールをかぶることで顔の判別をしにくくさせ、まるで3人でひとつの存在として歌い踊っていた。


コールドバレエのようなステージ。


しかし、サビでセンターに立った少年が、ターンに遅れるという、2nd(さっき)とまったく同じミスが起こってしまう。



一見、その少年が、3人のうちの誰かわからない。


だが俺にはわかる。


ほかでもない俺自身だからだ。



運命的な愛がテーマの『クピド』を、ジューンブライドとかけ合わせ、神聖かつ幻想的なステージングにしたいがために、些細な動作をもシンクロさせることにこだわった。さらには、重要な表現方法のひとつである表情(カオ)をも封印し、非現実的な世界を創り出したかった。


コンマ数秒の遅れが命取りになることは、痛いほどわかっていた。


なのに、俺はやってしまった。


練習でもしたことのない失態だった。


どこからともなくやってきたステージの魔物が、まるで俺にセンターは似合わないと諭すように俺を襲ってきたのだ。


なんとかその魔物に乗っ取られずに済んだのは、ひとえにチームのおかげだった。



サビに出遅れた俺に合わせ、チームリーダーが1回転多くターンを決めた。もう1人もすぐに察して、あたかも最初からそういう振付だったかのようにタイミングをずらして回る。


テンポ感を調整しながらまたダンスをそろえていき、ステージをうまくまとめられた。おかげで『三つ子』は3次審査を突破し、最終審査へ進むことができたのだった。




『かつて本番で進化したチーム。果たして彼にも“そのとき”が来るのか――』




そんなテロップとともに、同じ曲で同じミスをした俺と少年が画面二分割で表示される。


自己紹介に戻ると、ほかのオーディション参加者にフォーカスが移る。



ちゃんと観なきゃ。見なきゃ。そう思えば思うほど、集中力が散漫していく。


番組の先人として見守りたいんじゃない。応援してる気持ちはあるけれど特別気にしているわけではないし、ましてや移動中のひまつぶしでもない。


仕事だ。


次の現場が、まさにこの番組なのだ。


あれは、各局で年末年始の特番収録が始まったころ。かつてオーディションでお世話になった都さんから事務所にメールが送られてきた。3次審査のゲストとしてぜひ参加してほしい、と。


参加するからには、『オンステージ 2nd』を知っておかなければならない。まずは参加者の情報からだと、先月スタートしたネット配信を追っていたところだった。


事前準備がこんなぎりぎりになってしまったのは、きっと、気持ちの表れだろう。



遅咲きの桜が、コンクリートを染めていた。その上を躊躇なくタイヤは踏んでいく。


かつて冴えていた薄紅に、灰がかかる。だんだんと濃くなり、原形を消していく。


音が、聞こえた気がした。きれいだったものが、つぶれる音。


あの薄紅が、飛び散った。


風に運ばれ、ひとひらが車窓に張りついた。


細く伸びたハートは傷だらけになりながらも、またあっけなく風にあおられ、なすすべなくどこか遠いところへ行ってしまった。




「あの、(ススキ)さん。やっぱり俺がゲストなんておかしいんじゃないでしょうか」




がっちりした体格をしているマネージャーの雪さんは、物理的にも精神的にも包容力に長けている。不安を口にするといつも、燈之出、とやさしく名を呼んでくれた。


本名は、辻 燈之出(ツジ ヒノデ)。芸名もほとんど変わらず、ヒノデ、とカタカナにしただけ。『オンステージ』に参加するときに一応プライバシーに注意した名残で、今も使い続けている。


燈之出とヒノデ。同じ発音のはずなのに、雪さんは素の俺を見てくれているような気がした。前のマネージャーは精密機械みたく淡々と仕事する人で、けっして悪くはなかったが、本当の兄のように世話を焼いてくれる雪さんのほうが俺にはしっくりきた。


俺のマネージャーを彼が引き継いで、約2年。俺たちの間には確固たる信頼関係ができあがっていた。



ハンドルを握る屈強な腕が、片方だけ不意に後部座席に向いた。手にはさっき買ったばかりのホットココアがある。


それを飲んだら口の中に甘さが広がった。それと対抗するように喉の奥から苦みがせり上がってくる。




「俺はゲストにふさわしくないです」


「どうしてそう思うんだ」


「『オンステージ』で受賞できなかった負け組ですし……」




ファイナリストには残ったものの、そこでデビューはできなかった。


最終審査に行けたのだって、俺の力じゃない。チームメイトに恵まれたのだ。


あのとき機転を利かせたリーダーは、俺が普段から「先輩」と敬っていた人で、なんでも楽しませる天才だった。そのあとに難なくつないだもう一人のメンバーは、俺と同い年の中学3年生だったが、実力は高校生顔負け、ビジュアルもよかった。


俺の取り柄は歌くらい、といっても独学だし特別誇れるほどでもないが、ふたりに助けられ、最後までステージに立つことができた。



俺がすごいんじゃない。


スポットライトに当たるべきは、俺なんかじゃなく――。




「受賞していないからこそ、とは考えられないか?」




雪さんがハンドルを切りながら、陽の差す道を教えてくれる。




「ここでデビューできなくても、夢を叶えることはできるんだって伝えたいんだと思うよ。今の燈之出のように」


「俺はそんな大それた人間じゃ……」


「自信を持って。君はとても魅力ある人だよ。だから『オンステージ』が終わっても、この世界で活躍できている。ちがうか?」




どうだろう。


わからない。


できればそう思いたいけれど、この業界にいられているのは、ワクナイという芸能事務所が運よく拾ってくれたからに過ぎない。


自信とは、どうやったら手に入るのだろう。


自分が、自分を、一番信じられないというのに。




――お前、歌うますぎ! 最高!




『クピド』のパフォーマンス後、舞台袖で落ちこんでいた俺の背中を、先輩がさすってくれたのを思い出す。


汗の滴る先輩の顔は、夏の昼のように晴れていた。




――楽しかったな、クピド。




最後にどんっと強く背中を叩くと、先輩は俺を追い越して行ってしまった。


そのうしろ姿があまりに大きく、俺は涙が止まらなかった。



あのときあふれかえった熱は、どこに閉じこめてしまったんだっけ。




「俺はいつもヒノデの歌に元気をもらってるよ」




雪さんはそう言うと、車内に流れるBGMの音量を上げた。


CMのタイアップに決まった新曲『POP』だ。しゃぼん玉が弾けるようなSEから王道のコードが奏でられる。


音源の俺の声に合わせて雪さんが鼻歌を紡ぐ。


思わず笑みがこぼれた。




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